【松浦民恵×倉重公太朗】最終回「高年齢者雇用と生涯のキャリア」
倉重:では、次のテーマは、高年齢者雇用です。
高年齢者雇用という形で、前回もちょうど森田弁護士という84歳の現役弁護士とも対談をしたのですが、人生100年時代と言われる中で、60歳定年そのものを見直そう、あるいは70まで働けるようにしようと、そういった動きが少しずつ出てきている中ではありますけれども、今後、高年齢者雇用をどのように見ていらっしゃいますか。
松浦:そうですね。高年齢者雇用については、65歳まで希望者全員を継続雇用という改正高年齢者雇用安定法が2013年に施行されて、その次のステップがどうなっていくのかというところですね。
高年齢者雇用において、私が次の節目になる年だと思っているのは2025年です。なぜかというと、まず、公的年金の支給開始年齢の段階的引き上げが完了するのが2025年です。ですので、60歳から64歳までの年金が完全に無年金になるタイミングが、これは男性についてですけれども、2025年です。
もう1つは、多くの企業が新卒の採用数を増やしたバブル世代が60歳定年を迎えるのが、やはり2025年ぐらいです。そうすると、2025年というのは、年金がなくなるという話と、60歳以上の人たちが増加するという2つの面で、60歳以降の高年齢者雇用の課題がより顕在化する、そういう年だと思っています。
倉重:例えば、今までは65歳義務化となったときには、最低賃金でもいいから、社内メール便の配達だけやってもらう、花壇に水をあげる仕事をやってもらうなどもありました。
松浦:いや、紛争になるような事例は多少極端な例かもしれませんけど、そういう例もあるということですね。
倉重:そういうところから始まって。ただ、そういう仕事をみんなにやってもらうわけにはいかないですからね。
松浦:そうですね。私の指導教員である学習院大学名誉教授の今野浩一郎先生がおっしゃっているように、高年齢者に対して福祉的な観点から雇用を確保する「福祉的雇用」では持たなくなってくると思います。やはり意欲高く活躍していただくことを考えないと。
倉重:ただ、雇用だけ続けばいいのではなく、せっかくいる以上は、どうやったら最大限活躍していただけるのかと、見方を変えていかないといけない時期に入ってきたということですね。
松浦:そうです。ただ、日本的雇用システムのもとでは、そうしたら定年延長すればいいという話には必ずしも直結しないと思います。やはり企業としても、人員数の調整や労働条件の大きな変更は、現実問題として非常に制約されているわけです。そういう中で、定年延長という選択が唯一絶対の選択肢ではないと私は思っています。
倉重:そうですね。解雇規制が変わるのであれば別論かもしれませんけれども、そうでないと、なかなか、やはり難しいですね。
松浦:そういう中では、60歳定年を残した上で、60歳以上は活躍に応じて報いていくというような選択肢もあると思います。
倉重:そうですね。60歳を超えて、さらに65、70となっていくと、本当に個人差というか、体調もありますし、何ができるかは、人によって相当違いますよね。だから、一律の制度は、なかなか難しいのではないかと思います。
松浦:そうですね。企業によって、どういうやり方がベストかは、もう少し多様性があっていいのではないかと思っています。
倉重:実際、前回の森田弁護士との対談のときにも、最も60歳以降で重要なのは体力であるという話でした。
松浦:そうですね。人生100年時代と言われていますが、それをプラスの方向に持っていくために、健康寿命を上げていくことと同時に、健康状態に応じて働けるような環境整備も重要なポイントになると思っています。
倉重:そうですね。そういうことは、60になってから意識するのでは遅いので、早いうちからと。
松浦:そうですね。倉重さんぐらいから。
倉重:そうですね。私も40が見えてきたので、いろいろやばいなと。
松浦:食生活もね。
倉重:そばを中心にしていきたいなと思います(笑)。
松浦:いやいや(笑)。
倉重:だから、個人においては体力を、企業においては一人一人に合った人事評価の仕方、制度の作り方をもう一回考えようという時代になってきたなと思います。
松浦:そうですね。
倉重:あとは、松浦さんご自身のプライベートも含めた働き方をお伺いしたいのですが。経歴や、ネット上でインタビューをよくお受けになっているところを見ると、バリバリとキャリアもこなして、かつ、お子さんも育てられて、すごいなと思うのですが。
松浦:私は自分自身の話は恥ずかしいから、実はなるべくしないようにしていて、本当にお世話になった方などに頼まれたときには、やむなく・・・。
倉重:やむなく(笑)。
松浦:やむなく自分自身の話をしているのですが、基本的にはなるべくしないようにしているというぐらい、ダメダメです。
倉重:何が駄目なのですか?
松浦:子どもが2人いるのですが、本当にダメダメな母親だと、自分でも自覚をしているので……
倉重:そんなに駄目なのですか(笑)
松浦:だから、あまり公の場では話さないようにしているのです。
倉重:いや、いいです。松浦さんが自分で駄目だと言うところに、皆さんは、たぶん逆に興味を持つと思います。
松浦:子どもたちも、ダメダメな母親だと思っていると思います。
私が働いているフィールドである研究は、基本的には競争が厳しい世界だと思います。時間制約がある中で、子育てしながら競争の世界で頑張っていくためには、やはりどうしても、どこかで手を抜ないと無理ですよね。
倉重:おぉ!ぶっちゃけていて、いいですね。
松浦:開き直っているようで恐縮ですが、仕事も家庭も完璧に両立なんて、そんなのは無理です。
倉重:家庭のことは手を抜くと。
松浦:私は、手を抜かないと無理だと思いました。仕事も手を抜くというか、どうすれば生産性が上がるかを、すごく考えます。
倉重:あれこれ考えている間に、この論文など、先に書かれてしまったら、駄目なわけですものね。
松浦:そうです。
倉重:いかに先に出すかが大事な厳しい世界であると。
松浦:やはり研究内容が頭から離れないという面もあります。
倉重:没頭して考えることもありますよね。
松浦:そうですね。これはよくあちこちで言っているかもしれませんが、それこそカレーのあくを取っているときも、例えば日本的雇用システムはどうなっていくのかと、考えているのです。
倉重:カレーのあくを取りながら(笑)
松浦:カレーのあくを取っているときは、結構ひらめくものです(笑)
倉重:なるほど。確かに、お風呂でひらめくのと、近いものがあるかもしれませんね。
松浦:そうなのです。でも、そういうときに、子どもが学校のことを、「今日はこういうことがあって、ああいうことがあって」と話していたりするわけです。つまり、カレーのあくを取りながら、子どもの話を聞きながら、さらに日本的雇用システムについても考えていたりするわけです。そうすると、やはり上の空になって、子どもから怒られるわけです。
倉重:聞いているのかと。
松浦: 「さっき話した内容を復唱してみろ」と言われるわけです。そうしたら、最後のほうしか復唱できなかったりするわけです。
倉重:「今なんて言ったか、復唱して」ってのは、うちの6歳の娘が妻から注意されるのと同じ感じですよ(笑)
松浦:そうですか。やはり聞いていなかったと怒られて、ダメダメですね。
倉重:でも、お忙しい研究活動をされている中でも、キャラ弁を作ったりされますよね。
松浦:キャラ弁なんて作っていないですよ。作るわけないです。
そういえば、人生で1回だけキャラ弁っぽいものを作ろうとしたことがありました。白いご飯の上に、海苔を使ってパンダを描いてみたわけです。私は元々すごく不器用で絵が下手なうえに、パンダをきちんと冷まさないうちに、ふたをしてしまったので、子どもがふたを開けたときには海苔がふやけて、パンダかどうか、形状が分からない、何かホラー的な……。
倉重:何か(笑)。
松浦:よくわからないものになっていたそうで、帰ってきて子どもに言われたのは、「無理しなくていい」と言われました。
倉重:でも、チャレンジしたのですよね。そのことに価値があると思います。
松浦:「無理しなくていい」と言われました。それ以来、1回も作っていないです。
倉重:なるほど。でも正直、仕事と家庭の両立に悩んでいる、かつ子育てをしている女性の方はたくさんいると思いますが、アドバイスしてあげるとしたら何かありますか。
松浦:いやあ、もう、しょうがないですよ。全部頑張るのは無理、無理。
倉重:無理なものは無理。何か諦めろと。
松浦:唯一これだけは、と思っていたのは、子どもたちへの愛情だけは伝わってほしいということ。こんなにダメダメな母親だし、できていないことだらけだけれども、少なくともママが一番大事なのは、あなたたちなのだと。
またこんなことを言ったら怒られるかもしれないのですが、ママはあなたたちに、自分としては「異次元の愛情」を持っているということだけは、伝わってほしいと。
倉重:それはどうやって伝えていたのですか?
松浦:デレデレしてます。「すごい、もう、かわいい」ということを伝えます。ウザそうにされますけれども。
倉重:でも、やはり言葉にするのは大事ですね。
松浦:それだけは伝わってほしいなと思います。
倉重:「ウザい」と言われようが、自分の娘に「大好きよ」と毎日言います。
松浦:せめて夕食ぐらいは一緒に食べたいと努力はしていますが・・・。話もちゃんと聞いていないし、弁当は手抜きだし、いろいろなことがダメダメなのだけれども、少し意外かもしれないけれども、実は私にとって一番大事なのはあなたたちなのよという、それだけは伝わってほしいと思っています。それさえ伝わっていれば、あとはまあいいかなと思っています。
倉重:掃除洗濯ができていなくて、ごめんな、と。
松浦:いやむしろ、子どもが大きくなってきたら、家族会議を開いて内外で分担するようにしています。
倉重:いいですね。
あとは、先生は大学でゼミもやっていらっしゃって、若い人に向けて、よくいろいろお話しされることもあると思いますが、読者の若い方に向けたメッセージをお願いします。
松浦:あまりいいことばかり言いたくないので、お金をもらってする仕事は、そんなに楽しいことばかりではないよ、ということですね。
倉重:いきなり現実から入っていくのが松浦さんらしくていいですね。
松浦:だってそうでしょう? 嫌なこともありますよね。
倉重:私が言うのも何ですが、本当にそう思います。
松浦:ありますよね。
ただ、いろいろなことを頑張ってみたり、人がやりたくないようなことを背負ってみたりする中で、初めて分かる楽しさや見えてくる景色、人との出会いがあるとは思うので、やはり頑張ってほしいなとは思います。
倉重:例えば、私もそうですが、社会に出て仕事をやり始めた最初は、結局その仕事のことも分からないし、何が楽しいかなんて分からない、分かるわけがないですよね。ましてや入る前の内定段階の学生段階で分かるわけがなくて、入ってみていろいろな仕事をやる中で、「あれ、これはちょっと自分的に興味があるな、面白いな」と思うのは、たぶん、人それぞれ出てくるもので。研究も同じではありませんか。
松浦:そうだと思います。だから、やってみて、「こういうことを言われたら、私は楽しいんだ」、「こういうことを言われて、うれしかった」ということが、たまに出てくるという。そのために嫌なことをいろいろやってきたのだなと思えるように、嫌なことも、ある程度頑張ってほしいとは思います。ただ、真面目な人ほど最後の最後まで頑張ってしまうけれども、最後の最後までは頑張らず、逃げる力は残しておいてほしい、とも思います。
倉重:まずは、きちんと何かを背負って一生懸命やり切ることを心掛けるべきだけれども、ただ、逃げる力は残しておけということですね。
松浦:逃げる力を残しておくのは大事ですよね。
倉重:先ほどのカレーのあくを取りながらの話ではありませんが、やはり自分が心から情熱を傾けているものだと、寝食忘れて、ではありませんが、いつでも常に考えてしまって、別に義務でそうしているわけではなくて、自然とそうするというのはありますよね。
松浦:そういうふうにのめり込めるのは、ある意味幸せなのかもしれないとは思います。ただ、つらいときに最後逃げる力が残っていないと本当につぶれてしまうので、だから逃げる力は残しておいてほしいと思います。
倉重:それはそうですね。本当に、3年はいなければいけないなんて、うそですからね。
松浦:駄目だと思ったら逃げればいいと思います。
倉重:いいですね。全く。私も高校時代1年間学校に行かなかったこともあるので、逃げるというのは、それはそれで大事な選択なのだろうなと。
松浦:逃げた経験も、次の糧になり得ると思います。
倉重:ありがとうございます。最後に先生の夢をお伺いしたいと思います。
松浦:夢……何だろう。あまりそういうことを考えたことがないのですが・・・。
研究者になってしばらくしたときに、私がやりたいことは何だろうと真剣に考えました。有名になりたいわけでもないし、会社の中で偉くなりたいわけでもないし、いったい何をやりたいのだろうと。
そのときに、研究の仕事を続けたいと思ったのは、正しいことを言えるようになりたいからではないかと考えました。正しいことを言うのは、実は非常に難しくて。
倉重:これは本当にそうですね。
松浦:何が正しいのかということは、自分で相当勉強しないと分からないし、いろいろなことを分析したり、考えたりしないと分からない。例えば、先ほどのカレーのあく取りの話ではありませんが、日本的雇用システムをこれからどうしたらいいのだろうということに対して、正しいことを言うのは、ものすごく難しい。でもそれを言えるようになりたいのではないかというのが、一つ思ったことです。
また、私がこれを言うことによってどういう影響があるか、自分の立場の中でどこまで言えるかということも考えたりするわけです。そういうことも考える必要があるとは思いますが、研究者は相対的に組織から自由な立場にあるわけですから、そういう意味で、正しいことを言う最後のとりでにならなければならないと思っています。
倉重:そうですね。別に大学に忖度(そんたく)して発言しているわけではないですからね。
松浦:そうです。相対的には自由な発言ができるはずなので、そういう意味でも、正しいと思ったことを――そうはいっても、やはり慎重でなければならないとも思いますが――なるべく言うようにしたいと思っています。
倉重:なるほど。正しいことを言うのは、本当に想像以上に力を使うし、思った以上に圧力も受けたりするものですけれども。
松浦:そうですね。正しいことを単に言えばいいわけではなくて、言ったことによってどういう影響があるかも考えた上で、正しいことを言えるようになりたいと思います。
倉重:いいですね。
松浦:夢ということなのかどうかは分かりませんが。
倉重:それが、やりがいでもあり、今後やっていきたいことということですね。
松浦:そうですね。
倉重:ありがとうございます。少し話が戻りますけれども、この間、SNSに上げられていた家事の役割分担のチェックリスト、あれは面白いですね。
松浦:見ました?
倉重:点数をつけるリストは見ました。よく夫婦で、家庭と育児の両立で、「俺はゴミ出しをやっているぞ」というような旦那さんが結構いますよね。
でも、ああやって全体でチェックリスト化すると、全体の中でこれだけしかやっていないのか、というのが、すごく分かりやすいですね。
松浦:そうですね。ある程度見える化するという。
倉重:あれもネットに落ちているので、これもリンクを貼っておこうかなと思いますが。
松浦:そうですか。チェックリストは監修に加わった研修用のDVDの付録です。本当に何十年前だろう。上の子どもがまだ小さかったときに、我が家の家事分担を見える化するために作ったエクセルファイルを参考にして頂きました。
(「付属シート4点」「ダウンロード」のところをクリックして下さい)
倉重:旦那さんへの怒りに任せて作ったやつですね。
松浦:当時は怒りに任せて、そうそう。
倉重:旦那がやらないから。
松浦:当時2人ともすごく忙しくて。でも、話し合わないとしょうがなくて。
当時は、家事を外注してその費用を折半するという結論に落ち着いたのですが(笑)。
倉重:お互い「私はこれとこれをやっている」、「いや、俺もこれをやっているんだ」だと、本当にけんかになって収拾がつかないので、全体でこれだけあって、それぞれがどれぐらいやっているかを見えるようにするのは大事だなと思いました。
松浦:チェックリストで見える化して、冷静に話し合えれば一番良いのですが、なかなか冷静にはなれず、当時は修羅場でしたね。
倉重:怒りに任せて作ったやつ。これを貼っておこうと思いますので。
松浦:ありがとうございます。
倉重:では、今日はここで終わりたいと思います。どうもありがとうございました。
松浦:ありがとうございました。
(おわり)
【対談協力】
松浦 民恵(まつうら・たみえ)氏
法政大学キャリアデザイン学部 教授
1989年に神戸大学法学部卒業。2010年に学習院大学大学院博士後期課程単位取得退学。2011年に博士(経営学)。日本生命保険、東京大学社会科学研究所、ニッセイ基礎研究所 を経て、2017年4月から法政大学キャリアデザイン学部。専門は人的資源管理論、労働政策。厚生労働省の労働政策審議会の部会や研究会などで委員を務める。著書、論文、講演など多数。