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梅毒感染者が過去最悪の8000人台に。若い女性に急増。推測される4つの原因と心しておきたい点

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
マッチングアプリやSNSを介して、か(提供:イメージマート)

 ペニシリンの発明によって克服されたはずの梅毒の感染者数が9月、現在の方法で統計を取り始めた1999年以来最多を記録したと国立感染症研究所の集計でわかりました。約10年間500人から700人で推移していたところ13年に1000人台を突破してからは一瀉千里で15年に2000人、16年4000人、17年5000人、18年7000人の大台を次々と突破して今年ついに8000人台を記録してしまいました。何が起きているのでしょうか。

増えた=ヤバいという単純な話ではないが……

 ここでの感染者数とは医療機関からの報告数です。「近年増えている」との報道は広くなされており、無料・匿名の検査も受けられるため、疑いを持った方の訪問数も増加したとか、最近の傾向で以前ならば見逃していた医師が一層注意深く診断し始めた結果という可能性もあるため、増えた=ヤバいという単純な話ではなさそう。

 だからといって急激な増加傾向にあるという事実を軽くみていいはずがないのもまた、いうまでもありません。

ワクチンはなく最悪死に至る依然として恐ろしい病

 病因は明らかです。梅毒トレポネーマという細菌による感染症で膣に陰茎を挿入する性交渉そのものばかりかオーラルセックスやキスでも移り得ます。症状はまず3週間後に潰瘍やリンパ節の腫れが確認され2~3カ月を過ぎると前身に赤い発疹がみられます。楊梅(ヤマモモ)に似ているのが病名の語源。

 ペニシリンの出現で初期段階ならば完治するようになって久しいため軽視されがちでしたが実はワクチンがないので事前予防が難しい。最終段階に至ると血管破裂(心血管梅毒)や神経のまひおよび知能の衰え(神経梅毒)が出現して最悪死に至る、依然として恐ろしい病なのです。

「相手がごく普通の人」という前提にリスクが潜む

 では近年の感染者数激増の原因は何でしょうか。実は「これだ!」と明確に因果関係が証明された原因は特定されていません。とはいえ病気の特長からいくつかを推し量るのは可能です。

 1つ目は性感染症であるので「身に覚えがない」というケース。確かに文字通りの「禁欲」を貫いていれば罹りませんが問題となるのは性的な接触はあったものの相手がごく普通の人で自らも風俗店で働くなどの過去を持たないといった場合です。

 しかし前述のようにキスでも感染する危険性を排除できないわけで、一定の年齢以上だと、それさえ未経験というのもまた「普通」ではなさそう。

 素敵な相手に巡り会って恋愛モードが高まった際に過去の性体験を根掘り葉掘り聞き出そうとはしないし「交際するならば2人でまず血液検査(梅毒血清反応検査)を受けましょう」と言い出すなど考えも及びますまい。要するに「相手がごく普通の人」という前提にリスクが潜んでいるわけです。

 同時に症状がないまま自身が保菌者になっていて他者へ移す「加害者」にすらなり得る危険性まで合わせ持つから安心は禁物です。

治癒どころか潜伏期に過ぎなかったと

 2つ目は梅毒の特性によって「治った」「罹っていない」と勘違いするケース。いったん症状が出てもまもなく治まってしまったり症状すら出ないケースも珍しくない病気で実際には治癒どころか潜伏期に過ぎなかったと。最終段階は感染から10年もの間潜んでいて訪れ、深刻な段階へ進むのです。

 このケースは医療機関で感染がわかり飲み薬を処方されても錯誤の理由となり得ます。何しろ消えてしまうので自己判断で止めてしまうのです。ネット社会は便利ですが、梅毒を検索すると病状の特徴をよく表わしている画像などが目を引きます。自分はそこまでではないという安心感を持ちかねません。再感染する病でもあるのです。

梅毒トレポネーマに若気の至りも忍ぶ恋も関係ない

 3つ目は性感染症ゆえに疑惑を抱いても「性病持ちなんて恥ずかしい」と思い検査をためらわせるという可能性。政府や自治体がいくら検査で無料で受けられると広報し、診療機関までしきりに訴えていても恥ずかしいには違いません。

 特に軽い気持ちの恋愛や、反対に不倫など隠しておきたい付き合いであれば一層気後れしそう。しかし梅毒トレポネーマに若気の至りも忍ぶ恋も関係ないのです。

 ただここまでの推測は、いつの世にもあてはまるから、急増の原因とするにはエビデンスとして弱いともいえましょう。

若い女性に特異に増加傾向が見られる理由は

 そこで4つ目です。元来、梅毒感染者は圧倒的に男性の方が多かったという状況に変化が見られる点を注目しましょう。

 男性が多かった理由は男性同士の性行為や風俗店通いなど不特定多数の相手を求める一部が罹患してきたと想像できそうです。したがって女性は主に移される側で、風俗産業勤務者などを除けば基本的に警戒すべき側にありました。ここが大きく変容しているのです。

 現状では感染者の3割が女性で、20代など若い世代に集中していて幅広い年齢層で増加している男性と対照的な傾向を示しています。

 ただし風俗営業法に指定されている店や女性従事者が有意に増えているとの統計はなく、コロナ禍は抑制の方向へ働くはず。だとしたら「怪しい」のはマッチングアプリやSNSなどネットの交流サイトや恋愛サービスの使用増。手軽な出会い手段が若い女性への感染を急増させていると。ただこうしたネット上の機会と女性の感染にはかろうじて相関関係を見出せても因果関係までは特定できません。

1回で住む筋肉注射が今年から保険承認

 以上の推測から今後、心しておきたい点を確認しておきます。

 たとえ身に覚えがなくとも、結婚や出産を控えた方は男女問わず検査を受けるのが望ましいはずです。なぜならば妊娠中の感染で子どもへ先天性の障害が伝播するおそれがあるから。

 医療体制の再構築も急務です。近年の感染増で皮膚科の医師が経験不足から症状を他の病と誤って診断していまうという「すり抜け」は減ってきましたが、検査を受けなければどうしようもありません。

 また海外では標準治療となっている持続性ペニシリン系の筋肉注射(1回)が副作用の不安から日本で使用不可となっていたのを政府は見直して今年から保険承認されました。飲み薬と異なって1回で済むので「2つ目」で紹介した自己判断による服薬中止による治癒未完から大きく前進したのです。

 なにより大切なのは梅毒急増の真因がわからないがゆえにネット上であふれている陰謀論を信じ込むような愚行を犯さないよう冷静に判断したいものです。「外国人が持ち込んだ」「筋肉注射は危険だ」「放っておいても治る」などなど。陰謀論は何もかも荒唐無稽ではなく、わずかながら事実も含まれている(ようにみえる)のが厄介。後ろめたさを感じやすい感染症だからなおさら引き込まれる危険があるのです。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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