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トランプの研究(2):大統領就任演説はトランプ大統領の“ポピュリスト革命宣言”-歴史からみた評価

中岡望ジャーナリスト
初めて大統領執務室に座るトランプ新大統領(写真:ロイター/アフロ)

内容

1. 歴史から見た大統領就任演説―ジェファーソンからオバマまで  

2.トランプ大統領の就任演説の全訳-歴史に残る演説だったのか?

3.トランプ大統領の就任演説は“ポピュリスト革命宣言”

4.トランプ大統領の“ポピュリズム革命”は本物か

5.避けられぬ分裂と孤立化―それは破滅への道か

1.歴史から見た大統領就任演説―ジェファーソンからオバマまで

アメリカでは大統領就任演説は極めて重要な意味を持つ。大統領がどんなビジョンを持って世界の最高権力者の地位に就くかを示してくれるからだ。大統領就任演説は重要な歴史の“記録”であると同時に、多くのアメリカ人の心に“記憶”に残る文書である。大統領演説の様々な言葉やエピソードがアメリカの歴史を彩る記憶として残っている。ただ、まったく忘れられてしまう就任演説も多い。

トランプ大統領の就任演説を検討する前に、歴史的に重要な役割を果たした就任演説の幾つかを紹介しよう。建国当初のアメリカは激しい政党の争いが展開されていた。アレキサンダー・ハミルトン初代財務長官が率いるフェデラリスト党とトーマス・ジェファーソン初代国務長官が率いる民主共和党が、国家の在り方を巡って激しく対立した。1800年の大統領選挙で、そうした争いに決着をつけ、民主的な政権移行の枠組みが作られた。第3代大統領に就任したフェファーソン大統領は1801年の就任演説で「私たちは同じ原則を抱く同胞を異なった名前で呼び合ってきた。私たちはすべて共和党員であり、またすべてがフェデラリストである」と、対立する政党の和解を訴えた。ジェファーソン大統領は、憲法に基づく平和裏の政権移譲の規範を作った大統領である。

アメリカで最も尊敬される大統領はエイブラハム・リンカーン大統領である。南北戦争が終わる前に再選を果たした大統領が1865年に行った就任演説は700語と極めて短いものであった。リンカーン大統領は南北戦争の傷を癒すために、次のような演説を行っている。「誰にも悪意を抱かず、すべての人に慈愛を持って接し、神が私たちに与えた権利を固く信じ、我々が取り組んでいる仕事を懸命に成し遂げよう。すなわち国家の傷を癒し、戦いで死んだ人、その未亡人と孤児の世話をし、国民の間で、また全ての国に対して正義と永続する平和を達成し、それを大切に育む仕事である」。

余談だが、筆者は大学でアメリカ政治思想を教えている。学生にリンカーン大統領について学生に質問すると、皆、「奴隷制度を廃止した大統領」と答える。確かに憲法を修正して正式に奴隷制度を廃止したのはリンカーン大統領の功績である。確かにリンカーン大統領は奴隷解放主義者であった。しかし、力づくで奴隷制度を廃止する気はなかった。また奴隷制度の廃止を巡って南北戦争が起こったわけでもない。当時、南部と北部は様々な点で対立している。南部は農業地域で、北部は工業化が進んでいた。産業革命の過程で両地域の対立が先鋭化していった。たとえば、北部は産業保護の立場から関税引き上げを主張したのに対して、南部は綿花などの農産物の輸出が報復的な関税引き上げで被害を受けることを懸念していた。北部は通商を守る強力な中央集権的な政府を求め、南部は州の権限を維持する連邦制を支持していた。もちろん奴隷制度も、北部が自由州で奴隷制を認めず、南部が奴隷州で奴隷制度を合法化していた。1861年の最初の大統領就任演説でリンカーン大統領は次のように語っている。「南部の州の人々の間に共和党政府に誕生によって自分たちの財産や平和、個人的な安全が危機に瀕するのではないかという懸念が存在しているように思える」と語り掛け、南部諸州の不安を解消しようと努めている。そして、自分の過去の奴隷制度に関する発言を引用して、「私は、直接的にせよ、間接的にせよ、南部の奴隷制度に介入する意図はまったくない。私は、介入する合法的な権限を持っていないし、介入する気などもうとうない」と語っている。奴隷制度を採用するかどうかは州政府の権限であり、連邦政府が関与する問題ではないと釈明しているのである。リンカーン大統領は連合からの離脱を目指す南部諸州を引き留め、なんとしてでも連合を維持しようとしたのである。

もうひとつ余談だが、リンカーン大統領が宣誓の時に使った『聖書』を、オバマ大統領もトランプ大統領も使っている。

内容ではなく、変わった就任演説に、1841年のウィリアム・ハリソン大統領の就任演説がある。その演説は、歴代の就任演説で最長なことで知られている。語数は8000語を越え、演説時間は2時間を超えた。トランプ大統領の就任演説の語数は1259語で、演説時間は17分程度であった。しかもハリソン大統領は演説を一語一句間違えることなく読み上げた。凍り付くような寒い中でコートも着ずに演説を行っている。その無理がたたり、就任後わずか30日で死んでしまった。

20世紀に入り、アメリカは経済的にイギリスを追い越し、世界最大の国になったにもかかわらず世界のリーダーの役割を引き受けることを拒んでいた。第1次世界大戦が始まっても国民は参戦することを拒否していた。1916年の大統領選挙で再選を果たしたウードロー・ウィルソン大統領は就任演説の中で、「我々はもはや世界の端に位置する国ではない。30ヵ月に及ぶ極めて深刻な戦争という悲劇的な出来事によって、私たちは世界の市民になった。もはや引き返すことはできない」と、欧州の戦争に参戦する意向を示した。アメリカは帝国主義的な領土拡大を続けてきたが、ウィルソン大統領の第1次世界大戦への参戦の決意はアメリカの新しい国際的な役割を担う決意をする転換点となった。歴史的に重要な就任演説となった。

就任演説で、大恐慌で打ちひしがれる国民に向かって勇気を持つ必要性を訴えたのはフランクリン・ルーズベルト大統領である。選挙で大勝した民主党の指導者は、就任演説でアメリカ史上、最も有名な言葉を残すことになった。それは「私たちが恐れなければならない唯一のものは、恐れそれ自体である(the only thing we have to fear is fear itself)」という言葉だ。就任演説で最も聴衆が盛り上がったのは、ルーズベルト大統領が「行動をすること、今、行動をすることだ(action, action now)」と呼びかけた時である。

ルーズベルト大統領は自らの政策を「ニューディール(new deal)」と名付け、政府が積極的に経済や社会に関わっていく必要性を説いた。労働者の権利の確保、労働争議を調停する全国労働関係委員会の設置、企業の情報公開を促進する証券取引委員会の設置、積極的な公共投資などを柱とするニューディール政策を実施した。その政策は戦後のアメリカの政治の規範(ニューディール・リベラリズム)となった。2度目の就任演説では「国民の3分の1が劣悪な住宅に住み、十分な衣類を持たず、十分な栄養を取っていない」、「進歩は十分に持っている人にさらに富を与えることができるかどうかではなく、わずかしか持たない人に十分なものを与えることができるかどうかで試される」と福祉政策の重要性を語っている。こうした国家観は、後に共和党のロナルド・レーガン大統領など保守的な政治家によって拒否される。

ルーズベルト大統領は、現在の形の大統領就任式を最初に始めた大統領でもある。歴史的には、新大統領は最高裁長官が読み上げる宣誓を繰り返すのが普通であったが、ルーズベルト大統領は最高裁長官が宣誓書を読み上げた後、ただ「I do」と答えただけであった。それが大統領就任式の新しい伝統となり、現在も続いている。トランプ大統領もジョン・ロバーツ最高裁長官が読み上げた大統領宣誓にたいして「I do」とだけ答えている。

ジョン・F・ケネディ大統領の就任演説は“記憶”に残る演説であった。共和党のリチャード・ニクソン副大統領に競り勝ったケネディ大統領は、1961年の就任演説で「トーチ(松明)はアメリカの新しい世代に引き継がれた」と、新しい時代の始まりを宣言した。そして「国があなたのために何をしてくれるかを問うのではなく、あなたが国のために何ができるかを問うべきだ(Ask not what your country can do for you, but what you can do for your country)」という歴史に残る名言で若者に訴えかけた。

アメリカの政治では、政府の役割をどう規定するかが大きな問題であり、政治哲学の問題である。4人の大統領が、それぞれ異なった政府観を就任演説の中で述べている。まず、先に紹介したルーズベルト大統領の就任演説である。そこで政府は積極的に経済や国民の生活に関与する必要性が説かれた。それが戦後の福祉国家論へと発展していく。これに対して保守革命を成し遂げたドナルド・レーガン大統領は1981年の就任演説中で、「政府が私たちの問題に解決策を提示してくれるのではない。政府の存在自体が問題なのである(government is not the solution to our problems; government)」と、ルーズベルト大統領の国家観を否定し、小さな政府こそが望ましいと国民に語り掛けた。ルーズベルト大統領のニューディール政策以降、政府の福祉政策は増え、政府の規模は拡大を続けていた。保守主義者は政府の拡大はやがて国民は政府に依存するようになり、最終的に自由を失うことになると主張していた。したがってレーガン大統領は、減税、小さな政府、規制緩和などを柱とする“レーガノミクス”の政策、別の言葉で言えば、新自由主義の政策が実施されるようになる。また、レーガン大統領は就任演説でソビエト連邦を悪の帝国を呼び、非妥協な政策を取り、軍事力強化を進めた。それが結果的にソビエト連邦の崩壊へとつながる。

これに対して民主党のビル・クリントン大統領は1993年の大統領就任演説で、「大きな政府の時代は終わった」と、それまでの民主党のニューディール政策の転換を訴えた。そしてレーガン大統領の新自由主義政策を踏襲し、金融市場などの規制緩和を進める一方、財政均衡を達成する政策を実施する。中道右派の政策を採用し、自らを“ニュー・デモクラッツ”と呼んだ。さらに1997年に再選を果たした後の就任演説で、「今日、私は宣言する。政府は問題ではない。政府が解決策を提示するのではない。私たちアメリカ人こそが解決策を提示するのだ(government is not the problem, and government is not the solution. We, the American people, we are the solution)」と、国民に語り掛けた。

初のアフリカ系アメリカ人の大統領となったバラク・オバマ大統領は2009年の就任演説で、「政府が大きいか、小さいかが問題ではない。効率的かどうかが問題なのだ」と、長年続いた保守派とリベラル派の政府の役割を巡る“イデオロギー的議論”を克服することを求めた。さらに人種的和解と、対立する民主党と共和党の政治的和解を主張した。就任式には180万人の人々がワシントンに集まった。トランプ大統領の就任式には、トランプ大統領の正統性に疑問を抱く60名を超す民主党議員が欠席するなど、政治的な亀裂が鮮明となった。トランプ大統領の就任式を見るためにワシントンに来た人々は90万人に留まった(速報)。ワシントンの地下鉄当局は、就任式当日の朝の地下鉄の乗客数は過去3回の就任式を下回ったと発表している。就任式が始まる午前11時までの乗客数は19万3000人であった。2009年のオバマ大統領の就任式の日の乗客数は51万3000名、2013年の再選の時の就任式の乗客数は31万7000人であった。

2.トランプ大統領の就任演説の全訳-歴史に残る演説だったのか?

では、トランプ大統領の就任演説は、歴史に残る内容だったのだろうか。以下で全文を紹介し、評価することにする。一気呵成に就任演説を全訳し、本文も書き上げたので、もし誤訳があったら、ご容赦を。

ロバーツ最高裁長官、カーター大統領、クリントン大統領、ブッシュ大統領、オバマ大統領、アメリカ人同朋、そして世界の人々、皆さんに感謝します。私たちアメリカの市民は、国家を再建し、すべてのアメリカ人に対する約束を復活させる偉大な国家的試みに参加している。今後数年間、私たちはともにアメリカと世界の道筋を決定することになるだろう。私たちは挑戦に直面するだろう。困難に遭遇するだろう。しかし、私たちは、その仕事を成し遂げるだろう。私たちは、4年ごとに、秩序あり、平和的に権力の移譲を行うために、この議事堂のテラスに集まる。私たちは、権力の移行に際してオバマ大統領とミシェル・オバマ夫人が与えてくれた礼儀に満ちた支援に感謝している。しかし、今日の式典は特別な意味がある。なぜなら、今日、私たちは、単にある政府から別の政府に権力が移譲されるだけでなく、ある政党から別の政党に権力が移譲されるだけではなく、権力をワシントンDCからアメリカ国民の皆さんに移譲するからである。

長期にわたって、首都ワシントンの小さなグループだけが政府の恩恵を得る一方、人々は費用を負担してきた。ワシントンは繁栄した。しかし、人々は富の分け前を得ることができなかった。政治家は豊かになった。しかし、仕事は失われ、工場は閉鎖された。エスタブリッシュメントは自分を守ったが、市民を守らなかった。政治家の勝利は、国民の勝利ではなかった。政治家の勝利は皆さんの勝利ではなかった。政治家が首都で勝利の祝杯を上げているとき、アメリカ中の苦境に陥っていた家族は祝福を上げるどころではなかた。 しかし、そうしたことは全てここから変わる。なぜなら、この瞬間は皆さんのための瞬間であるからだ。今日、ここに集まっている人々、アメリカ中で見ている人々の物だからである。今日は皆さんの日である。これは、皆さんの祝典である。アメリカは皆さんの国なのである。本当に問題なのは、どの政党が政府を支配するかではなく、政府が人々によって支配されているかどうかなのだ。

2017年1月20日は、国民が再びアメリカの支配者になった日として記憶されるだろう。アメリカの忘れられた男性と女性は、もう忘れられることはない。今、すべての人があなたに耳を傾けている。皆さんは何千万の人々と一緒に、かつて世界が見たことのないような歴史的瞬間の一部となるだろう。この運動の中心には、重要な確信がある。それは、国家は市民に奉仕するために存在しているということだ。アメリカは、子供のために優れた学校を、家族のために安全な地域社会を、自分たちのために良質な雇用を必要としている。これらは、高潔な一般の人々の正当かつ妥当な要求なのである。

しかし、多くの市民にとって別の現実が存在している。母親と子供はスラム街で貧困の罠に陥り、錆びついた工場は墓石のようにアメリカ全土に散在していえる。教育制度には潤沢な資金があるが、若者や素晴らしい学生に知識を与えられることなく放置されている。犯罪や暴力団はあまりの多くの生命を奪い、非常に多くの潜在的な能力をわが国から奪っている。アメリカの大惨事は、まさにこの瞬間に、この場で終わる。私たちはひとつの国である。他の人の痛みは私たちの痛みである。他の人の夢は私たちの夢である。他の人の成功は私たちの成功である。私たちは、ひとつの心、ひとつの家、光栄に満ちた運命を共有している。今日の私の宣誓は、すべてのアメリカ人に対する忠誠の誓いである。

何十年にわたり、私たちはアメリカの産業を犠牲にして海外の産業を豊かにしてきた。他の国の軍に補助金を与え、わが国の軍事力の非常に悲しむべき衰退を許してきた。私たちは他の国の国境を守る一方で、アメリカの国境を守ることを拒んできた。何兆ドルもの資金を海外で使う一方で、アメリカのインフラは絶望的な状況になり、崩壊してきた。私たちは他国を豊かにする一方で、わが国の強さと自信ははるか彼方に消えてしまった。

工場はひとつひとつ閉鎖され、海外に去って行った。何百万というアメリカの労働者が後に残さるということは思いも及ばなかった。中産階級の富は奪われ、世界中にばらまかれた。しかし、それは過去の話である。私たちは将来だけを見ている。私たちは、今日、ここに集まり、すべての都市、すべての海外の首都、すべての権力の殿堂の中心に向かって新しい信条を発信しているのである。今日から、新しいビジョンが我が国を支配することになる。この瞬間から、新しい信条は“アメリカ第一”になる。

貿易、移民、海外の事柄に関するすべての決定は、アメリカの労働者とアメリカの家庭に恩恵をもたらすために行われなければならない。私たちは、自国製の製品を製造し、わが国の企業から盗み、わが国の雇用を奪う他の国の破壊からわが国の国境を守らなければならない。保護は、偉大な繁栄と強さをもたらすだろう。

私は、息の続く限り皆さんのために戦う。アメリカは再び勝利し始め、かつてなかった勝利を遂げるだろう。私たちは雇用を取り戻す。私たちは国境を取り戻す。私たちは富を取り戻す。私たちは夢を取り戻す。私たちは、この美しい国土のすべてに新しい道、高速道路、飛行場、トンネル、鉄道を建設する。私たちは、人々を福祉から抜け出させ、仕事に復帰させる。アメリカ人の手とアメリカ人の労働で、わが国を再建する。私は単純なふたつのルールに従う。それは「アメリカ製品を買い、アメリカ人を雇う(Buy American and Hire American)」である。

私たちは、世界の国に友情と善意を求める。しかし、すべての国が自国の利益を最優先する権利であるという理解の下で、そうする。私たちは、自分の生活の仕方を他の人に強いるのではなく、アメリカを他の国が従うような模範的な輝く国にする。私たちは、古い同盟国だけではなく、新しい同盟国との関係を強化する。過激なイスラム教のテロリストと対抗するために民主的な世界を団結させ、完全に彼らを地球上から抹殺する。

アメリカの政治の基盤にアメリカに対する完全な忠誠心がある。わが国に対する忠誠心を通して、私たちは国民相互の忠誠心を再発見だろう。愛国心に心を開いたとき、偏見の入り込む余地はなくなる。『聖書』に「神の人々が一緒に仲良く生活する時、それはいかに幸福で、楽しいことか」と書かれている。私たちは、心を開いて語り、正直に意見の違いについて議論しなければならないが、常に連帯も求めなければならない。アメリカが一体化したとき、誰もアメリカの勢いを止めることはできない。恐れなければならないことは何もない。私たちは守られているし、将来も守られ続けるだろう。私たちは、アメリカ軍の優れた男性と女性の兵士と、法の執行者によって守られている。最も重要なことは、神によって守られていることだ。

最後に、私たちは、物事を大きく考え、さらに大きな夢を抱かなければならない。アメリカ人は、国家が真剣に努力するなら生き延びることができることを理解している。私たちは、語るだけで、行動しない政治家、常に不平を言い、言ったことについて何もしない政治家を受け入れることはないだろう。空虚な話をする時は終わった。今、行動する時が到来したのだ。誰にも、それはできないとは言わせるな。アメリカの心と闘志と精神に対抗できるような挑戦なない。私たちは失敗することはない。アメリカは、再び力強く成長し、繁栄するだろう。

私たちは、新しいミレニアム時代の幕開けにあり、宇宙の神秘の扉を開き、地球を病気の悲惨さから解放し、明日のエネルギーと産業、テクノロジーを活用する準備ができている。新しい国家の誇りは、私たちの魂を目覚めさし、私たちの視野を広げ、私たちの分裂を癒すだろう。アメリカの兵士が決して忘れることのない古い知恵を思い出す時だ。すなわち、「肌の色が黒であろうが、茶色であろうが、白色であろうが、私たちは皆、愛国者の赤い血を流し、同じ輝かしい自由を享受し、同じ偉大なアメリカ国旗に敬礼する」のである。また、デトロイトのスラム街やネブラスカ州の荒涼とした平原で生まれた子供でも夜の同じ空を見上げ、同じ夢で心を満たし、同じ全能の創造者によって生命の息吹を吹き込まれている。山から山、海から海に至るアメリカ全土にある近くの町、あるいは遠くの町に住むすべてのアメリカ人にとって同じなのである。皆さんは再び忘れられることは決していない。

私たちは、アメリカを再び豊かな国にする。私たちは、再びアメリカに誇りを取り戻す。私たちは、再びアメリカを安全な国にする。そして、一緒に再びアメリカを偉大な国にしよう。皆さんに感謝する。皆さんに神の祝福がありますように。アメリカに神の祝福がありますように。

3.トランプ大統領の就任演説は“ポピュリスト革命宣言”

報道では、トランプ大統領は自分で原稿を書いたと伝えられている。通常、演説はスタッフやスピーチライターが書くものである。その草稿を関係者が検討を加え、最終的に大大統領が承認して、原稿ができあがる。たとえば、前に書いたルーズベルト大統領の「唯一恐れなければならないのは恐れそれ自体だ」という名言は、実はルイス・ハウという大統領のスタッフが書き加えたものである。彼は百貨店の宣伝を見て、この名言を思いついた。また、トランプ大統領はケネディ大統領の就任演説からヒントを得たと言われている。

就任式の前夜、トランプ大統領はリンカーン・メモリアルで短い演説を行った。演説の中で「皆さんはもう忘れられることはない」、「アメリカを再び偉大に」という発言が強調された。さらにトランプ大統領は「私は単なるメッセンジャーに過ぎない。これは世界のどこにも見られない運動(movement)である。極めて特別なものである。皆さんの半分が被っている野球帽に書かれている“再びアメリカを偉大に”することだ」と聴衆に訴えかけた。聴衆は熱狂し、トランプ大統領は、アメリカが雇用を奪い返すことと軍事力強化することを約束した。

リンカーン・メモリアルの前に集まった支持者は大半が白人であった。メディアの報道によると、支持者の集まりはあまり良くなく、途中で帰る人も多かった。なぜトランプ大統領がリンカーン像を前に演説をすることを選んだのか疑問だという指摘もある。リンカーン大統領は共和党の大統領だが、奴隷制度を廃止した大統領である。今回の大統領選挙の最中に行われた世論調査では、トランプ候補の支持者の3分の1は奴隷解放宣言が間違いであったと答えている。彼らはリンカーン大統領が嫌いである。演説を聞きに来た学生は「就任演説は極めて重要だ。トランプはすべてのアメリカ人のために統治することを明確にすべきだ。演説の内容によって、トランプの大統領の指導力が決まるだろう」と語っていた。

ではトランプ大統領の就任演説はどう評価されるのだろうか。イギリスの放送局BBCのコメンテーターは、演説後、「選挙運動中に言っていたことの繰り返しで目新しいことはない」と厳しいコメントを加えていた。ホワイトハウスのショーン・スパイサー報道官は就任式前に「トランプの就任演説は単なる政策プランを述べたものではなく、哲学的なドキュメントになるだろう。演説は極めて個人的で、アメリカに対する彼のビジョンについて真摯な声明になるだろう」と語っていた。翻訳をして、読み返してみると、それなりに情念を感じることができる演説になっていると感じた。

トランプ大統領の就任演説をどう評価すべきなのだろうか。就任演説は、トランプ大統領の「ポピュリスト宣言」と言ってもいい。ポピュリズムの最大の特徴は、社会を「エスタブリッシュメント対非エスタブリッシュメント」の対立軸で見ることだ。エスタブリッシュメントはワシントンにいて、国民のためではなく自分たちの利益のために政治をする人々である。非エスタブリッシュメントは労働者階級ともいえる。トランプ大統領の言葉でいえば、「忘れられた人々」ということになる。今回の大統領選挙では高卒以下の白人労働者を指して使われた。彼らは政治的な発言手段を持たず、トランプ大統領は、リンカーン・ホールの演説で述べたように、「サイレント・マジョリティ(沈黙する多数派、Silent Majority)」とか「忘れられた人々(Forgotten People)」の“メッセンジャー”の役割を引き受けたと主張している。もともと「サイレント・マジョリティ」はニクソン大統領が南部の保守的な労働者の中産階級を指す意味で使ったものである。「忘れられた人々」という言葉を社会的、政治的に最初に使い始めた人は、寡聞にして知らない。だが、今回の大統領選挙では、この2つの言葉が重要な役割を果たしたのは間違いない。

今回の大統領選挙の特徴は、白人労働者のエリートに対する反乱が選挙結果を決めたことだ。トランプ大統領の言葉を使えば、「忘れられた人々」がトランプ政権誕生の原動力になった。トランプ大統領は就任演説のなかで、「017年1月20日は、アメリカ国民が再びアメリカの支配者になった日として記憶されるだろう。アメリカの忘れられた男性と女性はもう忘れられることはない」と訴えかけている。政治権力を国民に取り戻すと主張している。「エリートの勝利は皆さんの勝利ではない」と、ワシントンの政治を批判する。こうしたエリート批判は、民主党だけでなく、共和党にも向けられる。既存の政治家は空虚な言葉だけで、行動が伴っていないと厳しい批判を加えている・

また国民の置かれた現状を厳しい言葉で語り、「アメリカ第一主義」「国民第一主義」で国の状況を改善すると約束する。具体的には、海外から雇用を奪い返すことであり、貿易、移民などに関する決定は、アメリカの労働者と家庭に恩恵をもたらすように決定されると、政策の基本を述べている。さらに「わが国の製品を製造し、わが国の企業から盗み、わが国の雇用を奪う他の国の破壊から、わが国の国境を守らなければならない。保護は偉大な繁栄と強さをもたらすだろう」と、強力な“保護主義政策”を行うことを示唆している。また、繁栄を取り戻すために、「この美しい国土のすべてに新しい道、高速道路、飛行場、トンネル、鉄道を建設する」と積極的な公共投資の必要性を説く。アメリカを再建するために、「アメリカ製品を買い、アメリカ人を雇用する」ルールを作るという。

国際問題に関しては、「私たちは、世界の国に友情と善意を求める。しかし、すべての国が自国の利益を最優先する権利であるという理解の下で、そうする。私たちは、自分の生活の仕方を他の人に強いるのではなく、アメリカを他の国が従うような模範として輝く国にする」と、従来の国際協調という考え方ではなく、各国がそれぞれ国益を最優先する政策を取る権利があると、戦後の世界の枠組みを作ってきた国際主義を拒絶している。ポピュリズムは排他的な特徴を持つ。自由貿易に反対するだけでなく、移民も同様に敵視される。そして最後に訴えるのが「愛国心」と「国に対する忠誠心」である。これもポピュリズムの特徴のひとつである。最後に「皆さんは再び忘れられることは決してない」、「一緒に再びアメリカを偉大な国にしよう」とトランプ大統領は強力なメッセージを送っている。確かに「忘れられた人」にとって、魅力的な訴えである。

4.トランプ大統領の“ポピュリズム革命”は本物か

従来、アメリカの政治は、「リベラル対保守」という対立軸、あるいは「国際主義対孤立主義」という対立軸で語られてきた。トランプ大統領のポピュリズムは、そうした対立軸に新たな軸が加わったことを意味する。国際化の中で取り残された多くの労働者層が疲弊し、社会的、経済的不満を募らせている。だが、庶民的生活とは程遠いワシントンの政界では、誰もそうした現実を気に留めることもなかった。また苦境を強いられた中産階級は自分たちの代弁者を持たなかった。共和党の大統領候補も、民主党の大統領候補も、「忘れられた人々」について真剣に考えることはなかった。膨大な政治献金に依存する既存政党は、もはや現実感覚を失っていた。トランプ大統領の就任演説は、それを見事に描き出しているといえよう。「哲学的ドキュメント」かどうかは、別にして、従来の政治スタイルの変更を求めていることは間違いない。

ただ、具体的な政策論は皆無であり、ポピュリズムの持つ危険性も忘れてはならない。トランプ大統領はポピュリズムを主張するが、大統領がポピュリストかどうかは別の問題である。多くの人種差別論者や白人至上主義者、億万長者が、トランプ政権の中枢に位置する。果たして、彼らはトランプ政権の誕生を支援した白人労働者を本当に理解できるのかどうか疑問である。

トランプ大統領は繰り返し、言葉ではなく、行動の重要性を訴える。まだトランプ政権は発足したばかりである。最初の100日に大胆な政策を打ち出すと約束している。一気に「大統領令」を発動すると予想される。その大半は、不法移民関係で、オバマ大統領の大統領令をすべて覆すといわれている。

トランプ大統領の主張を具体化すれば、戦後積み上げられてきた秩序を破壊することになるだろう。筆者は、トランプ大統領の政策は“反リベラル革命”、あるいは“ポピュリスト革命”だとみている。問題は、共和党の基本政策に抵触する政策が多く含まれており、穏健派の共和党議員がどう対応するのか非常に興味を持ってみている。民主党も同様で、本来なら民主党支持者になるべきであった労働者階級の離反にどう対応するのか、深刻な挑戦を受けている。トランプ大統領の反革命が成功する可能性は必ずしも高くはないし、その世界的なリスクは大きい。これから具体的にどのような政策が打ち出されるのか、議会がどう対応するのか、注意深く見ていく必要があるだろう。

5.避けられぬ国内の分裂と国際的孤立化―それは破滅への道か

ただ、ポピュリズムが政策体系として出来上がっている訳ではない。自動車会社を脅迫して、国内投資を増やして、雇用増を図るのは極めて非論理的である。高率の関税を課すことは輸入を減らすことになるかもしれないが、国内物価の上昇を招くうえ、他国の報復的な関税引き上げを誘発し、輸出が減少し、逆に雇用が減るという副次効果を引き起こすだろう。戦後のアメリカ政治が作り上げ、さらに新自由主義が促進してきた自由貿易を破壊しかねない。通商に関していえば、トランプ大統領は多角的協定ではなく、二国間協定を推し進めることでアメリカの利益を守ろうとしている。アメリカが世界の指導者になれたのは、国内市場を開放し、国際的な公共財を積極的に提供してきたからである。安全保障の問題も、トランプ大統領が主張するほど容易ではない。最悪の場合、国際的な孤立を招きかけないだろう。

さらにトランプ大統領の非妥協的な姿勢、あるいは政策は、国内においても深刻な分裂を招くであろう。アメリカを強くし、雇用を守り、国民に安心でくる場を提供するという狙いも、社会的分裂の中で実現が難しくなるかもしれない。アメリカは本当に分裂国家になり、深刻な機能麻痺に陥るかもしれない。国際的にも孤立する懸念は十分になる。

また今後、詳論するが、トランプ大統領が目指すのは権威国家である。政府を国民の上位概念と規定し、国民を支配する体制であり、それはロシアや中国に通じる体制である。まだ総体としてトランプ政権を判断する十分な材料はないが、危険な要素を含んだ政権であることは間違いない。一言でいえば、戦後体制を根底から揺さぶる可能性もある。選挙レトリックがどこまで具体的な政策になるか、これから注意深く観察する必要がある

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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