日本映画にも栄冠が。オンライン化された各地の映画祭で注目された作品の傾向は?
新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、仕事は自宅でリモートワーク、食事はデリバリー、映画は映画館ではなくオンデマンドという”ニューノーマル(新常態)”が定着しようとしている。そんな状況下で、今年予定されていた世界各国の映画祭の中止、または延期が相次ぐ中、一部ではこの状況に応じたオンラインによるスクリーニングという方法がとられている。
SXSWとトライベッカ映画祭はどちらもオンライン化
まず、今年3月13日にアメリカ、テキサス州オースティンで開催予定だったテックと音楽と映画の祭典、サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)は、各国の映画祭に先駆ける形で中止が決定されたが、その直後、Amazonプライム・ビデオと提携して”Prime Video presents the SXSW 2020 Film Festival Collection”と題してオンライン映画祭を開催(北米のアマゾン会員のみ視聴可)。参加した映画製作者には10日間(4月27日~5月6日)のストリーミング配信で得られた上映料が支払われるシステムだ。
また、4月15日から12日間にわたり開催される予定だったニューヨークのトライベッカ映画祭も、公式サイト上でオンライン開催を発表。エントリー作品は、監督のダニー・ボイルや俳優のルーカス・ヘッジス、クリス・パイン等、今年審査員に指名された映画人たちによって厳正に審査された。そこで、本来ならば劇場で上映され、メディアが大々的に紹介し、今年前半の映画の話題を牽引するはずだった作品の中から、SXSWとトライベッカで高い評価を得た何作品かを紹介しよう。
SXSWでグランプリに輝いた少し痛い青春ドラマ
今年、SXSWでグランプリを獲得したのは、これが監督デビューで製作と脚本と主演を兼任したクーパー・レイフ(23歳)による『Shithouse』だ。主人公の大学生、アレックス(レイフ)は大学の寮で暮らしているが、そんな環境にまるで馴染めず、故郷で暮らす母親と妹のことを常に考えている孤独な若者だ。ルームメイトには嫌われるし、車は持ってないし、食事は食堂で調達して寮に戻って人知れず食べている。そんなアレックスは”ザ・シットハウス”と呼ばれるキャンパスのパーティで知り合った寮長のアシスタント、マギーと一夜を共にしたことで恋におち、それまでの孤独から解放されようとするが、マギーの方は彼と付き合う気はさらさらない。何しろ、彼女は寮生の部屋を毎夜渡り歩いているのだ。そんな誰かと繋がりたいアレックスと、繋がるのが怖いマギーを通して、学業とスポーツとセックスの果てに卒業を迎えるかつての学園ドラマとは少し異なる、大人になることの意味を描いた『Shithouse』は、批評家たちから高評価を獲得。映画批評集積サイト、ロッテントマトでは満点の100%をゲットしている。
因みに、2018年のSXSWでグランプリに輝き、世界の映画祭で14冠を達成した『サンダーロード』も、新鋭ジム・カミングスが監督、主演、脚本、編集、音楽を兼任した異色コメディ。こちらは今後の状況次第だが6月19日に公開される予定になっている。
同じくSXSWに出品されたドキュメンタリー『My Darling Vivian』は、映画祭での受賞は逃したものの、歌手、ジョニー・キャッシュの最初の妻、ヴィヴィアン・リベルトが、どんな人生を歩んだかを描く注目のドキュメンタリー。ジョニー・キャッシュと言えば、彼と2人の目の妻、ジューン・カーターとの関係をホアキン・フェニックス×リース・ウィザースプーンの共演で描いた『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(05)があるが、本作は、これまでほとんど語られることがなかったヴィヴィアンの半生を、残された4人の娘の証言をもとに辿っていく。彼女がいかにしてキャッシュと出会い、彼から求愛された後、アメリカ空軍の指令により3年もの間、ドイツに従軍したキャッシュと数千通の手紙をやりとりして愛を確かめ合い、やがて結婚に至るまでの道のり。そして、結婚後、夫のアルコール依存症、麻薬中毒、浮気、シチリア系アメリカ人だったヴィヴィアンに降りかかった人種差別問題等、屈辱に耐えなければならなかった日々が、赤裸々に蘇る。また、『ウォーク・ザ・ライン~』とはまるで異なるジューン・カーターの人物像も興味深い。ウィザースプーン、フェニックス、クリスティン・ウィグ、ホリー・ハンター等がインタビューに応えるアーカイプ映像も見どころの一つだ。
トライベッカで審査員特別賞に輝いた『Ainu Mosir』はアイヌがテーマ
一方、今年のトライベッカ映画祭のインターナショナル・ナラティブ・コンペティション部門の審査員特別賞に輝いたのは、日中米合作の『Ainu Mosir』だ。同映画祭で日本の長編映画が受賞するのは史上初。物語は、北海道・阿寒湖のアイヌコタン(アイヌの集落)を舞台に、14歳の少年、カントの成長を見守る人間ドラマで、監督の福永壮志は北海道出身。2003年に渡米後はニューヨークを拠点に活躍する37歳だ。すでに彼は長編デビュー作『リベリアの白い血』(15)で高い評価を得ていて、2作目でさらに監督としてステップアップした形だ。劇中にはカント役の下倉幹人を始め、ゲストとしてリリー・フランキーや三浦透子等が登場。『Ryuichi Sakamoto :CODA』のエリック・ニアリがプロデュースを務め、音楽をチェリストのクラリス・ジェンセンとアイヌの音楽家でトンコリ奏者のOKIが担当している。映画は今秋、日本で公開される予定だ。
トライベッカ映画祭でホットな注目を集めたのが、鬼才スタンリー・キューブリックのアートワークを、フランスを代表する映画評論家、ミシェル・シモンのインタビューに応えるキューブリック本人の言葉と、関わった映画人のコメントを集積して、その真髄に迫るドキュメンタリー『Kubrick by Kubrick』だ。『シャイニング』(80)で演出を仰いだジャック・ニコルソンはその完全主義者ぶりに脱帽し、同じくシェリー・デュバルはテイクの多さに辟易し、マリサ・ベレンソンは『バリー・リンドン』(75)での蝋燭の灯りに対する病的なこだわりに震え上がり、マルコム・マクダウェルは『時計じかけのオレンジ』(71)の撮影中に絶え間なく怪我を負ったことを回想する。監督のグレゴリー・モンローはキューブリックの信奉者であり、彼の情熱はキューブリックにまつわるあらゆる資料を保有する”スタンリー・キューブリック・アーカイブ”を動かし、保存されている貴重な映像がふんだんに登場するのも映画ファンとしては嬉しい。昨今、製作された何本かのキューブリック・ドキュメントの中でもイチオシはこれかもしれない。
ダイバーシティを新たな視点で切り取った話題作たち
トライベッカで最優秀長編ドキュメンタリー賞に輝いたのは、プロダクション・デザイナーで監督のボー・マグワイアが、アラバマ州の実家に帰省し、同性愛者の叔父と、同性愛を激しく嫌悪する叔母が繰り広げる醜い財産相続闘争を、ホームビデオとカメラを駆使して追い続ける『Socks on Fire』だ。同じくトライベッカに出品された『Pray Away』は、同性愛者たちを宗教的に改宗させることを目的としたセラピー・プログラムから逃れてきた4人の人物のおぞましい体験談から、宗教の性に対する介入について切り込んだドキュメンタリー。また、監督のアナ・ケリガンが脚本賞を、スティーヴ・ザーンが最優秀男優賞を受賞した『Cowboys』は、ザーンが演じる父親とトランスジェンダーの息子が、保守的な母親の監視下から逃れてモンタナの大自然を旅する父と息子のドラマ。このように、今年のトライベッカで注目を浴びた作品の多くは、今や当たり前になったダイバーシティというテーマを、新たな視点で切り取った意欲作で占められていたとも言える。
来る5月29日からYouTubeでスタートする映画祭ハイライト企画
劇場の開館が待ちきれない映画マニアの興味をそそる作品がオンライン映画祭に出品され、評価される一方で、来る5月29日から6月7日までの10日間、YouTubeでは無料のオンライン映画祭が開催される運びとなった。”We Are One : A Global Film Festival”と題された同映画祭は、ベルリン、カンヌ、ベネチア、ニューヨーク、サンセバスチャン、トロント、トライベッカ、東京等、世界の20の映画祭と提携し、長編、短編、ドキュメンタリー、パネル・ディスカッション等を、すべて無料で配信する。各映画祭のハイライトを10日間で楽しめる試みで、収益はすべてWHO(世界保健機関)及び各地の支援団体に寄付される。コロナからの出口戦略が明確に描けない今は、やはりオンラインが映画で人々を繋ぐ最良の方法なのかもしれない。
サンダーロード 6月19日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開