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弁慶・清宮伝説の始まりを目撃。そして、小沢怜史に見る東海三羽ガラスの可能性

楊順行スポーツライター

それにしても、いいものを見た。

18日の土曜日、春季東京大会の準々決勝。早稲田実の清宮幸太郎が放った、高校第1号アーチである。関東一との5回表、3対5と追い上げた一死二、三塁。ワンボール後の2球目を鋭く振り抜くと、低い弾道の打球がセンターのネット中段に突き刺さった。狭い神宮第二球場とはいえ、相手のオコエ瑠偉中堅手が一歩も動かない痛烈弾は、推定飛距離130メートルだ。

ウエイティングサークルから、風格はあった。1年生としては規格外の体に、バットが短く見える。184センチ、97キロという力強さは、たとえていえば弁慶か。東京北砂リトル時代、エースで三番として世界制覇。その大会では、史上最長の94メートル弾を放つなど、リトル通算では132HRを記録した。調布シニアを経て、早実では入学直後から三番を務めている。父は、ラグビー日本一を達成したヤマハの清宮克幸監督である。  

白状すると実はこの日、

「たまにはビールでも飲みながら野球を見るか」

と、一観客として観戦していた。観客は、春としては異例の約6500人である(第1試合との合計)。根っからの高校野球好きばかりだから、清宮のことはよく知っていて、打席になるとひときわ大きな拍手がわく。結果的にチームは敗れてしまったが、一時は逆転となる特大3ランには、「やっぱり、持っているなぁ」と、満員のスタンド全体が納得したような雰囲気だ。これぞ、大物。デビューからなにかをやってくれるから大物なのだ。ともあれ、これから2年半は続く清宮フィーバーの幕開けを見られたのは幸運だった。

小・中・高校と自転車圏内の地元感がいい

この東京はじめ、春季大会は各地でたけなわ。昨日は、25校が出場する静岡県大会の組み合わせが決まった。優勝候補はセンバツ8強の静岡だが、それとは別に注目の投手がいる。日大三島・小沢怜史(こざわ・れいじ)だ。昨秋の東海大会は準決勝で静岡に敗れ、センバツ出場はならなかったものの、この大会22回を投げて32三振。最速148キロのストレートがひときわ目を引いた逸材である。

その昨秋でべらぼうなのは、県大会の数字だ。8試合58イニングを投げて58三振にはさほど驚かないにしても、自責わずかに2、防御率はなんと0・31である。たとえば常葉菊川との3位決定戦では6回まで完全を続け、わずか1安打完封。この試合だけじゃなく常葉橘、藤枝明誠と、強豪相手にいずれも二ケタ三振だから力はホンモノなのだ。内角に投じ、低めの変化球で料理、というのが三振のパターン。ゆったりしたテイクバックからヒジを柔らかく使い、腕を速く振るフォームの緩急で、打者の体感速度はさらに上がるのだろう。小沢によると、

「藤枝明誠との試合で、左打者のインコースにしっかりと投げることができたんです。それまではあまり得意ではなかったのに、以後の試合でもなぜか、思い切りよく内角を使えました。それで、投球自体が楽になった。思ったような投球ができると、ピッチャーは楽しいですね」

根っからの地元育ちだ。自宅は、学校から自転車で10分もかからない。三島北小時代、父・竜彦さんがコーチを務めるリトルジャイアンツで野球を始め、三島北中では静岡裾野リトルシニアに所属。1歳上の兄・拓馬さんらの代は夏の全国制覇を果たし、小沢らも翌年春の全国選抜では、吉田凌(東海大相模)のいた北播シニアを破るなど、4強に進出した。拓馬さんが一足先に小・中学校からほど近い日大三島に入学すると、自身も同じ道へ。東海大会で準優勝した昨年春以降は、兄が先発し、外野を守る弟が救援という兄弟リレーも話題になった。

ただ、三島の属する東部地区は、静岡球界では分が悪い。甲子園を目ざすなら浜松などの西部、静岡などの中部への進学も視野に入るはずだが、小沢はいう。

「兄とは、グラウンドでも家でも、野球の話はそれほどしないんですが、小学生のころから、高校は日大三島、と決めていた気がします。道をはさんで、小学校の目の前にありましたから」

ライバル・静岡への3度目の挑戦なるか

09年から母校を率いる川口剛監督によると、

「中学の実績では兄貴のほうが上でしたが、1年の冬の時点で球速は兄と遜色なくなりました。投球スタイルは、兄がスライダーを多投するのに対して、まっすぐでぐんぐん押す力投派。いまは力だけではなく、バランスがよくなってきました。落ちるスライダーやフォーク、チェンジアップも器用に操ります」

ライバル・静岡には昨秋、県大会でも東海大会でも大敗した。その静岡は、センバツでもベスト8とさらに成長を示している。小沢は「静岡よりも上積みがないと、連敗した差は埋まらない」と考え、食事合宿や毎日のトレーニングで体を強化。球速150キロ突破を目ざし、体重は74キロから77キロまで増加した。その成果かこの春の小沢は、東部地区予選3試合に登板して1完封含む無失点と、チームを地区優勝に導いた。県大会では、決勝まで進めば静岡とみたび対戦する可能性がある。夏、甲子園に行くには、なんとしても倒さなければならない相手。三度続けて敗れるわけにはいかない。

思い出すのは、中3の夏。友人の親戚宅に泊めてもらい、甲子園を見に行ったのだ。「藤浪晋太郎(現阪神、当時大阪桐蔭)さんの迫力がすごかった」。同じ東海地区では、県岐阜商・高橋純平、豊橋工・森奎真と、県ナンバーワンといわれる右腕がセンバツ出場を果たし、それぞれ存在感を見せている。活躍次第では、この小沢を加えて東海三羽ガラスなどと呼ばれる日がきてもおかしくない。日大三島の初戦は、26日の予定だ。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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