岩手で発生した「放置された農地」の補助金返金債務〜不動産鑑定士・税理士目線で現地調査
■はじめに
令和5~6年に、岩手県の一関市で、「農地に石灰を撒いた白い農地」のニュースが報道されました。
そして、令和6年9月26日の市議会で、「農地の違反転用にあたるとされ、国などに総額約1億6千万円の補助金を返還する必要があり、市長の給与が1ヶ月分カット」との記事が報道されました。
「違反転用で補助金返還が必要に」と報じたFNNプライムオンラインさんの記事
この記事を見て思い出したのは、今年3月に公開した愛知県弥富市の「農地に盛土をした結果、農地課税→宅地並み課税とされ、税額が70倍に増額した」案件でした。
今回は、弥富市の案件に加えて何らかの学びがあるのか、取材を行いました。
■早速、現地に行ってきた
筆者の場合、東北地方での不動産鑑定の案件は年に一度あるか否か程度なのですが、実にタイムリーなことに10月7日に秋田市での不動産鑑定の話を頂きました。
秋田駅から東京駅へ帰る途中に、岩手県の一ノ関駅があり、今回立ち寄ることにしました。
と、いうことで、10月7日に秋田で鑑定の現地調査をし、その夜は稲庭うどんや比内地鶏に舌鼓を打った後、10月8日の朝7時台の東京行き「こまち」号に乗り、この「こまち」号は一ノ関駅を通過するので盛岡駅で「(仙台駅まで各駅停車の)はやぶさ」号に乗り換えて一ノ関駅に降り立ちました。
■一関市の農業委員会等に話を聞いてみた
一関市役所は、一ノ関駅から歩いて20分ほどです。
農業委員会や農政推進課に話を聞きました。以下は、筆者の責任で聴取内容をまとめたものです。
――今回は何が問題となったのでしょうか?
(役所の担当者)今回の件は、中山間地域等直接支払交付金等をもらっているのに農地を使えなくしたのが問題なのです。つまり、農地をできる限り維持してほしいので、農地として利用している方々に補助金を支給する制度が中山間地域等直接支払交付金等です。ところが、今回、問題となった方々については、その交付金を受領していながら、実際には誤った農地の管理をしていたため、補助金を不当にもらっていた形となったのです。
――市役所は気が付かなかったのですか?
(担当者)見落としていたのは事実。今回の件を踏まえて、このような事態が起きないように方法を検討しています。
――この地域の方々は、どうしてこのような行為をしてしまったのでしょうか?
(担当者)個人の事情がいろいろとあるようですが、一つには「農地を耕すのが面倒になった」方がおられるとは聞いています。
ただ、さんざん粘ったのですが、個人情報をタテにいくつかある具体的な「白い農地」の場所はご教示頂けませんでした。
■次に、一関市の資産税課に聞いてみた
資産税課では、税理士として白い農地の固定資産税の課税について聞きました。
筆者の事前の予想では、弥富市で実態が農地ではなくなったので宅地並み課税をした例と同様に、当然に「宅地並み課税をします」と答えるかと想定していました。
ところが、意外にも「農地の課税のままです」との回答でした。
念のため、後日、改めて資産税課に照会したところ、実に親切なことにわざわざ以下の返答をメールにて頂きました。
ご照会のありました農地につきましては、耕作の利便性を高めるための盛り土の申請(現状変更届)が提出されておりましたが、一関市農業委員会が岩手県に提出した違反転用事案報告書が令和6年3月8日に受理され、盛土農地が許可を受けないで農地を転用している農地法違反の状態となりました。
課税にあたっての土地の一般的な評価につきましては、対象となる土地の形状や状態、利用目的から判断して、固定資産評価基準に示された田、畑、宅地、山林等の地目に認定しておりますが、当該農地につきましては、現在、市農業委員会が違反転用に対する是正に向けて、国や県と協議を重ねていることなどを受け、課税地目につきましては、見直しは行っていないところです。
市としてできる最大限のご対応を頂いたと思いますので、この場を借りて一関市資産税課に御礼を申し上げたいと思います。
ただ、弥富市の場合も「農地法に違反して農地を転用した土地であっても宅地並み課税をした筈だが…」とも思いました。
■現地と思われる白い農地に行ってみた
本来は農業委員会で具体的な場所をご教示頂きたかったのですが、断られる懸念もあったので筆者は「タクシーで運転手が知っている白い農地に行ってもらう」との秘策を練っていました。
白い農地は、一関市とは言っても平成の合併で一関市に吸収されたかつての東山町や川崎町などに多くあります。
JR大船渡線という一ノ関駅から三陸海岸方面に向かうローカル線があり、途中の猊鼻渓駅が旧・東山町の中心に近い駅です。
筆者は猊鼻渓(げいびけい)駅で降りて、目星をつけていたタクシー会社の事務所に行きました。
――白い農地って知っていますか?
(タクシー会社の受付の職員)ああ、なんか最近、ニュースで聞くわね。
――白い農地と思われる農地を2、3見たいのですよ。どの辺にありますか?
(受付の職員)ここからはちょっと遠いけれど、この辺とこの辺かしらね(と、筆者の提示したタブレットの地図を指さす)
――近い場所でよいので、タクシーでどの程度の金額でいけますか?
(受付の職員)今、運転手、一人いるから聞いてみるわね。だいたい3千円くらいかしら。
筆者は、タクシーをオーダーしました。そして、タクシーの中でも運転手に話を伺いました。
――またなんで、石灰なんでしょうか?
(運転手)この辺は石灰が沢山取れて、あちこちに採掘場があるからね。
――周辺の人達は、何も思わなかったのですか?
(運転手)他人の農地なので、「ああ、なんか白くなっている」程度の認識でしたよ。そんなに大問題になるとは思わなかったですよ。
――こんな客、珍しいでしょう(笑)。
(運転手)こんな客、確かに初めてだ。でも、事務所で待っていてもお金を貰えないので、ありがたい客ですわ(笑)。
現地と思われる農地に着きました。
なるほど、見た目には「頑張れば」農地に復旧できなくもなさそうでした。
ただ、それは弥富市の場合も、残土を取り除けば同じこと。
農地の固定資産税は「農作物を作る農地」だから低額に設定されているのです。一関市の資産税課の回答は先に述べた通りでしたが、白い農地のように「その年に農地として使っていないのであれば、その年の課税を低くすることは課税の公平の観点から、どうなの?」と感じざるを得ませんでした。
この件に見る教訓とは?
弥富市の記事では、その不動産に何等かの変動を加えようとする場合は、それに先立って「この不動産をこのようにしたら税の負担はこうなる」という視点を持つべきと書きました。
それ自体は、今でもその通りと思います。
ただ、今回は更に「不動産につき何等かの収入を得ている場合も、その不動産に何等かの変動を加える場合は、税負担の変動要素の有無と同様に、その変動による影響を検討すべき」という教訓が得られたと思います。
■最後に、提言を
弥富市の残土置き場と化した農地を拝見した身としては、弥富市と異なり固定資産税の宅地並み課税がなされていない点につき、違和感を感じました。
そして、もう一つ筆者が気になったのは、「面倒くさくなった」という市役所担当者からの情報です。
昨今、全国の「こども食堂」に集う子供など十分な食料を得られない方々もいる傍らで、世間では食品ロスも問題になっています。
最近、厚生労働省でも外食の持ち帰りの検討が開始されているようですが、食糧を消費する側として、他にも例えば以下の手順を社会的に常態化する等が考えられるでしょう。
・外食で残した場合に「食べ物を残した料金」を徴収する。
・宴会等では最後に10分程度の時間をとって、「勿体ないので残っている料理があれば食べてください」的な働きかけを習慣化する。
・コース料理等の場合、料金は当初から不変としながらも店側も適当なタイミングで「まだ提供しても食べきれるか」を尋ねる。
・外食等の場合、料金は当初から不変としながらも最初から苦手な食材を申告してもらい、提供前に外して残飯化を防ぐ。
・家に持ち帰った惣菜その他の「容器に入った食材」をスプーンでさらう等をして「容器にこびりついたままにした結果、廃棄される食材」の発生を防ぐ。
上記に加え、食糧の供給側としても、食糧確保のために白い農地のような「作る側の放棄」を防ぐことが必要とも言えるでしょう。
そのためには、まずは「面倒くさがらずにやり甲斐を持って農業を担ってくれる若い世代」を確保し、この方々が農地を取得できるようにする施策が必要でしょう。
ただ、側面からサポートする意味で補助金をより適切にしつつも、農地として低い税額での固定資産税等の課税がなされている土地については、その後に建物の敷地として宅地化した場合は、「結果として宅地化して、宅地としての高額の効用が得られた」ので、ある程度の期間は遡って宅地並み課税をすることも検討すべきではないかとも思います。
と、同時に、白い農地に限らず休耕地と化している土地についても、農地としての貢献がないので、休耕地となっている年の固定資産税等についてはある程度の高額課税も検討の余地はあるかと思います。
土地の税制は、その土地の価値に応じた負担を求めると同時に、土地のあるべき施策の方向性を示す意味もあります。
農地を耕し、食を潤す方々が尊いことは間違いないでしょう。
その方々を支えつつ励ます制度にすることが、あるべき姿と思いますが、いかがでしょうか。
そして、できれば、これらの点の改善の結果として、全国津々浦々の「こども食堂」に集う子供たちにも十分に食料を行き渡らせ、笑顔になって欲しいなとも思いました。
現場からは以上です。
【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサーが企画・執筆し、編集部のサポートを受けて公開されたものです。文責はオーサーにあります。】