アトピー性皮膚炎の世界的状況と日本の立ち位置 - 専門医が最新の知見を分析
【アトピー性皮膚炎の世界的状況と日本の立ち位置】
アトピー性皮膚炎は、世界中で少なくとも1億7,100万人が罹患しているとされる、非常にありふれた慢性の炎症性皮膚疾患です。2019年の時点で、世界人口の2.23%に相当する人々がアトピー性皮膚炎を抱えていると推定されています。国や地域によって有病率や重症度に差はあるものの、先進国、発展途上国を問わず多くの人々に影響を与えているのです。
日本では、乳幼児の約10%、思春期の約10%、成人の約5%がアトピー性皮膚炎に罹患しているとの調査結果があります。これは世界的にみても比較的高い割合と言えますが、適切な治療を受けられる環境が整っている点は特筆すべきでしょう。日本の皮膚科医の数は人口10万人あたり約8人と、世界でもトップクラスの水準にあります。また、保険適用となる治療オプションも豊富で、デュピルマブやネモリズマブ、トラロキヌマブ、ウパダシチニブ、アブロシチニブ、バリシチニブといった新しい生物学的製剤や分子標的薬も使用可能です。一方で課題は、十分な診察時間が取れないことから、患者教育やアドヒアランス向上が困難な点にあります。
【世界のアトピー性皮膚炎患者が直面する問題】
医療資源が限られる低・中所得国では、アトピー性皮膚炎患者が適切な治療を受けられないことが大きな問題となっています。WHOによると、基本的なスキンケア用品や外用薬へのアクセスが困難な状況が続いています。
例えばマダガスカルでは、人口約2,900万人に対して皮膚科医はわずか15人しかおらず、現地の皮膚科医によると、受診患者の75%が中等症から重症のアトピー性皮膚炎だといいます。治療といっても保湿剤や外用ステロイド薬が中心で、それも自費でなければ入手できません。同様の状況は、他の低所得国でも広くみられます。
さらに世界的にみても、アトピー性皮膚炎に伴う細菌・ウイルス性の二次感染による罹患率や死亡率のデータが不足しています。例えば、アトピー性皮膚炎に伴う重度の感染症は、アシクロビルが導入される以前の欧米では死因となっていましたが、低資源国ではこうした二次感染が見過ごされている可能性が高いのです。
【各国の取り組みと今後の展望】
こうした課題に対し、WHOは従来の先進国向けガイドラインとは異なる、低資源国向けの実践的なアプローチを推奨しています。具体的には、保湿剤や外用ステロイド薬への最低限のアクセスを確保することを目標に掲げています。また皮膚科医だけでなく、プライマリケア医や看護師、コミュニティヘルスワーカーの教育にも力を入れており、遠隔医療を活用した研修プログラムなども実施されています。
一方、世界銀行の分類で「高所得国」に該当する日本や欧米諸国、シンガポールなどでは、バイオ医薬品や分子標的薬など革新的な治療法の普及が進んでいます。しかし、医療機関への受診が進まないことや、医師の説明不足から治療アドヒアランスが低下することが問題視されています。今後は、オンライン診療の活用やAIを活用した意思決定支援ツールの導入など、新たなテクノロジーを用いた患者支援策が求められるでしょう。
また、世界的に見ると、アトピー性皮膚炎の有病率や重症度には地域差が大きいことが分かっています。例えば中国では、内陸部で有病率が高く、北部や東部で低いといった傾向が報告されています。気候風土や生活環境、遺伝的背景など、さまざまな要因が絡み合っていると考えられますが、より詳細な疫学調査が求められています。
アトピー性皮膚炎は、喘息などのアレルギー疾患や精神疾患の合併など、患者のQOLに多大な影響を及ぼす全身性疾患です。国や地域によって医療資源や社会環境は異なりますが、産官学民が連携し、患者視点に立った包括的なケアを提供していくことが重要だと考えます。格差の是正には一朝一夕では難しいかもしれませんが、国境を越えた協力体制の構築が求められています。
参考文献:
- Faye O et al. J Eur Acad Dermatol Venereol. 2024;38:801–811.
https://doi.org/10.1111/jdv.19723