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米国、遺伝子組み換え表示を巡る攻防大詰め

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
米国民の大半が遺伝子組み換え表示を求めている(2012年、カリフォルニア州)(写真:ロイター/アフロ)

遺伝子組み換え技術や遺伝子組み換え食品を世界中に輸出してきた米国。その遺伝子組み換え大国で、遺伝子組み換え食品の表示義務化をめぐる産業界と消費者の攻防が、大詰めを迎えている。

遺伝子組み換え食品は、安全性に対する消費者の懸念が強いことから、日本を含む世界60以上の国で何らかの表示義務を課している。だが、世界最大の遺伝子組み換え大国、米国では、遺伝子組み換え技術で莫大な利益を上げているバイオテクノロジー業界や、食品業界の強い反対で、義務化が見送られてきた。

超党派の合意

こうした中、米議会上院の農業委員会は6月23日、共和、民主両党が遺伝子組み換え食品の表示義務化で合意し、法案の中身を公表した。同法案は近く、上院本会議での採決を経て、下院に送られる見通しだ。

同委員会のステイブナウ議員(民主党)は、「遺伝子組み換え食品の表示が、わが国で初めて、全国規模で義務化されることになる」と述べ、その意義を強調すると共に法案の成立に自信を見せた。

表示義務化で意見の一致を見なかった米議会がここにきて合意に至ったのは、表示義務化に強く反対してきた有力ロビー団体の食品製造業協会(GMA)が、法案への支持を表明したのが大きい。

GMAのベイリー会長は同日、声明を出し、「消費者、農家、事業者にとって常識ある解決策だ」と農業委員会の合意を歓迎し、「これですべての消費者が、食品や飲料の原料に関し明確で一貫性のある情報を得ることができる」と法案への全面支持を表明した。GMAが後ろ盾となったことで、法案が両院で可決・成立するとの見通しも強まっている。

QRコードで「表示」も

あれほど反対していたGMAはなぜ、突然、手のひらを返したのか。

1番目の理由は、法案の中身がGMAにとって都合のよいものだからだ。表示と言うと、ふつうは食品のパッケージに印刷されたものを言う。しかし同法案によれば、QRコードによる「表示」や電話による「表示」も、表示と認める可能性がある。

例えばQRコードの場合、消費者がパッケージに印刷されたQRコードを、スマートフォンをかざして読み取り、そこから情報を呼び出して、その食品が遺伝子組み換え原料を使っているかどうかを確認する方法をとる。電話の場合は、パッケージに記載されている通話料無料の電話番号に電話し、確認する案が有力だ。

つまり消費者は、自分が買おうとする商品が遺伝子組み換え食品なのかどうか、その場ではすぐにわからない。面倒な操作や時間の無駄を嫌い、遺伝子組み換えの有無を確認しない消費者も大勢出てくるとみられる。遺伝子組み換え表示を見た瞬間に消費者が拒否反応を示すことを恐れるGMAは、こうした方法なら、表示することによるマイナスの影響を最小限に抑えられると踏んでいるようだ。

2番目の理由は、遺伝子組み換え表示を義務付ける全米初の州法が7月1日、バーモント州で施行になることだ。同州法は、パッケージに「遺伝子組み換え技術を使って製造されています」「一部、遺伝子組み換え技術を使って製造されています」などと明記することを義務付けている。違反業者には1ブランドにつき1日当たり最高1000ドルの罰金を科すという厳しい内容。

実は、上院農業委員会の法案には、このバーモント州の州法も含め、遺伝子組み換え表示に関するいかなる条例も無効にできる条項が含まれている。今後、バーモント州と類似の州法が他の多くの州でも導入されるとみられているだけに、GMAとしては、中身に多少妥協してでも、早急に「より緩い」(AP通信)連邦法を成立させるのが得策と判断したのだ。

サンダース氏も法案成立阻止を約束

表示義務化を求める消費者団体などは、一斉に、法案の中身を批判している。

表示義務化運動を進めてきた消費者団体Just Label Itのハーシュバーグ会長は「この法案は、パッと見てすぐにわかる表示を求める消費者の声にこたえていない」との声明を発表し、運動の巻き返しを誓った。

有力消費者団体のCenter for Food Safetyは、「法案は、バイオテクノロジー業界から多額の献金を受け取っている議員による業界への返礼だ」とし、法案をまとめた議員を名指しで糾弾。さらに、「法案は、米国人の3分の1に相当するスマートフォンを持っていない人たちや、低所得者、高齢者、インターネットにアクセスできない人たちに対する差別だ」と激しく批判し、法案を廃案に追い込む構えだ。

米大統領選で民主党の候補者指名争いを続けているサンダース上院議員も、「あらゆる手段を使って」法案を阻止すると述べている。

米国では、食品に対する安全性や、その食品がどんな原料でどう作られているのかという、食品に対する「透明性」を求める消費者の声が急速に強まっている。遺伝子組み換え表示をめぐる攻防も、すんなりと決着がつくかどうかは予断を許さない。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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