キダ・タローさんが“浪花のモーツァルト”に込めた思い
“浪花のモーツァルト”の愛称で親しまれた作曲家のキダ・タローさんが亡くなりました。
関西ではABCテレビ「探偵!ナイトスクープ」の最高顧問を務めるなどタレントとしても長く愛された方でした。
極めて近い関係者の方にもお話をうかがいましたが、キダさんを一言で表すと「シャイ」だったといいます。
キダさんがよくおっしゃっていた話の一つに「知らん人と一緒に鍋を食べるなんてイヤや。他人の唾がついた箸が入った鍋なんて食べられへん」というものがありました。
このエピソードが示すワードは“潔癖”かもしれませんが、実は、それ以上に「知らない人と一緒に鍋を囲むということは、いろいろと話をしないといけないということ。それがしんどい」ということがあったそうです。
シャイで繊細だからこそ、あらゆるところに気づく。気と目を配る。それをやりすぎるとしんどくなる。それと同時に、シャイで繊細だからこそ、物事の本質を正確にとらえる。それがテレビでの歯に衣着せぬコメントにつながり、曲を作れば音楽で人の心を揺さぶることになる。その構図を複数の関係者から耳にしました。
そして、その繊細さが一番表れているのが愛称“浪花のモーツァルト”の表記だといいます。
生前、キダさんが見るたびに残念がっていたのがこの“浪花のモーツァルト”の表記間違いだったそうです。
もともとは数十年前に出演番組のプロデューサーか、後輩のシンガーソングライターがつけた愛称だったそうですが、その時の表記が「浪花のモーツァルト」だったのでそのまま定着した。そして、この「浪花」がポイントだとキダさん自身もとらえていた。
「時々、テレビのテロップや雑誌の見出しなどで、そこが『浪速のモーツァルト』になっていることがあるんです。そうなると、実在する大阪市浪速区の『浪速』になるので、実際の地名がつくことになってしまう。地名ではないけれども、ふんわりと大阪を示す『浪花』であるところがちょうど良くて『こんなん、シャレなんやから。本物の地名がついたらまた味が変わってしまう』と『浪速』表記になっていると残念がっていました」(前出の近い関係者)
細かいところかもしれませんが、そこの語感にこだわる繊細さ。そしてシャレのセンス。そこがキダ・タローという存在の幹になっていたのだと強く感じます。
繊細だからこそ人付き合いを広げることなく、自分の道をひたすらに歩んだ。それが自称・5000曲とも言われる作品につながり、太く長い人生につながった。キダさんを表す言葉として「シャイ」とともに「孤高」という言葉を使う人もいます。
孤高ならではの苦しみもあったのかもしれませんが、孤高ならではの景色もある。3月に体調を崩される前には「作曲は家でもできる仕事。あと何曲かはまだ作りたいと思っている」と意欲を見せてらっしゃったと聞きます。
キダさんだからこそ書ける曲を聞いてみたかった。その思いもありますが、忘れようたって忘れられないキダメロディーが多くの人の頭に残っている。その時点で、まだまだキダさんは生き続けているのだとも思います。