白馬の相続税路線価の急上昇を見て~今、何をすべきかを不動産鑑定士・税理士目線から考えてみた
令和6年7月に、令和6年の相続税路線価が発表されました。
まず、相続税路線価とは何かという点を説明させていただければと思います。
相続税法22条で、相続税申告に際しての財産は時価で評価して、その申告を行うとされています。
ただ、土地の場合は、いちいち不動産鑑定士を雇って時価を把握するのは負担が大きすぎます。このため、通常は時価より若干は安めとなる相続税路線価を道路ごとに毎年定めておいて、これに基づいて土地を評価し申告すれば、時価で申告したものと見做す扱いとしました。
つまり、相続税路線価とは土地の相続税申告を円滑にするために国税庁が定めたものです。そして、ある程度は土地の時価上昇と連動し、土地の所有者が亡くなった場合は連動して相続税計算上の時価総額が膨らみ、一定額以上であれば相続税も増加する構造となっています。
但し、全国すべての地域に相続税路線価を定めると税務当局側の負担が大きいので、相続税路線価が定められる地域はある程度以上に宅地化が進行した地域に限定されており、過疎地やあまり繁華性の高くない地域は相続税路線価は定められていません。そのような地域は、上記の相続税路線価図の右側にも記載がありますが、倍率地域と言って、固定資産税評価額に予め定められた倍率を乗じる等の手続を経て相続税申告を行うことになります。
いわば、相続税路線価が定められた地域は、ある程度は人が多い地域と言えるでしょう。
ここで、令和6年の相続税路線価に関し、前年である令和5年との比較で全国でも有数の上昇となったのが長野県白馬村の相続税路線価だそうです。
と、いうことで、白馬村で何が起こっているのか、そしてそこから感じる課題は何かを見ていきたいと思います。
■白馬村に行ってきた
令和6年7月17日、前日、下記の記事を書くために能登を見てきた筆者は富山で一泊し、富山市内のある不動産鑑定の物件を見てきた後、東京へ直帰をせず白馬村に寄ることにしました。
白馬駅は長野県松本市の松本駅から長野県大町市の信濃大町駅(大)を通って新潟県の日本海側の糸魚川駅(糸)まで達する大糸線にあります。
白馬駅と糸魚川駅の間の南小谷駅まではJR東日本の区間で電化されており電車が走れるため、新宿からの直通特急もあるのですが、その先はJR西日本の区間となり非電化単線で小さなディーゼルカーが走るだけの究極のローカル線です。
富山から白馬へは北陸新幹線で長野に行きバスに乗り換えるルートもなくはないのですが、なかなか乗る機会もない大糸線の非電化区間に魅力を覚えたので、北陸新幹線を糸魚川駅で降りて、個人的には32年ぶり2度目となる大糸線に乗り継ぎ、南小谷駅で電車に乗り換えて白馬駅に着きました。
■白馬村の相続税路線価の定められた地域は駅から遠いごく一部
白馬駅前は、村とは言えウィンタースポーツで冬場は賑わうことから、観光客向け店舗を中心とした商店等がある程度は整備されています。
ところが、駅前付近は倍率地域なのです。村役場も駅に比較的近いですが倍率地域です。
どう見ても駅前や村役場付近が村の中心に思えますが、そこを差し置いてわざわざ相続税路線価を定める地域って、どんな場所だ…との疑問を覚えつつ、駅前でレンタサイクルを借り、高原の自然豊かな道を2キロ強走って路線価の定まっている地域に着きました。
着いてみてわかったのは、別荘地として開発された地域との点です。しかも、メインストリートには店舗が並んでいました。但し、コンビニを一軒見かけたのを別とすれば、都会でよくある大手資本の店舗は見られず、地元の独立資本と思われるいかにもリゾート客向けと思える店舗が主でした。
たまたま、相続税路線価の定められている地域の一角に商業地の都道府県地価調査基準地「白馬5-2」があります。さらに、相続税路線価の定められている地域からは少し外れますが、住宅地の公示地「白馬-1」もあります。
商業地の都道府県地価調査基準地「白馬5-2」の推移を見るに平成31年時点で18,800円/平米であったのが令和5年時点で40,100円/平米と、4年間で2.13倍となっています(令和4年は31,500円/平米のため直近1年間で考えても27.3%増)。
住宅地の公示地「白馬-1」についても、平成30年時点で6,760円/平米ですが、令和6年時点で15,900円/平米と、6年間で2.35倍となっています(令和5年は13,300円/平米のため直近1年間で考えても19.5%増)。
周辺の相続税路線価も公示価格と一定程度の連動が保たれている形態のため、概ね同様の推移です。
実際、上記の相続税路線価図を見ても、ある道路については令和5年26,000円→令和6年36,000円と、38.4%も上昇となっており、これは全国的に見ても異例の上昇幅と言えます。
いわば、この道路沿いに1,000平米の標準的な土地があった場合、令和5年ベースでは26,000,000円で相続税申告上は評価してよかったものが、令和6年ベースだと36,000,000円と10,000,000円も上昇し、所有者が亡くなった時点が令和5年か6年かで、相続税が10,000,000円に税率(相続税の税率は10~55%だが相続人の数、相続財産の総額等で税率は異なる)を乗じた額が異なってくる場合が生じると言えるのです。
亡くなったのが1年違うだけでこれだけ税額が違うとなると、その上昇率のエグさもご理解頂けるのではないでしょうか。
■白馬村役場で話を聞くと
白馬村役場で話を聞いてみました。
印象的だったのは、人口の話です。
最近は、外国人も増えているとのことですが、冬だけ白馬村の住民となり、夏は転出するという動きがあるとのことです。
実は、同じ白馬村の公示地や都道府県地価調査基準地でも、別荘地やスキー場等に関係のない地域は、特に需要が大きいわけではないので、地価上昇もそれほどでもないのです。
別荘地やスキー場等が国内外の需要を取り込むことが、地価や相続税路線価等の上昇と関連づいている点につき、現地を見て、改めて理解できました。
■筆者の思うこと
白馬に限らず、長野県内の野沢温泉、北海道のニセコや富良野等でも同様のことが起きていますが、ウィンタースポーツ等に関連して外国人に注目されたことにより地価は上昇しているようです。実際、白馬村の地価公示地の令和6年の鑑定評価書でも「国内外の富裕層や事業者による需要」の存在が指摘されています。
筆者は、地価上昇には、「良い地価上昇」と「悪い地価上昇」があると思っています。
「良い地価上昇」とは、例えば北海道の北広島でエスコンフィールドができて観戦客によって賑わうようになり、しかもこれが原因で利便性も向上するといった具合に、「利便性や収益獲得能力が改善し、地域の土地利用者にとって潤いが増す」地価上昇と考えています。
「悪い地価上昇」とは、特段の利便性の向上や収益獲得能力の向上もないが、何等かの理由によりそこに人が増えて土地の需要が圧迫されることによる地価上昇と考えています。
その結果、土地所有者が亡くなった際の相続税や土地所有者に課される固定資産税や都市計画税まで上昇しては元から住んでいる日本人にとっては不利と言わざるを得ないでしょう。
そして、このような地価上昇の形態について理解した上で、不動産の税制を含め、あるべき制度を構築することを国民で考えていくことが、この問題に対する改善にはなると思いますが、いかがでしょうか。
現場からは以上です。
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