Yahoo!ニュース

白馬の相続税路線価の急上昇を見て~今、何をすべきかを不動産鑑定士・税理士目線から考えてみた

冨田建不動産鑑定士・公認会計士・税理士
高原のお洒落な駅である白馬駅。この記事の写真は全て令和6年7月17日筆者撮影。

令和6年7月に、令和6年の相続税路線価が発表されました。

まず、相続税路線価とは何かという点を説明させていただければと思います。

相続税法22条で、相続税申告に際しての財産は時価で評価して、その申告を行うとされています。

ただ、土地の場合は、いちいち不動産鑑定士を雇って時価を把握するのは負担が大きすぎます。このため、通常は時価より若干は安めとなる相続税路線価を道路ごとに毎年定めておいて、これに基づいて土地を評価し申告すれば、時価で申告したものと見做す扱いとしました。

白馬村の令和6年相続税路線価の一例。「基5-2」とあるのが都道府県地価調査基準地「白馬5-2」の位置。(出典:国税庁の相続税路線価のサイト)
白馬村の令和6年相続税路線価の一例。「基5-2」とあるのが都道府県地価調査基準地「白馬5-2」の位置。(出典:国税庁の相続税路線価のサイト)

上記の令和6年相続税路線価の「基5-2」付近の拡大図。
上記の令和6年相続税路線価の「基5-2」付近の拡大図。

同じ範囲の令和5年の相続税路線価(出典:同)。「基5-2」斜め上の丸の数字(平米あたりの相続税評価上の各種補正前土地価格)は令和5年は26(26,000円)が令和6年は36(36,000円)と急上昇。
同じ範囲の令和5年の相続税路線価(出典:同)。「基5-2」斜め上の丸の数字(平米あたりの相続税評価上の各種補正前土地価格)は令和5年は26(26,000円)が令和6年は36(36,000円)と急上昇。

上記の令和5年相続税路線価の「基5-2」付近の拡大図。
上記の令和5年相続税路線価の「基5-2」付近の拡大図。

つまり、相続税路線価とは土地の相続税申告を円滑にするために国税庁が定めたものです。そして、ある程度は土地の時価上昇と連動し、土地の所有者が亡くなった場合は連動して相続税計算上の時価総額が膨らみ、一定額以上であれば相続税も増加する構造となっています。

但し、全国すべての地域に相続税路線価を定めると税務当局側の負担が大きいので、相続税路線価が定められる地域はある程度以上に宅地化が進行した地域に限定されており、過疎地やあまり繁華性の高くない地域は相続税路線価は定められていません。そのような地域は、上記の相続税路線価図の右側にも記載がありますが、倍率地域と言って、固定資産税評価額に予め定められた倍率を乗じる等の手続を経て相続税申告を行うことになります。

いわば、相続税路線価が定められた地域は、ある程度は人が多い地域と言えるでしょう。

ここで、令和6年の相続税路線価に関し、前年である令和5年との比較で全国でも有数の上昇となったのが長野県白馬村の相続税路線価だそうです。

と、いうことで、白馬村で何が起こっているのか、そしてそこから感じる課題は何かを見ていきたいと思います。

上記の相続税路線価にある都道府県地価調査基準地「白馬5-2」の様子。白馬らしく別荘地向けの商店が多い一角にある店舗の敷地である。
上記の相続税路線価にある都道府県地価調査基準地「白馬5-2」の様子。白馬らしく別荘地向けの商店が多い一角にある店舗の敷地である。

■白馬村に行ってきた

令和6年7月17日、前日、下記の記事を書くために能登を見てきた筆者は富山で一泊し、富山市内のある不動産鑑定の物件を見てきた後、東京へ直帰をせず白馬村に寄ることにしました。

能登地震から半年。災害現場の課題を不動産鑑定士が解説

白馬駅は長野県松本市の松本駅から長野県大町市の信濃大町駅(大)を通って新潟県の日本海側の糸魚川駅(糸)まで達する大糸線にあります。

白馬駅と糸魚川駅の間の南小谷駅まではJR東日本の区間で電化されており電車が走れるため、新宿からの直通特急もあるのですが、その先はJR西日本の区間となり非電化単線で小さなディーゼルカーが走るだけの究極のローカル線です。

富山から白馬へは北陸新幹線で長野に行きバスに乗り換えるルートもなくはないのですが、なかなか乗る機会もない大糸線の非電化区間に魅力を覚えたので、北陸新幹線を糸魚川駅で降りて、個人的には32年ぶり2度目となる大糸線に乗り継ぎ、南小谷駅で電車に乗り換えて白馬駅に着きました。

大糸線の小さなディーゼルカー。南小谷駅以北はこのような列車が一日数往復だけのため、北陸新幹線と白馬駅を結ぶ鉄路のコースであるのに利用者が少なく厳しい状況とのことである。
大糸線の小さなディーゼルカー。南小谷駅以北はこのような列車が一日数往復だけのため、北陸新幹線と白馬駅を結ぶ鉄路のコースであるのに利用者が少なく厳しい状況とのことである。

大糸線の車窓。ディーゼルカーの区間は糸魚川駅付近を除き人里は稀でひたすら写真と同様の山間と姫川の激流の車窓である。白馬駅に向かって日本海側の糸魚川市から姫川の激流に沿って急激に標高を上げていく。
大糸線の車窓。ディーゼルカーの区間は糸魚川駅付近を除き人里は稀でひたすら写真と同様の山間と姫川の激流の車窓である。白馬駅に向かって日本海側の糸魚川市から姫川の激流に沿って急激に標高を上げていく。

■白馬村の相続税路線価の定められた地域は駅から遠いごく一部

白馬駅前は、村とは言えウィンタースポーツで冬場は賑わうことから、観光客向け店舗を中心とした商店等がある程度は整備されています。

ところが、駅前付近は倍率地域なのです。村役場も駅に比較的近いですが倍率地域です。

白馬駅前の国道沿いに位置する商業地の地価調査基準地「白馬5-1」付近。村の中心市街地と言える立地であるが、令和5年までの5年間で上昇率はわずか4%強と、全国で報道される程の水準ではない。
白馬駅前の国道沿いに位置する商業地の地価調査基準地「白馬5-1」付近。村の中心市街地と言える立地であるが、令和5年までの5年間で上昇率はわずか4%強と、全国で報道される程の水準ではない。

どう見ても駅前や村役場付近が村の中心に思えますが、そこを差し置いてわざわざ相続税路線価を定める地域って、どんな場所だ…との疑問を覚えつつ、駅前でレンタサイクルを借り、高原の自然豊かな道を2キロ強走って路線価の定まっている地域に着きました。

着いてみてわかったのは、別荘地として開発された地域との点です。しかも、メインストリートには店舗が並んでいました。但し、コンビニを一軒見かけたのを別とすれば、都会でよくある大手資本の店舗は見られず、地元の独立資本と思われるいかにもリゾート客向けと思える店舗が主でした。

メインストリートの起点から八方尾根スキー場の方角を望む。
メインストリートの起点から八方尾根スキー場の方角を望む。

たまたま、相続税路線価の定められている地域の一角に商業地の都道府県地価調査基準地「白馬5-2」があります。さらに、相続税路線価の定められている地域からは少し外れますが、住宅地の公示地「白馬-1」もあります。

商業地の都道府県地価調査基準地「白馬5-2」の推移を見るに平成31年時点で18,800円/平米であったのが令和5年時点で40,100円/平米と、4年間で2.13倍となっています(令和4年は31,500円/平米のため直近1年間で考えても27.3%増)。

住宅地の公示地「白馬-1」についても、平成30年時点で6,760円/平米ですが、令和6年時点で15,900円/平米と、6年間で2.35倍となっています(令和5年は13,300円/平米のため直近1年間で考えても19.5%増)。

周辺の相続税路線価も公示価格と一定程度の連動が保たれている形態のため、概ね同様の推移です。

実際、上記の相続税路線価図を見ても、ある道路については令和5年26,000円→令和6年36,000円と、38.4%も上昇となっており、これは全国的に見ても異例の上昇幅と言えます。

いわば、この道路沿いに1,000平米の標準的な土地があった場合、令和5年ベースでは26,000,000円で相続税申告上は評価してよかったものが、令和6年ベースだと36,000,000円と10,000,000円も上昇し、所有者が亡くなった時点が令和5年か6年かで、相続税が10,000,000円に税率(相続税の税率は10~55%だが相続人の数、相続財産の総額等で税率は異なる)を乗じた額が異なってくる場合が生じると言えるのです。

亡くなったのが1年違うだけでこれだけ税額が違うとなると、その上昇率のエグさもご理解頂けるのではないでしょうか。

白馬村役場。
白馬村役場。

白馬村の人口。ウィンタースポーツで有名であるが、実は人口はかなり少ない。
白馬村の人口。ウィンタースポーツで有名であるが、実は人口はかなり少ない。

村役場には誰でも弾けるピアノがあり白馬村らしく英語の案内も。和音と旋律だけの耳コピで筆者も「青と夏」「君はハニーデュー」「私の一番かわいいところ」「最上級にかわいいの」等を奏でてみたがこれは余談。
村役場には誰でも弾けるピアノがあり白馬村らしく英語の案内も。和音と旋律だけの耳コピで筆者も「青と夏」「君はハニーデュー」「私の一番かわいいところ」「最上級にかわいいの」等を奏でてみたがこれは余談。

■白馬村役場で話を聞くと

白馬村役場で話を聞いてみました。

印象的だったのは、人口の話です。

最近は、外国人も増えているとのことですが、冬だけ白馬村の住民となり、夏は転出するという動きがあるとのことです。

実は、同じ白馬村の公示地や都道府県地価調査基準地でも、別荘地やスキー場等に関係のない地域は、特に需要が大きいわけではないので、地価上昇もそれほどでもないのです。

別荘地やスキー場等が国内外の需要を取り込むことが、地価や相続税路線価等の上昇と関連づいている点につき、現地を見て、改めて理解できました。

白馬村の全域の地価が急上昇しているのではない。写真は白馬駅から八方尾根スキー場とは反対側の地域の公示地「白馬-2」付近でインバウンドの影響が乏しいためか令和6年価格は前年比+1.5%に留まる。
白馬村の全域の地価が急上昇しているのではない。写真は白馬駅から八方尾根スキー場とは反対側の地域の公示地「白馬-2」付近でインバウンドの影響が乏しいためか令和6年価格は前年比+1.5%に留まる。

■筆者の思うこと

白馬に限らず、長野県内の野沢温泉、北海道のニセコや富良野等でも同様のことが起きていますが、ウィンタースポーツ等に関連して外国人に注目されたことにより地価は上昇しているようです。実際、白馬村の地価公示地の令和6年の鑑定評価書でも「国内外の富裕層や事業者による需要」の存在が指摘されています。

筆者は、地価上昇には、「良い地価上昇」と「悪い地価上昇」があると思っています。

「良い地価上昇」とは、例えば北海道の北広島でエスコンフィールドができて観戦客によって賑わうようになり、しかもこれが原因で利便性も向上するといった具合に、「利便性や収益獲得能力が改善し、地域の土地利用者にとって潤いが増す」地価上昇と考えています。

「悪い地価上昇」とは特段の利便性の向上や収益獲得能力の向上もないが、何等かの理由によりそこに人が増えて土地の需要が圧迫されることによる地価上昇と考えています。

その結果、土地所有者が亡くなった際の相続税や土地所有者に課される固定資産税や都市計画税まで上昇しては元から住んでいる日本人にとっては不利と言わざるを得ないでしょう。

公示地「白馬-1」付近。緑あふれる別荘地である。
公示地「白馬-1」付近。緑あふれる別荘地である。

相続税路線価区域の一角に、ある私有地には道路から見える位置に白馬らしく白馬のモニュメントがあった。
相続税路線価区域の一角に、ある私有地には道路から見える位置に白馬らしく白馬のモニュメントがあった。

そして、このような地価上昇の形態について理解した上で、不動産の税制を含め、あるべき制度を構築することを国民で考えていくことが、この問題に対する改善にはなると思いますが、いかがでしょうか。

現場からは以上です。

レンタルスキー屋にも英語表記が。これも時代の流れか。
レンタルスキー屋にも英語表記が。これも時代の流れか。

白馬から新宿行の特急「あずさ」で帰京。新宿までは4時間弱かかるがスキー全盛時は新宿からの夜行列車が沢山あったことを考えると、本当に速くなったと言える。
白馬から新宿行の特急「あずさ」で帰京。新宿までは4時間弱かかるがスキー全盛時は新宿からの夜行列車が沢山あったことを考えると、本当に速くなったと言える。

【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサーが企画・執筆し、編集部のサポートを受けて公開されたものです。文責はオーサーにあります】

不動産鑑定士・公認会計士・税理士

慶應義塾中等部・高校・大学卒業。大学在学中に当時の不動産鑑定士2次試験合格、卒業後に当時の公認会計士2次試験合格。大手監査法人・ 不動産鑑定業者を経て、独立。全国43都道府県で不動産鑑定業務を経験する傍ら、相続税関連や固定資産税還付請求等の不動産関連の税務業務、ネット記事等の寄稿や講演等を行う。特技は12 年学んだエレクトーンで、平成29年の公認会計士東京会音楽祭では優勝を収めた。 令和3年8月には自身二冊目の著書「不動産評価のしくみがわかる本」(同文舘出版)を上梓。 令和5年春、不動産の売却や相続等の税金について解説した「図解でわかる 土地・建物の税金と評価」(日本実業出版社)を上梓。

冨田建の最近の記事