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新型コロナ渦中の“コウモリ女”がNYタイムズの追及で連発した検証困難な「ノー」

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
厳重に警備される武漢ウイルス研究所(写真:ロイター/アフロ)

 パンデミック(世界的大流行)を引き起こした新型コロナウイルスが、中国科学院武漢ウイルス研究所(中国湖北省)から流出したか否か。この解明のカギを、コウモリ関連のコロナウイルス研究を統括してきた石正麗(Shi Zhengli)氏が握っている――米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は今月14日の記事で、米国内で高まる追及の声をこう記した。同紙は石正麗氏へのインタビューを試み、限定的ながらも、その発言を伝えた。

◇「病気になった研究者の名前を教えてくれ」

 NYT記者は6月上旬までの間、携帯電話やメールで石正麗氏との接触を図ったようだ。電話取材の際、石正麗氏は冒頭で、武漢ウイルス研究所の取り決めを理由に「記者と直接話すことは避けたい」と告げたという。同紙の記事から、石正麗氏の発言を拾ってみる。

 記者「パンデミック発生前の2019年11月の段階で武漢ウイルス研究所に新型コロナウイルスの発生源があったのか」

 石正麗氏「ノー」

 記者が指摘した「2019年11月」とは――米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが今年5月下旬、「武漢ウイルス研究所の研究者3人が2019年11月にインフルエンザのような症状が出て、治療が必要になるほど体調を崩した。その時期や通院の詳細が米情報機関の未公開報告書に明記されている」と報じたことを受けたもの。米CNNテレビも「研究者らが入院した」と伝える一方で、研究者がどんな病気にかかったのか情報機関も把握できていないと指摘していた。

 石正麗氏「武漢ウイルス研究所でそんな事例は起きていない」「確認してみるので、3人の名前を教えてもらえないか」

◇機能獲得実験

 新型コロナウイルスの発生源をめぐり、最近、話題になっているのが「機能獲得実験」だ。

 病原体の遺伝子を操作し、機能を増強したりして、病原体がどう変異して感染力が高まるか研究するもの。ワクチン開発に向けた成果を期待できる半面、想定外の病原体が生み出される恐れもある。武漢ウイルス研究所はこの機能獲得実験を手掛けていた、と報じられている。

 石正麗氏「自分たちの実験は、機能獲得とは異なる。ウイルスをより危険なものにしようとしたのではなく、ウイルスが種を飛び越えてどのようにジャンプするかを理解しようとしたものだ」

 機能獲得実験の多くは米国から助成金を受けている。そこに武漢ウイルス研究所も含まれていたとされる。今年5月下旬の米上院歳出委員会の公聴会でも「武漢ウイルス研究所で活動していた多国籍の科学者チームの15人が2015~20年、米国から計60万ドル(6600万円程度)の助成金を受け取っていた」という証言が出て、注目された。ただこの際「この研究は機能獲得実験には該当しない」とも指摘されていた。

 石正麗氏「われわれの研究所では、ウイルスの毒性を強める機能獲得実験をしたこともなければ、それに協力したこともない」

 米国では武漢ウイルス研究所からのウイルス流出説が再燃し、中国側にさらなる情報開示を求める圧力が強まっている。ブリンケン国務長官も今月11日に、中国の外交担当トップ、楊潔篪(Yang Jiechi)共産党政治局員と電話で協議した際に情報開示を求めた。楊潔篪氏は「米国は事実と科学を尊重し、起源の問題を政治化することを控えてほしい」と述べ、同研究所からの流出説を否定している。

 石正麗氏はNYTの取材に改めて「武漢ウイルス研究所は世界保健機関(WHO)や世界の科学界に対してオープンである」と強調している。だが中国当局が武漢ウイルス研究所に対する独立した調査や研究データの共有を拒否しているなかでは、石正麗氏の主張を検証するのは困難だ。

 石正麗氏は昨年5月の段階で中国国営メディアのインタビューには応じている。この時には同僚らとともに、中国当局の主張を補完するような発言に終始していた。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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