米金融大手が「ロンドン撤退」計画の衝撃、英国の「EU離脱」リスクに備え
英国が欧州連合(EU)から離脱した場合に備えて、国際金融都市ロンドンに欧州の拠点を置く米国の金融大手バンク・オブ・アメリカ、シティグループ、JPモルガン・チェースがアイルランドに拠点を移すことを計画し始めていると、英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)が伝えている。
キャメロン政権は来年5月に行われる次期総選挙で勝って政権を維持した場合、2017年末までに「EUに残留するか、離脱するか」を問う国民投票を実施する方針を表明している。
ギリシャの放漫財政を発端とした欧州債務危機で、英国内ではEUから権限を取り戻すべきだとの声が改めて高まった。今年5月の欧州議会選でEUからの離脱を唱える英国独立党(UKIP)が得票率27.5%、73議席中24議席を獲得して国内第1党に躍り出た。
キャメロン首相率いる保守党内でも、EUとの交渉で英国の権限を取り戻せない場合、「EU離脱もやむなし」との強硬意見が強まっている。このため、同首相は先の内閣改造で穏健派のヘイグ外相を外して、強硬派のハモンド国防相を後任に据えた。
政権を維持できれば、オズボーン財務相が外相に就任してEUとの交渉に直々に乗り出すシナリオもまことしやかに語られる。UKIPの念頭にあるのは移民規制の強化だが、オズボーン財務相の眼中にあるのは英国経済のエンジン、金融セクターの自由度をEUの「がちがち規制」から守ることだ。
EU内の18カ国でつくる単一通貨ユーロ圏は債務危機、金融危機、経済危機のスパイラルを断ち切るため、単一銀行監督制度(今年11月スタート)、単一銀行破綻処理制度(2015年に導入)、より調和された預金保険制度の3本柱からなる銀行同盟の構築を急いでいる。
しかし、今年7月、ポルトガルの大手銀行バンコ・エスピリト・サントの株価が急落した際、英国の中央銀行、イングランド銀行は即座に銀行規制の新たな強化策の検討に入ったと発表。これに対して、ユーロ圏の金融政策を担う欧州中央銀行(ECB)は銀行検査の統合にこだわる姿勢を強調した。
1980年代、サッチャー首相の金融ビッグバンで欧州のディーリングルームは金融の自由を求めてロンドンに集まってきた。しかし、市場メカニズムを重視する英国と、市場には国家の規制が必要だと考えるドイツ、フランスのミゾは欧州債務危機で埋めきれないほど広がってしまった。
銀行同盟としての統合を優先するユーロ圏は金融取引税、高頻度取引の規制強化などをめぐって、英国と激しく対立。ユーロ圏と国際金融都市ロンドンの利害を一致させるのは難しくなっている。
しかし、英国がEUから離脱すれば進出企業は単一市場の利益を享受できなくなり、アイルランドのように英語が通じて法人税が安い代替地をEU内で探さざるを得なくなる。著名投資家ジョージ・ソロス氏が予想するように「英国がEUから離脱すれば仕事を失うだけ」なのだ。
キャメロン首相の戦略は、1975年に欧州経済共同体(EEC)に残留するか否かを問う国民投票を実施した労働党のウィルソン首相と同じだという見方が今のところ大半だ。当時は保守党が欧州への統合を推進、労働者の政党である労働党は仕事が大陸欧州に奪われるのを恐れて欧州統合に反対していた。
74年の総選挙で国民投票の実施をマニフェスト(政権公約)に掲げて勝利した労働党はEEC残留派と離脱派に二分していた。ウィルソン首相はEECと交渉して英国に有利な条件を勝ち取ったように見せかけて国民投票を実施。その結果、67.2%が残留を希望して事なきを得た。
世論調査会社YouGovの直近の調査では、EUに残留するか離脱するかを問う国民投票が行われた場合、どちらに投票しますかという質問に、40%が「残留」と答え、38%が「離脱」と回答した。
キャメロン首相がEUとの交渉で英国の利益を守ることができた場合は、「残留」の回答が54%に増え、「離脱」が23%に減少した。
9月に行われるスコットランド独立を問う住民投票の世論調査は「反対」が50~55%を占めている。
EU国民投票でも、よもや離脱派が過半数を占めることはあるまいと信じたい。しかし、2017年は時期が悪すぎる。
4~5月にフランス大統領選、8~10月の間にドイツ総選挙が行われる。フランス大統領選ではEU離脱を唱える国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首が波乱を起こしそうだ。
これに英国のEU国民投票が加わると考えるだけでも頭が痛くなる。英国人のDNA(遺伝子)とも言える現実主義もUKIPの台頭をみると随分、怪しくなってきた。ロンドンを拠点に活動する筆者にも緊急事態計画が必要かも?
(おわり)