グラミー賞、スーパーボウルを標的、「テイラー・スウィフト陰謀論」暴走中
グラミー賞、スーパーボウルを標的に、「テイラー・スウィフト陰謀論」が暴走中だ――。
世界的な人気歌手、テイラー・スウィフト氏を巡る陰謀論や偽情報が勢いを増している。
グラミー賞最優秀アルバム賞を史上最多4回目の受賞を果たしたスウィフト氏だが、その様子も偽情報の標的とされた。
焦点となっているのは、リベラルな立ち位置を取り、世界で最も有名な女性の1人であるスウィフト氏の、米大統領選における存在感だ。
ジョー・バイデン氏の陣営は前回大統領選に続く支持表明を期待し、ドナルド・トランプ氏の陣営は警戒の度を強める。
陰謀論の中心は、スウィフト氏の交際相手が所属する米プロフットボールチーム、カンザスシティ・チーフスが、2月11日に行われる国民的なイベント「スーパーボウル」で2連覇を目指していることを、「仕組まれた」とするものだ。
「スウィフト氏がトランプ氏支持」「スウィフト氏は国防総省の工作員」。そんな陰謀論・偽情報も氾濫している。
エンターテインメント、スポーツ、政治のトップニュースが混然一体となって、陰謀論・偽情報の暴走を加速する。
●「グラミー賞で不正選挙を主張」
グラミー賞のレッドカーペットの撮影ステージで、スウィフト氏が「勝ったのはトランプ氏 民主党の不正だ」と書かれた赤い旗を両手で掲げている……。
そんな23秒の動画がXに投稿されたのは、2月4日に米ロサンゼルスで開かれたグラミー賞授賞式の中継が始まってから、46分後だった。
米メディア「バラエティ」のロゴのついた動画の撮影場面や、スウィフト氏の白いドレスはグラミー賞授賞式当日のものだった。
だが実際のレッドカーペットでは黒い手袋で何も持っていなかったスウィフト氏が、動画では素手で、赤い旗を掲げている。
仏AFP通信などのファクトチェックでは、この動画が改ざんされていたものである、と判定している。
この授賞式でスウィフト氏は「ミッドナイツ」で年間最優秀アルバム賞を受賞し、フランク・シナトラ氏、ポール・サイモン氏、スティービー・ワンダー氏の3回受賞を上回る、過去最多の4回受賞を達成した。
大きな注目が集まる中で、改ざんされたフェイク動画は各ソーシャルメディアで拡散。Xへの投稿だけで、500万回を超す表示数を集めた。
米ファクトチェック団体「ファクトチェック・オーグ」やAFP通信によると、スウィフト氏が同じ旗を掲げてNFLの試合を観戦している、とする改ざんされたフェイク画像も、Xやインスタグラム、フェイスブック、テレグラムなどで拡散したという。
これはスウィフト氏を標的とした陰謀論・偽情報の暴走の一例だ。
●シュワルツェネッガー氏の皮肉
元カリフォルニア州知事(共和党)で、ドナルド・トランプ前大統領とその支持者に批判的なアーノルド・シュワルツェネッガー氏は、2月6日付のバラエティのインタビュー記事の中で、皮肉交じりにそんな発言をしている。
シュワルツェネッガー氏が皮肉っているのが、スウィフト氏を標的とした陰謀論の数々だ。その氾濫は、特に年明け以降、メディアの注目を集めている。
その一つが、「スウィフト氏は米国防総省による心理工作の工作員」というものだ。
FOXニュースの司会者、ジェシー・ワッターズ氏が1月9日、「国防総省の心理作戦部隊がNATOに対し、テイラー・スウィフト氏をネット上の誤情報対策のための工作員とすることを提案した」と述べたことが、引き金となった。
これに対して、国防総省の報道官は翌日、「陰謀論は、はねのけていく(シェイク・イット・オフ)」と、スウィフト氏のヒット曲を織り込んだ否定の声明を出している。
シュワルツェネッガー氏が言及しているように、騒動は米プロフットボールリーグのNFLにも及んでいる。
スウィフト氏の交際相手、トラビス・ケルシー氏が所属するカンザスシティ・チーフスが2月11日の優勝決定戦、スーパーボウルに進出し、前年に続く2連覇を狙うことを巡っても、「2人の交際はNFLによるバイデン氏再選のための計画」との陰謀論が流布する。
スーパーボウルのハーフタイムショーにスウィフト氏が登場し、ケルシー氏とともにバイデン氏支持を表明する――とストーリーは続く。
ケルシー氏が、ファイザーによる新型コロナ・インフルエンザのワクチンの同時接種キャンペーンに登場したことも、陰謀論に拍車をかけている。
スーパーボウルをめぐる陰謀論拡散について、NFLコミッショナーのロジャー・グッデル氏は2月5日の記者会見で、「私はそんなすごい脚本は書けない」と否定している。
スウィフト氏は2月7日から10日までの4日間、東京ドームで連続公演中だが、11日にラスベガスで行われるスーパーボウルには駆けつけるようだ。
●相次ぐ陰謀論・偽情報
1月25日には、スウィフト氏を標的としたAIを使ったフェイクポルノ画像(ディープフェイクス)の拡散も指摘された。
チーフスがスーパーボウル進出を決めたのは、その3日後だった。
※参照:フェイクポルノ規制論に「テイラー・スウィフト効果」が火をつける、その行方は?(02/01/2024 新聞紙学的)
陰謀論・偽情報はこれだけではない。
「テイラー・スウィフト氏は心理工作員ではない」と、テレビ局のキャスターらが口をそろえてオウム返しのように読み上げる動画も1月31日からXで拡散。140万回を超す表示回数を集めている。
「陰謀論の否定」こそが陰謀、との保守派のメッセージのようだ。
さらに、スウィフト氏が「反トランプTシャツ」を着ている、というフェイク画像や、トランプ氏がスウィフト氏に向けて「政治にはかかわるな」と投稿した、とするフェイク画像など、様々なバリエーションの偽情報もある。
●期待と危機感
陰謀論の起点とされるのは、米大統領選におけるスウィフト氏の影響力に対するトランプ氏支持派の危機感だ。
スウィフト氏はLGBTQ支援、有色人種の人権擁護の立場を取り、2018年の中間選挙で民主党候補を支持。2020年大統領選の終盤で、バイデン氏支持を表明している。
トランプ氏の勢いに危機感を持つバイデン陣営は、スウィフト氏に有力な支援者となってもらうことに、大きな期待をかけている、とニューヨーク・タイムズは伝える。
スウィフト氏が、インスタグラムの2億7,000万人超のフォロワーへの1本の投稿で、3万5,000人を超す人々を有権者登録に動員した実績が、その選挙における影響力を物語る。
これに対してトランプ陣営は、ローリング・ストーンの取材に、スウィフト氏がバイデン氏支持を表明した場合の対応として、価値観の衝突を指す「文化戦争」という言葉を使い、「さらに燃料を投下する必要がある」と述べている。
●元首席補佐官は「愚かさの火薬庫」
ただ、この陰謀論・偽情報の氾濫には、上述のシュワルツェネッガー氏のように、保守派からも苦言が出ている。
共和党全国委員会委員長として選挙戦略を担った後、トランプ政権で首席補佐官を務めたラインス・プリーバス氏も2月4日、ABCニュースに出演し、スウィフト氏をめぐる陰謀論の氾濫は共和党の有権者の足を遠のかせるだけだとして、「愚かさの火薬庫」と表現している。
党派を問わず絶大な人気を誇るスウィフト氏とNFLを標的とするのは、自分の足元を撃ち抜くようなもの、との指摘だ。
保守的な論調で知られるウォールストリート・ジャーナルの社説も、同様の苦言を呈している。
情報空間の汚染は止まらない。
(※2024年2月8日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)