Vol.5 ラグビーNTTドコモレッドハリケーンズ躍進の秘訣は “切磋琢磨”
ラグビーTOP LEAGUE第4節、NTTドコモレッドハリケーンズが対戦したパナソニックワイルドナイツは、ラグビーファンの方であればご存じのとおり、直近10シーズンでリーグ優勝4回、準優勝2回、日本選手権においても優勝2回、準優勝4回。そして、今シーズンも第3節まで無傷の3連勝と、まさに日本ラグビー界を牽引するチームの1つです。
同じく開幕3連勝のレッドハリケーンズは、そのリーグ屈指の強豪・パナソニックに対し、一歩も引かず、スクラム・モールでは互角以上の闘いを見せ、終始低いタックルで応戦。そして、数少ないチャンスから決定機をつくり出し、観る者の胸を熱くさせてくれました。
前半22分に相手PGで先制されるも、前半35分の杉下暢選手のトライとオーウェン・ウィリアムス選手のコンバージョンキックで逆転、強豪を相手にリードを奪います。前半終了間際に逆転を許しますが、後半開始早々にオーウェン選手のPGで追い付き、後半10分過ぎまで10-10という、まさに手に汗握る試合を展開。試合終盤、相手もレッドハリケーンズからなかなか得点を奪えないと見るや要所でPGを狙うなど、最後までどちらに転ぶか分からない戦いでした。
最後までしっかり戦えたことで自分たちの個性を発揮することができました。特に、前半に関しては、試合内容でパナソニックに勝っていたと思います。しかし、後半(試合終盤)は、パナソニックに要所で得点を重ねられ、結果的に13-26で敗戦となりました。
(ヨハン・アッカーマン ヘッドコーチ)
みんながハードにファイトしてくれた事を誇りに思います。フィジカルな試合でしたが、特に前半は良い戦いができました。ただ、後半は、チームとしても、選手個々でみても、経験に勝る “試合巧者” パナソニックに13点差を付けられてしまいました。これからまだまだ成長できる部分があるのでいい学びとなりました。
(ローレンス・エラスマス 選手)
強豪パナソニックが相手。この試合は挑戦者の気持ちで、ただ思いっ切り相手に向かっていくことを意識しました。前半は自分たちのやりたいラグビーをやり切ることができました。しかし、後半大事なところでミスが続いてしまい失点が続いたことが大きな反省点です。
(藏田知浩 選手)
※参照:
試合レポート|2020-2021 トップリーグ2021 リーグ戦 第4節 パナソニック ワイルドナイツ戦 https://docomo-rugby.jp/game/game.html?id=217
これらは、ヨハン・アッカーマン ヘッドコーチとキャプテン・ローレンス・エラスマス選手、藏田知浩選手の試合後のコメントです。
特に前半において、チーム全体が「互角以上にやれた」「決して負けていない」という手ごたえを掴んでいたようです。敗戦要因の分析としては、各々の表現こそ違いますが、「勝負所での集中力や経験の差」を挙げていたように感じます。その点に関しては一朝一夕で高めることは難しいので、まさに1つひとつ経験し、築き上げていく必要があると思います。「拮抗した試合展開では何を注意しなければならないのか」という勝負を分けるポイントは、経験しなければわかりません。
伝統ある強豪チームは、経験をチームの財産にしていきます。同じ過ちを繰り返さないため、練習を通じて継承していく風土があります。そして、妥協を許さない先輩たちの姿勢をみて、それを経験していない若い世代へと脈々と受け継がれていくのです。
数年後、「このチームはなぜ練習や紅白戦でこんなに細かいところまで追求するのか」と新加入メンバーが感じるようなら、チームは正しい方向へ進んでいると言えるでしょう。そう考えると、「経験の差」は、今後数年間の取り組みで埋め合わせていくべき中長期の課題と言えるでしょう。
さて、今シーズンの第3節までを振り返ると、各メディアから発信される記事では、レッドハリケーンズを「伏兵」と謳っているものをよく目にしました。もちろん、チームの歴史や過去の戦績を振り返ればその表現も否定できません。ただ、パナソニック戦を経て、今シーズンの躍進は決して偶然の産物ではないということを証明できたと思っています。負けて称賛されるのはまったく本意ではありませんが、これまでの躍進に半信半疑だった方も、「今年のレッドハリケーンズは違うぞ!」と確信を持っていただけたのではないでしょうか。
この好調の要因を「オフシーズンの選手補強が功を奏した」と分析している論調のメディアが大半です。もちろんそれは事実だと思います。しかし、それがすべてではありません。なぜそう言い切れるのかというと、かつて私が再建を託されたスポーツチームの中には、世界的スーパースターが集まっても勝利から見放され続けた事例もあったからです。
選手補強は勝利のために必要な手段かもしれませんが、それだけで結果が出るほど甘い世界ではないのです。
補強に対して適切な対応をしなければ、むしろ問題が大きくなることだってあり得ます。
例えば、補強によってポジションを奪われる人がでてきて、モチベーションを保てなくなるかもしれません。また、スター選手の加入で委縮してしまう人が出てくるかもしれません。委縮することでチーム内のコミュニケーションが停滞し、連係不足に陥れば、結果的に個人技に頼ることになります。個人技で局面打開を試みる場合、当然ですが相手に予測され、阻まれやすくなります。また、スター選手自身がメンバーから外された場合、大きな不満分子になるリスクもあります。
つまり、選手補強ですべてを解決できるわけではなく、補強とセットで起こりうる諸問題のケアが不可欠なのです。今のレッドハリケーンズは、選手全員が高い意識でチームファーストの精神を貫いているからこそ機能しているのだと思っています。
そして、選手個々がレベルアップしようとする強い意志を持つことこそが、1番の補強になるのです。
前節までの振り返りが長くなりましたが、ここからが本題です。
このコラムでは、チームワークの強化・チーム力の最大化、いわゆるチームビルディングという立場でレッドハリケーンズをサポートしている私が、”チームはどのような課題に直面しているのか” “チーム内にどのようなリスクが潜んでいるのか”、そのうえで ”どのような改善策を処方したのか(するつもりか)” を、わかりやすくご紹介しています。
一般的には、技術・戦術・フィジカル的な要素がチーム強化につながる重要なファクターだと認識されていますが、このコラムでは、”チームワーク”という側面からアプローチしていきます。
今回のVol.5では、前回のコラム(Vol.4)で触れた「切磋琢磨」についてお話をしていきたいと思います。
このコラムを通じ、ラグビーファンやレッドハリケーンズサポーターの皆さんはもちろん、より多くの方々にチームでの取り組みを知っていただければ幸いです。
前節、パナソニック戦から10日余りが経ち、今週末は2週間ぶりにレッドハリケーンズの試合(日野戦)があります。すでに、パナソニック戦が終わってから、次の試合が楽しみで、何度もカレンダーを確認した方もいらっしゃるのではないでしょうか。
それでは、その待ちきれないワクワク感を胸に、ぜひコラムVol.5をお楽しみください。
“切磋琢磨(SESSA TAKUMA)” とは
上の画像は今シーズン開幕戦、キヤノンイーグルス戦のラストプレーで、劇的逆転勝利に望みをかけた川向瑛選手のPG直前、張り詰めた緊張感が伝わるシーンです。Vol.2でもご紹介しましたが、ベンチにいる選手たちがこのキックに逆転勝利を託し、肩を組みながら戦況を見つめています。まさに、脇役さえも前のめりの状態です。
私はラグビーを専門としてきたわけではないので、プレーそのものについては詳しくありませんが、あらゆるシーンから「脇役が本気になれているか」を厳しい目で確認しています。それがチームの健康状態を測るバロメーターになります。
Vol.4では「脇役」の存在にフォーカスしました。
誤解のないように1点だけ説明させてください。「主役」「脇役」という表現に違和感をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、選手たちを優劣で区別する意図は一切ありません。むしろ、今回のコラムでは、その区別をなくしていく取り組みについて解説していきますので、最後までお読みいただければと思います。
Vol.5のテーマは「切磋琢磨(SESSA TAKUMA)」です。外国籍選手にも覚えてもらいたい素晴らしい日本語なので、私は意図的にアルファベット表記にしてチームミーティングを実施しました。
切磋琢磨とは「お互いに磨き合う」という意味を持つ言葉です。
仲間同士がアドバイスや情報交換をし合うことで、お互いを磨き合い、結果的に相乗効果でチームが成長していきます。成長路線のチームを作るうえで、「切磋琢磨」は欠かせません。そして、選手同士が互いの弱みを補い合い、強みを最大限に引き出し合い、まるで人格と意思を持った1つの生命体のように、自由自在に動けるチームへとなっていきます。
切磋琢磨で「正しい競争」を生み出そう
前述のとおり、チーム成長において極めて重要なキーワード「切磋琢磨」ですが、実際に行動に移すのは難しいものでもあります。それを難しくする1つの要因として、「切磋琢磨」と混同しがちな「競争意識」「ライバル関係」といった、類似概念をもつ言葉が存在するからではないでしょうか。
ここからは、そのあたりも含め、チームの成長に必要な考え方について私なりの考えを解説していきます。
サッカーには、Jリーグ監督や日本代表監督に必須となるS級ライセンスという指導者ライセンスが存在します。私はS級ライセンス講習会で講師を務めているのですが、過去に受講生から「どうやったらチーム内の競争を激しくできるか」という質問を受けたことがあります。
もちろん、スポーツに競争はつきものです。そして、チーム内での激しい競争がチームを強くします。
ただ、私は過度にチーム内競争を煽ることに危険性を感じています。
そもそも、競争とは字のごとく「勝敗や優劣を人と競いあうこと」という意味を持つ言葉で、勝者と敗者を生み出します。解釈を間違えると、仲間をまるで敵のように捉え、足の引っ張り合いや蹴落とし合いが起こるかもしれません。悪者にならない程度に味方に不親切な対応をし、自分がスターティングメンバーの座を勝ち取ることだって可能です。
ただ、それでは結束どころか、チーム内のいたるところに対立構造が生み出され、チームワークとは真逆の効果になってしまいます。
もう1つの懸念としては、競争だけを煽ると成長を度外視してしまう点も挙げられます。
例えば、同じポジションを争うチームメイトが明らかに実力不足で、8割の実力で勝負しても勝ててしまうとしたら……。チームも個人も成長しません。
また、ケガをして長期離脱した仲間がいたとします。普段から全力で取り組んでいなくても、仲間のケガによって出場機会が巡ってくる可能性があります。それは自分が成長して勝ち取ったわけでなく、仲間の不幸によって得られる残念な勝利です。そんな形でポジションを得て満足していたら、成長スピードは鈍ります。
このように、競争に勝つことだけを過度に求めると、チーム内での消耗戦になったり、成長が度外視されたりしてしまう恐れがあるのです。
仮に試合出場の権利を確保できたとしても、身内での消耗戦に疲弊し、おまけに成長もしていなければ意味がありません。私たちが戦う相手は外にいるのです。内側にいるチームメイトと“磨き合う関係”でなければ、外との競争力は高まりません。
きっと多くのチームが「正しい競争」を生み出すために苦労しているはずです。だから、私は誤解を招く恐れのある「競争」という言葉よりも、「切磋琢磨」という言葉を使うようにしているのです。
チーム内の紅白戦では手の内を明かし合おう!
ライバルにアドバイスしたら損をする
自分のポジションを奪われる
チームでこのような考えを抱いている人がいたら、そのチームにはまだまだ伸びしろがある証拠です。
ここで、私が教員をしている東京電機大学理工学部サッカー部の話をご紹介します。
東京電機大学理工学部サッカー部では、多くのチーム同様、日々のトレーニングの中で紅白戦を行います。紅白戦のハーフタイムには、通常であれば監督・コーチがそれぞれのチームに改善点等の指示を与え、後半に臨みます。
しかし、私たちのチームは少し違います。ハーフタイムには “選手同士が対戦相手にアドバイスをする時間”を設けます。その理由はシンプルです。実際に対戦した本人たちこそ、相手のことを一番理解しているからです。
▼対戦相手へのアドバイス例
・ここの守備が曖昧だから前半は攻撃しやすかったよ。後半は修正してこいよ
・前半の攻撃はコンビネーションがよく、守りにくかった。後半も継続したほうがいいよ
・〇〇という狙いを持って攻撃したんだけど、対戦相手としてどう感じたか教えてほしい
このように、ハーフタイムはお互いのチームにフィードバックし合います。
私は「紅白戦で身内に勝つことに大した意味はない」「俺たちが戦うべき本当の相手は外にいる」ということを繰り返し伝えています。
ハーフタイムにお互いがアドバイスし合う(手の内を明かし合う)ことで、それぞれの意図がぶつかり合う後半戦はよりハイレベルになります。紅白戦の相手が強くなればなるほど自分たちの成長につながり、チームの底上げになります。
だからこそ、私は「立場を超えて仲間にアドバイスをしよう」と呼び掛けています。強いチームにはそういう文化が根付いているのです。
チームメイト全員がコーチである
私は「すべての選手をリスペクトしたい」「選手間に垣根を作りたくない」という信念から、普段は「主力組」「控え組」「Aチーム」「Bチーム」という表現を使いませんが、ここでは皆さんにイメージしていただくため、あえてその言葉を使わせていただきます。
一般的に、試合に出ている主力組から控え組にアドバイスすることは、それほど難しいことではないと思います。しかし、逆のパターンはかなり心理的ハードルが高いでしょう。控え組から主力組へ気軽にアドバイスできているとすれば、チームの健康状態はかなり良好だと判断できます。
なぜなら、メンバー間に序列がなく、風通しがよい証拠であり、Vol.4のテーマでもあった「脇役」である控え組の“存在価値”が高いチームと言えるからです。
普段の練習で控え選手が主力選手にアドバイスをする
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主力選手は(アドバイスをくれた選手に)感謝し、その助言を誠実に受け止める
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週末のリーグ戦、控え選手は「果たしてアドバイスが役立つのか」主力選手のプレーを注視
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ピッチに立った主力選手が(共有してもらった)アドバイスを実践し、トライを決める
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試合後、主力選手が「アドバイスが役立ったよ、ありがとう」と控え選手へ感謝を伝える
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次の練習で、今度は主力組も控え組にアドバイスをする
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主力組からのアドバイスを控え組が誠実に受け入れ、実践し、成長が加速
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切磋琢磨し合う文化が根付く。次第に控え選手の中から試合に抜擢されるケースが出始める
この循環を繰り返していくうちにチーム全体が底上げされ、いつしか主力組と控え組の実力差は縮まり、そもそも「主力組」「控え組」という概念さえも消えていきます。そして、誰が出ても遜色ない本物のチームへと成長し、単なる優劣による選手選考から、戦術的な意図による選手選考へとシフトすることでしょう。最終的に、「全員が有効な選択肢」というチームへと変貌していくのです。
切磋琢磨にまつわるスポーツ事例
最後に1つ、スポーツ事例をご紹介したいと思います。
サッカーJリーグの横浜フリューゲルス(1998年に消滅し、横浜マリノスと合併)やジュビロ磐田でDFとして大活躍した前田浩二さんから伺った話です。30歳を過ぎた前田さんがアビスパ福岡に所属していた当時、対戦相手にはプロ2年目で駆け出しの大久保嘉人選手(現J1セレッソ大阪)がいて、2人はピッチ上で激しくマッチアップしていたそうです。
前半が終わってハーフタイム、ロッカールームに引き上げる際に前田さんは、あろうことか対戦相手である大久保選手にアドバイスを送ったというのです。いったいなぜ敵に塩を送るような行為をしたのか、そのときの心境について前田さんは、
「若くて、有望で、必ず将来飛躍する選手だと思ったから」と答えてくれました。
20年近く前のことですが、アドバイスを受けた大久保選手もこの衝撃的なできごとを覚えているようで、YouTube(元サッカー日本代表 福西崇史【公式】福ちゃんねる 嫌だったDF・ベスト3 大久保嘉人に聞く!)でおもしろおかしく回顧しています。
多くの選手が、ベテランになると自然とチームや若手に何が残せるか、を考えるようになると言います。前田さんがすごかったのは、対戦相手の若手にアドバイスを送った点です。当然ですが、前田さん自身もベテランとはいえ、「アドバイスを送っておいて負けるわけにはいかない」と逆に闘志を燃やしたはずです。まさに、お互いにとって良い緊張感で後半を迎えたことでしょう。
大久保選手はその後、長く日本代表で活躍し、J1リーグ3年連続得点王、現在はJ1歴代最多得点記録保持者という偉業を成し遂げ、日本最高のストライカーとして名を馳せています。
前田さんの行為は、チームという枠を超えて、1人の有望な若手選手に自らの経験を差し出し、日本サッカー界の成長を後押ししたと言ってもよいかもしれません。
今回は「切磋琢磨」について解説しました。いかがでしたか。
2月21日(日)から開幕した今シーズン。早いもので4試合が終了し、次節は2週間空いて3月28日(日)14時キックオフの日野戦となります。
この2週間、各チームが修正とスケールアップを図ってきたはずです。そして迎える後半戦、間違いなくレッドハリケーンズは相手から研究される対象になります。つまり、今後の試合はこれまで以上に厳しい戦いとなってくると予想されます。
とはいえ、チームのやるべきことは変わりません。
チームスローガン「PLAY TO INSPIRE」の精神を胸に、凡事を徹底し、戦う姿勢、諦めない姿勢、勝利の可能性を1%でも高める姿勢を示し続け、スタッフ・フロント・選手が一丸となって相手に向かっていくことです。
私たちが常に追求するのは、貴重な時間を割いて応援してくださる方々に「観に来てよかった。明日から俺も頑張ろう!勇気もらった!」という素敵な体験を届けることです。
皆さん、ファーストステージ第5節以降も、引き続き、熱い声援を宜しくお願いします。
参考)
「勝つ」組織 集団スポーツの理論から学ぶビジネスチームビルディング(カンゼン)著者:福富信也
脱 トップダウン思考 -スポーツから読み解くチームワークの本質(東京法令出版)著者:福富信也
【公式】福西崇史福ちゃんねるhttps://youtube.com/watch?v=6Px86laPbKg&feature=share