新型コロナで窒息の危険?日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が警告する「上気道狭窄(きょうさく)」とは?
新型コロナウイルス感染症で起こる「上気道狭窄(きょうさく)」
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は「お知らせ」として上気道狭窄に関する注意喚起(※1)をしています。NHKニュースでも取り上げられ(※2)ました。狭窄(きょうさく)とは狭くなることを意味する医学用語です。
以下は日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会による注意喚起(※1)の抜粋です。
オミクロン株は,これまで報告されてきた変異株と比べ感染性が高く,感染すると下気道症状よりも咽頭痛や鼻汁,鼻閉などの上気道炎症状が強いという特徴があります.本学会にも,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と診断された症例のなかで,咽頭,喉頭,気管の発赤や腫脹,白苔など高度な炎症が見られる症例や,急性喉頭蓋炎,喉頭浮腫,急性声門下喉頭炎により上気道狭窄を呈して気道確保を要した症例の診察情報が,複数の会員から寄せられています.したがって,COVID-19 流行下においては,重度の急性喉頭炎症例に対しては,COVID-19 を強く疑う必要があります.(抜粋終わり)
この注意喚起のポイントを整理します。
●オミクロン株は上気道炎症状が強い(肺などよりも鼻・のどに症状が出やすい)
●喉頭の炎症を起こして「上気道狭窄」を起こした報告がある
●気道確保を要したという診察情報もある
●急性喉頭炎のケースでCOVID-19を疑う必要がある。
順番に解説します。
喉頭の炎症は気を付けなければならない
オミクロン株の症状として、のどの痛みが多いということが多くの報告で言われています。(※3)のどの痛みがあるということはのどに炎症があるということです。こういう、鼻やのどの炎症を上気道炎といいます。のどの炎症がある典型的な病気は急性扁桃炎ですが、扁桃より奥の「喉頭」に炎症を起こしてしまうことがあるのです。(図1)
喉頭は気管の入り口を構成しています。炎症で腫れてしまった場合に、息の通り道が狭くなってしまうことがあります。これを「上気道狭窄」と呼びます。
上気道狭窄の最大の問題は、さらに進むと窒息する可能性があるということです。
したがって、窒息のリスクがあるようなケースでは気管切開や気管内挿管などによって空気の通り道を確保する(気道確保する)必要があります。
上気道狭窄があっても新型コロナ感染症としては軽症ということも
また、新型コロナ感染症の患者さんの中には、指先で測る酸素飽和度を目安にしている場合もあります。上気道狭窄で怖いところは、最後、本当に気道が詰まってしまう(閉塞する)ときまで酸素飽和度が下がらないところです。閉塞の前までは原則として酸素飽和度が下がらないので、新型コロナ感染症の重症度分類では軽症に当たる場合も多いと思われます。
成人で喉頭に炎症を起こすのは、急性喉頭蓋炎という病気で、実際に新型コロナによってこの病状が起きるという報告が論文でもなされています。(※4)
お子さんの喉頭の炎症で最もよく見られるのがクループ(急性声門下喉頭炎)です。特徴的な咳やかすれ声などの症状があります。6か月から5歳ぐらいの子どもに見られ、吸入治療で良くなることが多く、重篤な経過になることは非常にまれです。小児の急性喉頭蓋炎は非常に怖い病気ですが、ほとんどがインフルエンザ菌b型(Hib)によるもので、乳幼児期にヒブ(Hib)ワクチンを打つことで予防が可能です。クループも新型コロナによっておこるという報告がなされています。(※5、6)
上気道狭窄は他にも様々な原因で起こります(※7)が、適切な対処を必要とする怖い病態です。
従って、喉頭に炎症がある患者さんを診たときには新型コロナ感染症を思い出さないといけないですし、逆に新型コロナ感染症を見たときに、上気道狭窄を疑えば適切に喉頭などの評価のための検査を行う必要があります。
なぜ学会がこういう声明を?
さて、まとまった十分な報告があるとは言えない状態で、なぜ学会がこういう声明を出すのでしょうか。これは、上気道狭窄は医療者側が気づかないと命に関わることもあるからだと思われます。もちろん臨床医学では十分なデータがあればそれを根拠(エビデンスと呼ばれる)として対処をすることが基本なのですが、新型コロナのように刻々と新しい情報が出てくる場合は、十分なデータとはまだ言えなくても「喉頭に炎症が起こることがある」ということは大変重要な情報になります。十分なエビデンスが蓄積する前の段階では、弱いエビデンスである専門家同士の情報も役に立つことがあるのです。過去の経験から新型コロナウイルス感染症で喉頭の強い炎症が起こることはまれなのではないか、という感覚を持つことは良くない、ということを共有できる、ともいえます。
上気道狭窄の診断のための検査は医師にもリスクのある検査
さらに、その背景として、喉頭の確認を行う「喉頭ファイバースコープ」という検査は、患者さんから飛沫やエアロゾルを浴びる可能性のある検査なので、しっかりとした個人防護具を使用した上でおこなう必要があります。(※8)医療従事者は感染すると気づかぬ間に患者さんに感染を広げる可能性があるため、特に新型コロナ感染症の患者さんに対して気軽には行いにくい検査ですが、新型コロナ患者さんの咽頭痛の訴えに対しては、検査のハードルを下げて喉頭の状態を確認する必要があるかもしれません。新型コロナの患者さん側も咽頭痛が強くて息苦しい、というような場合は医師に早期に相談する必要があるということになると思います。
過剰に恐れてほしいということではありませんが、上気道狭窄に気づかないと生命に関わる可能性もあり、念頭に置く必要があるため、学会が声明を出したのではないかと思われました。
新型コロナの患者数が異常に増加するとこういったことも十分に評価して診療することが難しくなる可能性もあるので、何よりこれ以上増えすぎないように個人それぞれができる予防対策(マスク・手洗い・ワクチンなど)を行うことが重要と考えます。
※1
http://www.jibika.or.jp/members/covid19/covid19_220304.pdf
※2 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220303/k10013512631000.html?fbclid=IwAR20qVwv-drGitqaD0WAS9Jw0ezx9Hr79h6eKHFHkTaWLh-qSkYmsen788Y
※3
Omicron and cold-like symptoms rapidly taking over in London. Zoe Covid
Study.16 Dec 2021.
※4
Iwamoto S et al, Auris Nasus Larynx. 2021 Dec. PMID:34986973
※5
Murata Y et al, Pediatr Infect Dis J. 2022 Feb 17 PMID:35185142
※6
CC Lim et al, BMJ Case Rep. 2021 Sep 14 PMID: 34521741
※7
前田陽平 他. 呼吸器ジャーナル 69巻4号
※8
P D Luca, et al, Eur Arch Otorhinolaryngol. 2020 May 6 : 1–3. PMID: 32377857