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医師が解説:「末梢性顔面神経麻痺」ってどんな病気?

前田陽平耳鼻咽喉科専門医、アレルギー学会認定専門医
顔が動きにくくなる顔面神経麻痺。どんな病気でしょうか?(提供:ankomando/イメージマート)

末梢性顔面神経麻痺は、顔が動きにくくなる病気です。顔の半分だけに起こることがほとんどです。眼が閉じにくい、口から水がこぼれる、などの症状で気づくことも多いです。

末梢性というのは、簡単にいえば「脳が原因ではない」という意味です。顔面神経麻痺の大半は末梢性です。これに対して、脳梗塞などが原因でも顔面神経麻痺が起こることもあり、これは中枢性顔面神経麻痺と呼ばれます。

末梢性顔面神経麻痺はどうして起こるのでしょう?

顔面神経は脳幹から出てきて顔面に分布するまでに、側頭骨という骨の中で長く細い骨のトンネルを通ります。トンネルの中で炎症が起こると神経が締め付けられてしまうので、むくみを生じてしまいます。炎症・むくみ・締め付けといったサイクルで麻痺が起こると考えられています。

この炎症のきっかけとなるのが、多くの場合ウイルスです。単純ヘルペスウイルス、水痘帯状疱疹ウイルスが原因になることが良く知られています。単純ヘルペスウイルスが原因になるものをベル麻痺(※)、水痘帯状疱疹ウイルスが原因になるものをハント症候群と呼びます。ベル麻痺の症状は原則として顔面神経麻痺のみですが、ハント症候群では顔面神経麻痺以外で起こる症状として「耳」に関する症状があります。難聴や耳のつまり感、めまい、耳の発疹、耳の痛みなどです。

他にも腫瘍などさまざまな原因で起こることがあります。しかし、ベル麻痺とハント症候群が原因として多く、これらの病気の場合は早期に治療することが望ましいため、まずはこれらの疾患として治療しながら、他の原因がないか必要に応じて探っていくという手段が取られることも多いです。

末梢性顔面神経麻痺は何科で診療している?

末梢性顔面神経麻痺は耳鼻咽喉科で診療されることが多く、顔面神経麻痺や耳の症状のみであれば、まず耳鼻咽喉科に受診するのがいいでしょう。必要に応じて高次医療機関の耳鼻咽喉科に紹介受診することになります。もちろん、病院によって他の診療科で診療されていることもあります。各病院の事情に応じて診療を受けてください。

ベル麻痺・ハント症候群の治療はステロイドと抗ウイルス薬が重要
ベル麻痺・ハント症候群の治療はステロイドと抗ウイルス薬が重要写真:アフロ

治療は何をするのですか?

発症後早期にステロイドと抗ウイルス薬を投与することが重要です。顔面神経麻痺は自然治癒することもある病気ですが、これらを適切に投与することで治癒する確率を上げることができるのです。早期に(できれば3日以内に)投与開始するようにしたいと考えられています。発症から数日間は悪化してくるため、治療開始後もさらに悪化してくる場合があります。経過によっては顔面神経減荷術と呼ばれる手術が行われることもあります。この手術は耳の後ろを切って、耳の中の顔面神経管と呼ばれる部分の骨を開けて、「神経の締め付け」を解除する手術です。

ベル麻痺・ハント症候群はそれぞれ自然治癒率が70%・40%程度、適切に加療した場合の治癒率はそれぞれ90%・70-80%程度といわれています(1)。

特にベル麻痺は「何もしなくても治る」ことも多く見られるので、根拠の乏しい様々な民間療法が行われていることもあるようです。末梢性顔面神経麻痺ではまずは医師の診察を受けて適切な加療を受けるようにしてください。

後遺症が残ることもあるのでしょうか。

ベル麻痺の1割、ハント症候群の3割で後遺症が残るとされています。後遺症には麻痺が残ってしまう不全麻痺以外に、病的共同運動といって「口の動きに合わせて目が閉じてしまう」など、本来一緒に動かない筋肉が共同運動してしまう現象などがあります。

一般的に麻痺の程度が軽い場合は比較的治りやすく、麻痺の程度が重いと治りにくい場合があります。麻痺の程度が重い場合は、どの程度神経が変性しているかを判断する検査(神経興奮性検査やElectroneurographyという検査)を通じて予後をさらに細かく予測して治療方針を決定する場合もあります。

後遺症は一度発症すると根治的な治療は困難です。ボツリヌス毒素注入や形成外科的手術などが行われることもあります。リハビリテーションも自己流で行わず、医師に相談して適切に行いましょう。不適切なリハビリテーションは病的共同運動などを逆に起こしてしまう可能性があります(2)。

予防法はありますか?

水痘帯状疱疹ウイルスが原因となるハント症候群はベル麻痺と比較して予後が悪いことが知られています。現在、水痘帯状疱疹ウイルスについては50歳以上を対象としたワクチンがあり、これを接種することで一般的な帯状疱疹の予防ができることはもちろん、ハント症候群も予防できることが予想されるため、予後の悪い顔面神経麻痺も減ることが期待されています(3)。

どんな人に起こるのでしょうか?

末梢性顔面神経麻痺はいつでもだれにでも起こりうる病気です。この病気が疑われた場合に、早期に適切に治療を受けられるようにこの記事がお役立ていただければ幸いです。

(※)ベル麻痺は長らく「原因不明の特発性顔面神経麻痺」と定義されていましたが、近年の研究でその原因の多くは単純ヘルペスウイルスの再活性化であることがわかってきました(1)。

<参考資料>

(1) 今日の耳鼻咽喉科・頭頸部外科治療指針 第4版: 265-268, 医学書院

(2) 日耳鼻 123: 430-434, 2020

(3) 日耳鼻 121: 639-644, 2018

耳鼻咽喉科専門医、アレルギー学会認定専門医

2005年大阪大学医学部医学科卒業。日本耳鼻咽喉科学会認定専門医・指導医。日本アレルギー学会認定専門医・指導医。医学博士。市中病院勤務、大阪大学医学系研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学助教を経て現在JCHO大阪病院院長補佐・耳鼻咽喉科部長。雑誌取材・メディア出演多数。臨床・研究の専門領域は鼻副鼻腔疾患・アレルギー疾患・経鼻内視鏡手術など。一般耳鼻咽喉科についても幅広く診療している。耳鼻咽喉科領域や診療に関わる医療情報全般の情報について広くTwitter(フォロワー4万人)などで発信している。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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