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どうすべき?真夏の教育活動 小一男児熱中症死から考える

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
(ペイレスイメージズ/アフロ)

■小一男児が熱中症により死亡

 愛知県豊田市立の小学校で、17日に校外学習に出かけた1年男児が、学校に戻ってきてから教室で倒れて、熱中症により死亡するという痛ましい事故が起きた。

 また、宮城県名取市立小学校の運動場で人文字の撮影中に、東京都立高校の体育館で講演会中に、福島県立高校の体育館でスポーツ大会中に、生徒が熱中症にかかり病院に搬送された。その他にもこうした熱中症による救急搬送の事案は、全国各地で発生している。そして政府は全国の小中学校のエアコン設置に向けて政府による補助を検討している、との報道(毎日新聞)があったばかりだ。

 さて、学校における熱中症事案の多くでは、学校側は生徒に対してこまめな休憩や水分補給を子どもに指示している。すなわち、対策をすでに講じているということだ。もはや熱中症対策は、限界にきているようにも思える。

■猛暑日に90分間の外出

 豊田市の事案では、死を防ぐ機会がいくつかあったように見える。その検討のために、まずはこれまでに報じられている主な内容を確認しておきたい。

  • 校外学習として、公園に徒歩で出かけた。公園は、学校から1km、徒歩で約20分の距離にある。
  • 校外学習の目的は、虫取りをしたり遊具で遊んだりすることであった。
  • 一年生4クラスの計112人を、各クラスの担任計4人が引率した。
  • 午前10時頃に学校を出発し、公園に約30分滞在し、午前11時30分頃に学校に到着した。
  • 熱中症対策として、水筒を持って出かけた。帽子もかぶっていた。こまめに水分を補給するよう児童に指示をした。ただし、学校と公園の往復時には、水分補給はなかった。
  • 往路では男児は「疲れた」と言って、他の児童から遅れることがあった。そこで担任は、男児の手を引いて歩いた。帰りにも男児は「疲れた」と言っていた。
  • 教室に入ってから男児の容体が悪化し、唇が紫色になっていった。そこで担任は男児を教室後方の風通しのよい床に座らせたものの、11時50分頃に男児は意識を失った。養護教諭が駆け付けて、AEDを使用し、心臓マッサージを繰り返した。
  • 11時53分に119番に通報して救急車を要請。12時56分に搬送先の病院で、男児の死亡が確認された。
  • 死亡した男児以外に、女児3人が学校に戻ってから体調不良を訴えた。うち一人は嘔吐した。
  • 教室内にエアコンはなかった。扇風機は4台あった。
  • 13時45分の時点で、教室内の気温は37度、公園は38度であった。当日は早朝から県内全域に「高温注意情報」が発表されていた。

[主な情報源]

中京テレビ CHUKYO TV NEWS 7/18

中日新聞 CHUNICHI Web 7/18

・中日新聞 朝刊 2018年7月18日付

■死は防げたか――

※画像はイメージ:「無料写真素材 写真AC」より
※画像はイメージ:「無料写真素材 写真AC」より

 死に至るプロセスを止めうる機会はいくつかあった。

 第一に、正午に向けて気温が上昇していくことが予想されるなか、なぜ校外学習を中止にできなかったのか。

 第二に、往路で男児が他の児童から遅れるほどの状態であったとき、(男児がどれほど過酷に感じていたかは不明だが、)その男児だけでも離脱して学校に引き返すことはできなかったのか。

 第三に、屋外から校舎に戻ってきて20分後に、男児は意識を失った。なぜ教室にはエアコンが設置されていなかったのか。

 第四に、教室内において男児の調子が悪そうに見えた初期の段階で、熱中症の応急処置ができなかったのか。

 以上4つの論点のうち、第四の点は個別性が高く詳細な情報を要するため、今後の検証を待つとして、他の3つの論点について、以下に一般性の高いかたちで、簡単な検証をおこないたい。

1. なぜ、中止にできなかったのか:「猛暑順延」「猛暑中止」という考え方

 この事案のもっとも根本的な問題点は、猛暑のなかで校外学習を決行したことである。

 当日は私自身も愛知県内にいたものの、大人であっても外出を避けたくなる気候であった。ましてや、まだ幼い小学一年生(6歳)の子どもである。よりいっそうの配慮が必要であるし、子どもは身長が低いため、外出時の地面からの照り返しの影響も大きい。

 今回の校外学習、もし雨が降れば延期になったことだろう。雨天順延や雨天中止と同じように、猛暑順延あるいは猛暑中止という考え方が必要である。「猛暑だから、身体を守るために外出は避けよう」と教えることこそが、教育ではないだろうか。

 ただし、一学年全体あるいは学校全体が一斉に参加する行事の日にちを先送りすることは、学校にとってけっして簡単なことではない。この点については後段で検討する。

拙稿「修学旅行の重大事故 安全確保の難しさ」※ヤフーニュース個人:内田良「リスク・リポート」より
拙稿「修学旅行の重大事故 安全確保の難しさ」※ヤフーニュース個人:内田良「リスク・リポート」より

2. なぜ、離脱できなかったのか:校外学習のリスク

▼校外学習の観点

 男児は、公園に行く途中「疲れた」と言って他の児童から遅れをとったため、担任が男児の手を引いて歩いた。また公園からの帰りも「疲れた」と言っていた。このような状況にあったのであれば、その男児だけでも引き返せなかったものか。

 ここで私たちが考えるべきことは、学校の校外学習は一般に、教員(大人)の側の圧倒的な人数不足のもとで実施されているという点である。

 学校における「一人の教員対30~40人の児童生徒」という人数比は、教室をはじめとする平穏な学校空間がモデルとされている。だが、校外学習はそのままの人数比で、さまざまなリスクがある屋外へと出かけていく。

▼教員4人に対して小一児童は112人

 保護者一人に子ども1~2人でも、子どもは迷子になったり事故に遭ったりする。しかも子どもの年齢が低くなるほど、子ども連れの外出にはいっそうの注意が必要となる。

 このように考えるならば、教員一人で何十人もの幼い子どもを管理することが、どれほど難しいことか(詳しくは「修学旅行の重大事故 安全確保の難しさ」)。

 副担任や管理職、養護教諭らが同行すれば、大人の数が若干は増えるものの、それでも圧倒的に子どもの数のほうが多い。そして今回の事案では、各クラスの担任だけが同行するという最小限の教員数(4人)で子どもの集団(112人)を連れて外出したのであった。

 このような状況では、クラス内の子ども一人の様子を丁寧にみることはもはや困難である。しかも調子の悪い一人だけを連れて、学校に引き返すことなど不可能に近い。

3. なぜ、教室にエアコンがないのか:設置率の自治体間格差

▼エアコン設置の自治体間格差

 男児は教室に戻ってきてから、一気に容態が悪化し、意識を失った。

 学校によると当日13時45分の時点で、公園の気温は38度で、教室は37度であった。男児が倒れた12時前の気温は不明だが、いずれにしても教室内はかなりの高温であったと考えられる。

 事故が起きた当日、偶然ながら私は朝に、「小中のエアコン設置 いまだ半数 暑くても設置率1割未満の自治体も」という記事を発表した。そこでは、全国では教室のエアコン設置率は半数に満たないこと、そして設置率が都道府県の間で大きく異なることを指摘した。

 たとえば東京都は設置率99.9%、つづく香川県は97.7%とほぼ完備といってよい状況である。一方で、同じ四国の愛媛県は5.9%と、ほとんどの教室にエアコンがない。

公立小中学校のエアコン設置率[2017年度] ※文部科学省「公立学校施設の空調(冷房)設備設置状況調査」における2014年度と2017年度の結果をもとに筆者が算出・作図。
公立小中学校のエアコン設置率[2017年度] ※文部科学省「公立学校施設の空調(冷房)設備設置状況調査」における2014年度と2017年度の結果をもとに筆者が算出・作図。

▼「日本一暑い町」多治見市は設置率0%

 エアコン設置率の自治体間格差は、市町村についても当てはまる。

 たとえば、「日本一暑い町」として知られ、18日には最高気温40.7度を観測した岐阜県多治見市は、小中学校の教室のエアコン設置率は0%である(TBS NEWS)。そして、今回の事案が起きた豊田市も、0.5%である(zakzak)。

 公立小中学校の施設管理は、市町村にまかせられている。エアコン設置には、各市町村において億単位の予算がかかることも、しばしばである。そこに、「(夏休みを除く)7月と9月の一時期くらいは我慢すべき」「暑さへの適応力を高めることも大事」といった意見が堂々とまかりとおることもあり、エアコンの設置が進まない。

▼オアシスとしての教室空間

 これまでエアコンの設置には何よりも学習環境の整備、より具体的にいうと授業への集中力を高める、学力を保障するといった目的が掲げられてきた。だが今回の死亡事案から学ぶべきは、エアコンの役割とはたんに授業に集中するためだけではないということだ。

 亡くなった男児は、屋外での活動を終えて教室に戻ってきてから意識を失うまでの20分間ほどは、エアコンのない室温37度近くの教室にずっといた。

 このように屋外から帰ってきたとき、あるいは体育の授業や部活動から戻ってきたときに、身体を休めるというオアシス的、避暑空間的な役割も、真夏のエアコン付教室には期待される。

■中止や延期の難しさ

※画像はイメージ:「無料写真素材 写真AC」より
※画像はイメージ:「無料写真素材 写真AC」より

 以上、小一男児の熱中症死亡事案をもとに、猛暑日における学校教育の課題をとりあげた。

 改めてくり返すと、今回の最大の問題点は、猛暑のもと屋外での活動を選択した点である。

 学校側の記者会見によると、この時期の校外学習は毎年おこなっているもので、公園も学校からはけっして遠い距離にはないため、判断が甘くなってしまったとのことである。とくに大きな議論もなく例年どおりの教育活動として実施した結果、子どもが一人亡くなった。

 今回の事案に限っていえば、訪問先の相手がいる話ではない。たんに公園に行くかどうかだから、学校だけの都合と判断で、校外学習を「猛暑順延」や「猛暑中止」にすることができたはずだ。だが先述のとおり、学年や学校単位のそれなりの大がかりな計画を、別の日に動かすことはけっして容易なことではない。

 さらには一般化して考えると、校外学習においては、しばしば訪問先との約束がある。こうなると予定変更のハードルがいっそう上がる。

■猛暑のなかのさまざまな活動 夏休みに子どもは休んでいない

拙稿「7日間で6試合 高校総体サッカー 猛暑のなかでの過密日程」 ※ヤフーニュース個人:内田良「リスク・リポート」より
拙稿「7日間で6試合 高校総体サッカー 猛暑のなかでの過密日程」 ※ヤフーニュース個人:内田良「リスク・リポート」より

 さらに話を拡げるならば、暑い時期に屋外で実施されている教育活動は、校外学習だけに限らない。

 学期末の試験が終われば、球技大会や体育祭が開催される学校もある。屋外での清掃作業がおこなわれることもある。

 そして今日も全国の学校で部活動の練習があり、またその全国大会に向けての地方大会が開催されている(参考:拙稿「7日間で6試合 高校総体サッカー 猛暑のなかでの過密日程」)。小学校では、水泳(プール)の課外活動も実施されている。夏休みとはいうものの、子どもたち(や先生)は休むどころか、普段以上に日中から身体を積極的に動かしている。

 SNS上からは、先生たちの嘆きが聞こえてくる。生徒にスポーツドリンクや塩分タブレットを摂取させ、こまめに日陰で休憩をとらせても、それでもなお子どもは熱中症にかかる。

 豊田市の事案もそうだ。水分を補給し、帽子をかぶり、できるだけの熱中症対策を打った。それでも死者が出てしまった。

■年間計画の大幅な見直し

 学校は熱中症に対してまったく無防備だったかというと、それなりの予防策をとっている。だけれども、熱中症が起きてしまう。

 小手先の対策ではもう乗り切れない。そうだとすれば、答えは一つしかない。夏季のとりわけ日中における屋外での教育活動、ならびに屋内外でのスポーツ活動の実施を全面的に見直すということである。

 これは一時的な延期や中止ということではない。当日の予定変更が難しいこともあるから、最初から計画を変更してしまうという方法である。夏季に実施すること自体をとりやめる、すなわち年間計画を改めるのである。

■根本的な熱中症対策へ

 たとえば少なくとも7月から9月にかけては、校外学習や体育祭などはおこなわない。これだけで根本的な解決に結びつく。

 「年間計画を動かすこと自体が難しい」という意見もあるだろう。だが、いま一部の地域や学校では、水泳の課外授業を中止にしたり、終業式を教室内でとりおこなったり、京都では高校野球の地方大会で午後の試合開始を2時間半遅らせたりと、これまでにはありえなかった対策がとられつつある。

 年間計画の全面見直しも、このような大胆な決断のもと、実行されるべきである。暑いなかの教育活動で子どもが亡くなるなんて、これを最後にしたい。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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