読みやすく、新鮮な紙面作りに知恵絞る ―米ニュース・デザイン協会の国際会議で
(月刊誌「新聞研究」11月号に掲載された、筆者の原稿に補足しました。)
ドイツ・フランクフルトで、9月25日から27日まで、米ニュース・デザイン協会(Society for News Design=SND)主催の国際会議が開催された。SND(本部フロリダ州)は1979年に新聞紙面を改革するために立ち上げられた非営利組織だ。会員は世界中の新聞、雑誌、ニュースサイト関係者約1500人。毎年、優れた「デザイン」(紙面構成)の新聞やニュースサイトを選出することでも知られている。
日本を含む先進諸国では紙媒体よりもデジタルでニュースにアクセスする動きがある。新聞の紙面づくりの美しさ、読みやすさを追求してきたSNDは、これからどこに向かうのか?そんな問いをもって、大会に出かけてみた。
「解体しろ、妨害しろ」
中東オマーンの主力英字日刊紙「タイムズ・オブ・オマーン」紙が世界に名を知られるようになったのは、抜き出た紙面デザインのおかげだったー。同紙のチーフ・クリエイティブ・オフィサー、アドニス・デュラド氏は27日午前のセッションの冒頭でこう表明した。
オマーンの面積は日本の約85%を占めるが、人口は約300万人強。「大国と言うわけではない。それでも新聞デザインの優れた国として注目を集めるようになった」(デュラド氏)。
オマーン紙はこれまでにSNDが優れたデザインを実践している新聞に与えるメダルを数多く受賞。今年2月に発表された第35回最優秀ニュース・デザイン賞では特集ページ部門で銀賞、訃報ページ部門で審査員特別賞を受賞している。
「解体と妨害の技術」と題されたセッションで、デュラド氏は「オリジナルなものは存在しない」「どのデザインも過去のアイデアの練り直しだ」という。
デュラド氏が勧めるのはあるデザインを原材料として使い「解体する」こと。元のデザインは何でも変えられる。オマーン紙のデザイナーの手にかかれば、子供がシャボン玉を吹くイラストが海中タンポポについての紙面に変わる。
「妨害する」も重要なテクニックだ。「見出しを本文の冒頭分として使えるか」「文字だけで紙面をうずめられるか」「Q&Aをこれまでにない形で表示できるか」など、既成概念を壊すような問いかけを行い、これに答える形で次々と斬新なデザインのページを作ってゆく。
新聞の生き残り策としてデザイン重視を打ち出したオマーン紙でデュラド氏は約30人のデザイン・チームを率いる。同氏は新聞の編集長と同等の位置を与えられ、編集部と協力して紙面を作り上げる。
しかし、新聞のデザインは「あくまでも記事を読ませるためのもの」(デュラド氏)。デザイナーたちには「自分がビジュアル・ジャーナリストだと思って働いて欲しい」と伝えている。「この記事を読んでもらうには、どんなデザインが良いかと考えてみよう」と。
インフォグラフィックスでクリエイティブな才能を生かす
さまざまなビジュアル・ツールを使ってデータを視覚化する「インフォグラフィック」が今、人気となっているが、会場の一部に学生たちが制作したインフォグラフィックのいくつかが展示されていた。
ドイツ人、オーストリア人、スイス人、いずれもドイツ語圏の国民だが、それぞれの文化や慣習、国民気質は違う。どこが一体違うのかを示すことを課題してとして与えられた。ステレオタイプ化した3つの国の人物のイラストに情報を加えたり、ケーキやパンなど食べ物を並べることで違いを示した作品、肖像画を描いた作品などバラエティーに富んでいた。
会場内の別の場所には、スイスの新聞が実際に行ったインフォグラフィックスの紙面も展示されていた。見ているうちに、新聞やニュースサイトのデザインは、若い、クリエイティブな人たちの仕事の場として、大きな可能性を秘めていることに気づいた。
クリエイティブな人たちが集まる場所(の1つ)=新聞であり、ニュースサイトのデザインをする場所・・・ということに。
動画=新たな活路
一方、伝統ある紙媒体として発行を続けてきたが、近年、マルチメディアでの情報発信に力を入れているのが米月刊誌「ナショナル・ジオグラフィック」。27日午前のセッションで、同誌の副クリエイティブ・ディレクター、ケイトリン・ヤーナル氏は中国南部広西チワン族自治地区にある巨大洞窟の中を撮影した動画を会場で披露した。特殊な撮影機材を使って人間の目では捕らえられない暗闇を撮影した。動画を見ると、洞窟内を自由自在に見渡す体験ができる。これも1つの「ニュースの見せ方」だろう。
立ち上げ当時からSNDに関与し、今は協会長のデービッド・コルダルスキー氏は「紙の新聞のデザインはますます重要性を増すと思う」と筆者に語る。「突発的なニュースはどんどんすばやくデジタルで発信され、消費され、紙の新聞では長い分析記事、解説記事を読む――そんなふうに分かれていくのではないか」。
ここで、SNDの最新の優れたデザイン賞の一部を紹介しておきたい。
第35回世界最高の新聞デザイン賞を受賞したのは5紙で、スウェーデンの日刊紙「ダーゲンス・ニュヘテル」、ドイツの日刊紙「ツァイト」、ドイツの日曜紙「ヴェルト・アム・ゾンターク」、カナダの週刊新聞「グリッド」、英国の「ガーディアン」。「最高のデジタル・デザイン賞」では金賞を英ガーディアンと米公共放送NPRが受賞した。「最高のニュースサイト及びアプリ賞」は「NAUTILUS」、「WNYC」,アルジャジーラアメリカとニューヨークタイムズが受賞した。
時間があれば、ぜひ上記のサイトに飛んで、優れたデザイン賞を受けた数々の新聞、ニュースサイトの具体例に目を通してみていただきたい。最高のデジタル・デザイン賞には日本の朝日新聞の例も入っている。
「良いデザインは悪いデザイン」
先のサイトで「優れた新聞デザイン」を実践している新聞を見ると、ドイツ系、スカンジナビア系が目に付く。過去2-3年の例を見ても、デンマーク、スウェーデン、ドイツの新聞が上位にある。
凝ったイラストや写真を大きく使い、文字の配列も遊び心にあふれているー。余白使いも素敵だ。
しかし・・・と私は思った。SNDがすばらしいという基準、つまり「写真」「イラスト」「インフォグラフィックス」「余白の使い方」「遊び心」などを観点にして選ぶと、毎年、毎年、決まった国の新聞が選ばれることにならないだろうか。だとしたら、それって、どうなのか、と。
一定の美的な価値観、「これがベストだ」というそのガイドラインのようなものに照らし合わせて、ベストな新聞デザインが選ばれるとき、こうした一定の見かたを世界の雑多な新聞のあり方に押し付けることにもならないのだろうか?もしそうなら、どうも帝国主義的(?)にも思えたし、古臭い感じにも思えた。結局は、「閉じた」選択にならないだろうか?
なんだか違和感を感じていたところ、非常に刺激されるセッションに遭遇した。
27日の最初のセッションは朝9時開始。会場に入ると、机の上にカラフルなポスターが何枚か置かれている。さまざまなメッセージが書かれており、その1つは「良いデザインの新聞は、悪いデザインだ」であった。ほかにも既成概念を覆すようなメッセージがあった。
セッションのスピーカーはスペイン人のジャーナリストでデザインの専門家ジャビエル・エッラ氏。エッラ・コムというデザイン会社を運営している。かつては複数の新聞の編集長でもあったが、世界中の新聞のデザインの変更を手がけてきた。その守備範囲はメキシコ、プエルトリコ、フィンランド、ブラジル、ノルウェー、フランス、英国、ポルトガルなど。実に広い。
世界の新聞デザインの「ベスト」を知っているかもしれない人がエッラ氏だろう。そんなエッラ氏が、あるアジアの新聞のデザイン刷新を手がけたそうだ。同氏や彼のチームはその新聞の言葉が分からない。でも、言語が分からない国の新聞のデザインをしたことは前にもあったから、それは問題にはならなかった。
しかし、彼にすればいかにもごちゃごちゃしている感じの紙面だが、地元の人にとっては「これが普通」であることがわかったとき、エッラ氏は若干の手直しをしただけで、仕事終了とした。西欧的感覚の「良いデザイン」の基準には沿わないけれど、「地元の人にとっては良いデザイン」があるという。
エッラ氏のセッションは、改めて、新聞の良いデザインとは何かを考えるために、来場者の頭の中を引っ掻き回してくれたように感じた。
新聞のデザインはとても大事だと思う。ニュースサイト、ウェブサイトのデザインが(ユーザーインターフェースも含め)重要であるのと同様に。どんな形で読み手とつながりたいのか、どんなメッセージを出したいのかなど、その新聞のスタンスが如実に表れる。
例えばいまどきのウェブサイトで、ソーシャルメディアに投稿できないようになっていると、やっぱり何かが足りない感じがするものだ。スマホで見たときに、ニュースの見出しが途中で切れてしまって読めなくなっていたとしたら、がっかりしてしまうだろう。前者はシェアに積極的ではないことを示すだろうし、後者はスマホ読者をカウントにいれてないのかな、と思わせる。
もっともっと面白く、「きれい」に、楽しく、斬新・新鮮で、使いやすく・読みやすくニュースを伝えるにはどうするか?
私は来年も、この点をウオッチングしていきたいと思っている。今後、ますます面白くなりそうだ。上のサイトのいずれかをクリックした方は、きっと同じような思いを抱くのではないか。
デザイナーが、アーティストが、テック開発者が、どんどんニュースの見せ方、出し方を作るクリエイティブな分野に入ってきているし、これからもどんどんそうなるのだろうと思う。