チュウワウィザードがドバイで好走出来た策略と思わぬ幸運とは?
主戦・戸崎が感じた状態とレース直後の気持ち
現地時間3月27日に行われたドバイワールドカップ(GⅠ)。今回、二十年ぶりくらいに現地へ行かず日本でテレビ観戦した筆者の目に驚きの光景が飛び込んだ。チュウワウィザード(牡6歳、栗東・大久保龍志厩舎)が2着に健闘したのだ。日本馬がダートで行われたこのレースで連対を果たしたのは2001年のトゥザヴィクトリーが最後。前走のサウジCでは9着だった事を考慮しても苦戦必至と思われたこの馬がなぜ一変して好走出来たのか? 手綱を取った戸崎圭太と大久保龍志厩舎のスタッフの証言からこの歴史的善戦が大きな策略とほんの少しの幸運が重なっての成果であった事が分かった。
前の週の中山での騎乗を終えてその晩のうちに機上の人となった戸崎。最終追い切りでパートナーに跨ると、状態の良さを感じた。
「サウジの時も良い雰囲気でした。でも、今回は更に前向きになった感じで動きが一段と良化していました」
改めてサウジCに関し、鞍上はどうとらえていたのかを問うと、次のように答えた。
「スタートから滑って、道中も持つところなくおっつけ通しになりました。ワンターンだった事も含め、馬場が合わなかったのかもしれません」
追い切りに乗った時点で、馬場に関しては「ドバイの方が合いそうと感じた」。そしてレース当日を次のように振り返った。
「パドックも返し馬も落ち着いていました。レース直前に2頭が立て続けに除外になるアクシデントがあった時には少しテンションが上がって心配になったけど、スタートまで時間が空いたので落ち着きを取り戻してくれました」
枠順は3番(最内枠の馬が除外になったため実質2番枠)。スタートで滑ったサウジCは内枠(1番)も仇となっただけに、発馬には集中した。結果「出てくれた事で競馬がしやすくなった」(戸崎)。道中は砂を浴び続けたが怯まず走った。戸崎自身もキックバックは気にならず、直線に向いた。
「最後は必ず伸びる馬なので『どこまで行けるかな?!』というつもりで追いました。実際良く伸びてくれたけど、外の馬の手応えが良くみえたから『(勝つのは)厳しいかな?!』とは思いました」
冒頭で記したようにダートで行われたドバイワールドCで日本馬が2着したのはこれが2頭目。歴史的快挙とも言える好走だが、これが勝負師の性か、ゴール直後は次のように感じた。
「ウィザードは頑張って良く走ってくれました。ただ、自分としては勝ちを望んで乗っていたし、追い切りも良くて楽しみにしていたので勝てなかった事を残念に感じる気持ちがありました」
指揮官の下、めぐらした新たな策略
「レースを終えて上がって来た戸崎さんがいきなり『すいません』と謝って来ました」
そう語るのは大久保厩舎の調教助手・加藤公太。チュウワウィザードと共にサウジアラビアへ飛び、更にドバイへ渡った。そこですぐに大久保から電話を受けたと言う。
「『サウジでは上滑りして走っていたのでトモ使わせるような乗り方をしてください』と言われました」
更にもう一つ、指示された。
「『インターバル調教を取り入れて、2本目はおろしがけから意識的に出して行くように』と言われました」
この調教法を取り入れた理由を説明してくれたのはもう1人の調教助手、角居和仁だ。この2月に勇退した角居勝彦元調教師を父に持つ彼は、昨年、競馬学校を卒業してトレセン入り。秋から大久保龍志厩舎で働き出した。
「競馬場(のトラック)での調教なので2周させるわけですけど、オーバーワークにならないようにインターバルを取り入れるようにしました」
1周目はダク(速歩)で入って、直線ではキャンター。向こう正面から再びダクにして、直線に向いたら1周目よりも速いキャンター。追い日以外は毎日このメニューで乗った。再び加藤の弁。
「日に日にバランスが起きてきて、行きっぷりが良くなりました。同時に掛かり癖もなくなっていきました」
同様に感じたのが坂井瑠星だ。サウジアラビアからドバイ入りしていたジャスティンの主戦騎手は2週前、更に1週前にマテラスカイと併せた追い切りでチュウワウィザードの手綱を取った。
「日本を発つ前の最後の追い切りは坂路で乗ったのですが、当時と比べて断然良くなっていると感じました」
ディープボンドが阪神大賞典を勝つのを見届けてからドバイ入りした大久保と角居。レースまで1週間を切ってもカードを切り続けた。加藤は言う。
「戸崎さんを乗せての最終追い切りは普段より1日早く火曜日に行いました。レース前日の午後に蹄鉄を打ち変えたのですが、そのフィット感を確かめる意味も込めて当日の朝も角馬場へ入れて運動をしました」
角居が補足する。
「日本では当日の朝は曳き運動だけというのが一般的で、サウジの時はうちもそうしました。でも、他の外国勢は結構トラックに入れていたんです。ナイター競馬で発走まで時間がある事も考慮して今回は当日、角馬場へ入れて1時間ハッキングをさせました」
角居はレース直前にこれの効果を感じた。
「サウジでは当日の朝は常歩だけにしていたせいか、返し馬で掛かる感じになったけど、ドバイは待機馬房から終始リラックスしていました」
レース直前の思わぬ幸運
しかし、馬場入りの際、アクシデントが起きた。戸崎が「少しテンションが上がってしまった」と言う2頭の放馬による除外である。“テンションが上がった瞬間”を加藤は次のように語る。
「ダートコースで放馬している馬がいたため芝コースで待たされました。その際、レースと勘違いしたのか気合が入っちゃいました」
それは臨機応変にコースのポケットへ入れる事で回避出来た。しかし、スタート直前、また別の馬の放馬があった。皆が心配したこの事態が、意外にも「チュウワウィザードにとっては幸運だったかも……」と2人の助手は口を揃えた。
「スタートまでの時間が更に開いた事で息が整ったかもしれません」と角居が言えば、加藤はその真意を次のように説明した。
「日本だと馬場入り後、スタートまで時間があるので息を整えられます。でも、サウジもそうでしたけど、ドバイも馬場入りしてからスタートまでの時間がすぐでした」
そのため下手をすると息が整わないうちにスタートを切らなくてはいけなくなる。それが除外により良い具合に時間が開いてくれたため「幸運だった」と言うのだ。
2人が注視する中、チュウワウィザードと戸崎はスタートを決めた。
「戸崎さんが押して出して行ってくれました」と角居。「チャンピオンズCを勝った時と同じような位置が取れたと思いました」と加藤。共に「4角くらいからは叫び通しでした」と語る。
「生で見ていた時は見ている角度のせいもあってゴールの瞬間はもっと接戦だと思い、興奮しました」と角居が言ったのに対し、加藤は「ゴールの瞬間に2着なのは分かりました」と語り、更に続けた。
「負けたのは分かったけど、ドバイワールドCですからね。こんなに嬉しい2着はないと思いました」
それだけに戸崎が上がって来るなり「すみません」と言った時には「いやいや、とんでもない。むしろ握手をしたいくらいと思っていた」と続ける。
それを受けた戸崎の言葉を最後に記そう。
「ゴールの瞬間は勝てなかった事を残念に思ったけど、上がって来たら大久保先生を始めスタッフも皆、喜んでくれていたので、僕も嬉しい気持ちになりました。2着でこんなに晴れやかな気分になれたのは初めてです」
堂々と胸を張ってよい銀メダルは、長引くコロナ騒動の中で届いた朗報と言って良いだろう。帰国後のチュウワウィザードと陣営の更なる活躍を期待したい。
(文中敬称略、電話取材。写真撮影=平松さとし)