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世界新聞大会で気づいた7つのこと

小林恭子ジャーナリスト
オランダ「ブレンドル」を立ち上げたアレクサンダー・クロッピング(ブレンドル提供)

イタリア・トリノで先週開かれていた、世界新聞大会(+世界広告会議、編集者会議)。毎年開催されている会議で、筆者にとっては昨年のバンコク大会についで、2回目の参加だった。(読売オンラインで大会の模様について2回書いているので、ご関心のある方は参考にされたい。「ネット時代のメディアの変革者」、「報道の自由を守る戦い」)

今年の大会は、たった1年でこれほど変わるかと思うほど違っていた。自分自身が非常に知的刺激を受けた。そのいくつかをまとめてみた。

(1)クロスオーバーの時代(紙かデジタルかの二者択一ではない)

米ニーマンジャーナリズムラボのコラムでも著名なケン・ドクターが、あるセッションのモデレーター役を行い、そこで言ったいろいろな言葉が刺激的だった。

「インターネットが広く使われるようになって23年。私たちはいろいろなものごとを変えた革新的なデジタル時代の終わりにいる」、「終わりの始まりだ」という。

「終わりの始まり」という言葉がしっくりきた。皆さんもそう思われないだろうか?ネットがあれば何でもできる、よい方向に物事が進むのだという「インターネットのユートピア主義」が終わったことを多くの人が気づいていると思う。グーグルは便利だが、その巨大さにやや疑問を持つようになった私たちだ。どんなに暗号をかけても、米情報機関が情報を収集できる状態にあることも分かってきた。

インターネットで何ができるのか?改めての問いである。私たちは注意深くネットを利用する必要に迫られている。デジタル技術による変革が終わったわけではないが、一つの時代が終わりになりつつあるのだろう。

そして、ニュースといえば「紙がネットか」という問いを発する人がいる。ネットでニュースを見る人が増えたから、紙の新聞はいらないのだ、紙の新聞は古臭い、もういらない、そうしたら、新聞社がつぶれてしまう、いやつぶれたっていいではないかー?妄想をどんどん進める人がいる。

しかし、「ちょっと待てよ」と。

実際には、世界の新聞のトレンドを見れば(これも新聞大会が毎年発表)、北米やオーストラリア、欧州では発行部数が大きく下落しているのだけれども、アジアでは増えている。世界は一様ではない。

紙の部数が慢性下落の英国で、電子版購読者をどんどん増やしているフィナンシャル・タイムズやニュース誌エコノミストは、現在のところ「紙の発行も続ける」といっているし、紙は一部で続くのだ、これからも。みんながみんなタブレットを持っているわけではないし、紙のほうが都合がいいと思う人もたくさんいるのだ。

そこでドクターが言うのは、私たちは現在、紙とデジタルが共存する「クロスオーバー(重なり)の時代に生きている」。二者択一ではなく、「重なり」なのだ。

(2)「紙がこれだけがんばっているぞ!」が消えた

昨年の大会では、インドの新聞社の代表者が登壇し、「紙媒体がこれだけ伸びている」と自慢げに語ったものだ。現在もこの新聞はおそらく部数を堅調に伸ばしているのかもしれない。しかし、「紙でも大丈夫さ」、「これだけ出ているのだから工夫をすれば、まだいける」といった風潮が今年は消えた。

紙「も」がんばっている、さまざまな工夫があるというアプローチはあったけれども、紙でもこれだけいけるぞという雰囲気はなくなった。紙媒体「だけ」でやろうというビジネスモデルが、片隅に追いやられた。

(3)新聞ニュースのキュレーションサービスが拡大

日本で言うと、グノシー、米国で言えばフリップボードのようなサービスが、欧州でもどんどんと出てきた。特色として「大手新聞社・雑誌社が全面協力している」点がある。20代の若者たちが新聞社とライセンス契約を結び、新規のニュースサービスを開始している。

例えばオランダのブレンドル(オランダの新聞社記事と英エコノミストの記事を掲載)だったり、スイスのワトソン(「シュピーゲル」記事を掲載)だったりする。今回の大会には参加していないが、私が以前に紹介したドイツのniiu(ニュー)もこれに入る。

ブレンドルは記事を一本ごとに買える仕組み。ワトソンは閲覧が無料。Niiuは定額制だ。

ブレンドルやniiuは、新聞社にとっては怖いサービスだ。1つの新聞社が電子版を月の購読料約3000-4000円(ニューヨークタイムズは5000円換算)で提供するところ、複数の新聞の記事が読めて月に1300円相当(niiu)だったり、バラ買い(ブレンドル)ができてしまうのだ。

「普段新聞を読まない若者に、ニュースを読んでもらうには、1つの新聞の記事が読めるだけじゃ十分じゃない」とブレンドルの共同創業者アレクサンダー・クロッピングは筆者に語った。「いろいろな新聞の記事を選べるぐらいじゃないとだめ。しかも1本をとても安く買えなければだめだ」。

(4)広告なしで、購読料のみでジャーナリズムを作る「コレスポンデント」

オランダのコレスポンデントについては何度か書いた。大会にも出席していたので、後で編集長のミニインタビューを紹介したい。年間60ユーロの購読料を払ってもらう代わりに、広告をつけずにサイトを運営している。

質のよい記事を読みたいという読者がいるからこそ、続くのだろうかー。そんな読者をどうやって作るのか、あるいは見つけたらよいのだろう?

(5)新しい組織でないと、できない

オーストリア西部にラスメディアという複合大手メディアがあるのだけれども、ここの社長がプレゼンで見せた2枚の写真が忘れられない。1枚がいわゆる普通の新聞社のオフィスの様子。コンピューターがあって、机には山積みの資料。ごたごたしている。もう1枚が、スタートアップ企業のオフィス。「いかにも」という感じではあったが、白い長い机に、カラフルな椅子。机の上には果物が入ったかごが置かれている。全体的にすっきりしている。おそらく、前者で働く人はスーツを着ているだろうし、後者で働く人はTシャツにジーンズだろう。

たかが服装、たかがオフィスのデザイン?いや、違う。この2つのオフィスでそれぞれ働く人の考え方は相当違うはずだ。違うからこそ、見た目も違ってくる。「見た目だけ」では決してないのだ。

新しいことをやりたいと思ったら、どっちが適しているだろう?答えは一目瞭然だ。

これに気づいたユージン・ラス社長は、新規ネットビジネスは別組織にするという。「勝手にやらせる」形を作る。

「コレスポンデント」の創業者たちも「既存の組織にいてはだめだ」と思い、飛び出した。ウェブサイト「ネクスト・メディア」の編集長だったエルンストヤン・ファウスと全国紙「nrc.next」の元編集長ワインバーグの2人に会場で話を聞いてみた。今はファウスが発行人、ワインバーグがサイトの編集長だ。

「コレスポンデント」のワインバーグ(左)とファウス
「コレスポンデント」のワインバーグ(左)とファウス

どちらも20代で著名サイトや新聞紙の編集長になっていた。オランダではその年齢で編集長になるのは普通なのかと聞いてみると、「普通ではない。僕たちは特別に優秀だった」と語る。

「既存のメディアにはない、新しいジャーナリズムを追求したかった」(ワインバーグ)。

オランダに住む知人ジャーナリストに評判を聞いてみると、「前評判が高すぎて、実際にふたをあけてみたら、期待したほどではなかった感じもある」という厳しい答えが返ってきた。「でも、読者と記者がつながる形にしたのは新しいし、功績だと思う」。

ワインバーグは、コレスポンデントの画面を見せながら、記事には「一般的なニュース」と、「専門的なトピック(経済、教育、テクノロジー、紛争、開発など)を扱うニュース」とがあるという。読者はそれぞれの専門を担当する記者をフォローできる。記者1人には「ガーデン」と呼ばれるミニ・ホームページを持たせている。自分の記事を掲載し、読者に対話を呼びかけ、取材中の原稿の進ちょく具合を報告する。

「ネットサイトのジャーナリストのお給料は、既存メディアに比べて、かなり低いのではないか」、「書き手を見つけるのに苦労はしていないか」を聞いてみた。

ワインバーグによると、報酬は「大手メディア以上とはいえないが、まずまず十分なほどを払えている」という。

記事の本数のノルマはなく「書き手が準備が整ったときに原稿をこちらに送ってくれる」。直しは原則校正レベルで、ワインバーグが編集長としてあれこれいうことはないそうだ。原稿の発注はせず、書き手が自分で何を書くかを決める。書くほうにとっては書きたいことが書ける、天国のような場所なのだ(!!)

ただ、サイトの品質コントロールのため、「書き手の選択にはかなりの時間をかけた」(ワインバーグ)。選りすぐった人がジャーナリストになっているのだという。

伝統的なメディアの方はどうか?

先日、ニューヨークタイムズの経営体制についての詳細なリポートが出て大きな話題となったが、あるセッションで、モデレーターが「あのリポートを読んだ人は?」と問いかけると、出席者のほとんどが読んでいた。

デジタル化では進んでいる新聞社として知られている「あの」ニューヨークタイムズでさえ、実際は頭の切り替えが相当大変であったことをリポートは示したようだ。多くの人から「驚いた」と言う声を聞いた。

同時に、「実はうちの新聞社でも編集スタッフの頭の切り替えに苦労している」という人も結構いた。つまり、「紙の新聞の1面に記事が載る=あがり」と考える記者たち、「ネットを敵と見る」、「ソーシャルメディアを自分では使っていない」などなど。

伝統的な会社を一生懸命、デジタル化に対応させようとするより、いっそ、新しく始めたほうがいいーそんなことも1つ、いえるかもしれないと思った。

(6)コミュニティー=ニュース空間

去年の大会で、グーグル本で知られる米教授ジェフ・ジャービスが、、これからのメディアは「関係性を読者と持つ形をとる」、と言っていた。読者とのコミュニティー空間=メディアである、と。

実は去年はこれを聞いたとき、分かるようで分からなかった。「そんなこと言っても、どうやって運営費を稼ぐのか?いわゆる、マネタイゼーションはどうするの?」と思ったからだ。お金が稼げなかったら商売にならないし、絵に描いたもちだな、と。

ところが、最近は米国で大手メディアにいたジャーナリストがどんどん新しいネットサイトを作ってゆくようになった(ネイト・シルバー、グレン・グリンワルドなど多数)。それでもぼうっとした認識だった。力があるジャーナリストがファンを作り、ファンを中心に読者を増やし、コミュニティーを作り、サイトとしてもどんどん力をつけてゆくー。すごいなあと思いながらも、xxさん(著名ジャーナリスト)だからできたのだろう、米国だからできたのだろうと漠然と思っていた。

しかし、今年、初めてその意味がわかった。

つまり、フェイスブック、ツイッター、ライン・・・なんでもいいが、私たちの多くは何かを読んだり、見たり、知ったりする行為をソーシャルメディアで、つまり知っている人やフォローをしている人の口コミで行っていないだろうか?

テレビ番組だってそうだ。日本でいくつか非常にヒットした番組がいくつかあったとして、その番組について友人、知人、学校や会社の仲間同士で話題にしなかっただろうか?これが「コミュニティー」であり、「関係性」だ(私の解釈によれば)。誰かが何かコメントしたことで、あるものについて知ったり、価値判断をしたり(物を買ったり)しているわけだ。

私は結構ツイッターをよく使っているが、面白いと思ったことについて、あるいは読んでもらいたい記事があるときなどに情報を出しているのだけれども、決して強制ではない。情報を広めたい、シェアしたいという自然な気持ちでやっている。仕事ではないのである。一種のコミュニティー、関係性がそこにある。

単に、私も、そして互いにフォローしあう人たちも、興味や関心が共通しており、「自分と同じようなことに関心のあるxxさんが見ている情報って、何?」という自然な、非常にゆるいネットワークである。実は「ネットワーク」とさえ呼べないような、ふわふわとしたものだ。いわゆる「サロン」でさえもない。中心がないような、非常にかるーい、興味+関心で結ばれた層なのだ。

もしこれも「コミュニティー」と呼ぶなら、コミュニティーそして関係性が今、ニュースを出してゆくときにも強く求められるようになった。ネット上の口コミで情報が広がってゆく。メディアができることは読者との関係を作ることなのだーーこれでやっと、ジャービス教授が去年に言っていたことに納得がいった。

(7)ネットで書かなきゃ、だめ

ネットの世界がすべてではもちろんないが、何らかの形でネットに自分が思うところを出していくことは重要だ。もしあなたがニュースの世界で生きているならばー。ずっと昔は、紙媒体=表、ネット媒体=オータナティブという裏表のような関係があったと思う。今はだんだんそうではなくなった。ネットが表になってきた。

ネットで発言しないと意味がないぞー。これをひしひしと感じて、帰ってきた。

私自身はフリーランスとして、主として紙媒体に書いて生活を支えているのだけれども、収入の大小にかかわらず、「ネット=表」として活動していかないとまずいことになるなと感じた。自分にとっては、大きな宿題ができたことになる。

最後に:日本の情報をもっと外に出そう

今回は朝日新聞社取締役(デジタル・国際担当)西村陽一氏が登壇。朝日のデジタル戦略の目新しさに会場内が感心していたようだった。

日本も先のグノシー、ラインに限らず、面白いメディアのスタートアップがたくさんある。日本の外でこれをプレゼンし、ほかの国のスタートアップと情報交換するのは、大いなる刺激になるに違いない・・・。そんなことを思った。来年は、どんな風になっているのだろう!

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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