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クーデター未遂事件後のトルコ ―情報統制の実態をリポートが伝える

小林恭子ジャーナリスト
5月、独ハンブルクで開催されたIPIの世界大会でトルコの言論統制に抗議する参加者

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」(6月号)に掲載された筆者の記事に補足しました。)

昨年7月の軍関係者によるクーデター未遂事件以降、トルコは非常事態宣言下にある。その影響は尋常ではない。

英BBCなどの報道によれば、今年4月末時点で事件に何らかの関連があったとして逮捕された人は兵士、警官、教師、公務員などを含む約4万人。解雇あるいは停職処分を受けた人は12万人を超える。報道の自由を促進するために設置された「国際新聞編集者協会(IPI)」(本部ウィーン)の調査によると、190近くのメディア組織が閉鎖され、150人を超えるジャーナリストが投獄中だ。

トルコのメディアは相当なショック状態にいるのではないかー。テレビやニュースサイトの画面で逮捕される人々の姿を目にする度にそう思った。

4月にイタリア・ペルージャで開催された国際ジャーナリズム祭で、筆者は在オランダのトルコ人ジャーナリスト、エフェ・ケレム・ソゼリ氏からトルコのメディア状況を伝えるリポートがあることを知った。米ペンシルバニア大学の「国際政策観測」というプロジェクトの一環として、2月に作成されたという。書き手はアムステルダム自由大学で博士号を取得したソゼリ氏、米ニューヨーク市立大の助教授ビルジ・イエルシ氏、米ケント州立大学の助教授イーマド・カズラエ氏である。

以下にリポートの内容の一部と、ジャーナリズム祭でトルコ人ジャーナリストたちが描写した現状を紹介してみたい。

未遂事件以前の情報統制

リポートの表紙(一部)
リポートの表紙(一部)

リポート「クーデター未遂事件後のトルコのインターネット政策(Turkey’s Internet Policy after the Coup Attempt)」は事件前後の時期にトルコでどのようなネット政策がとられてきたかを記している。

ネットが普及し出す1993年から2007年は「規制不在」であったという。当時の政府はインターネットという新たな媒体の重要性を十分に認識していなかった。警察や国家組織を侮辱したとして訴追される事件があったり、著作権法違反でウェブサイトの閉鎖が命じられる場合があったが、組織的な統制ではなかった。

トルコでネット規制のための法律が施行されたのは2007年だ。利用者を違法なおよび有害なコンテンツから守ることを目的とした。コンテンツやネットプロバイダーの監視役は通信局であった。

ネット規制法の対象にならないコンテンツについては、政府は刑法を使って国家、政府、軍部を侮辱するオンライン上の言論を犯罪とし、ほかにテロ防止法、著作権法などを盾に規制をかけた。

通信業界の規制組織「情報通信テクノロジー委員会」は、児童をネットの害悪から守るためネット利用者にフィルタリングソフトの導入を勧めた(当初は義務とし、後に任意となった)。また、複数のソーシャルメディアが閉鎖対象となった。この時期、政府はネット利用を組織的に規制するネットワークを築き上げたという。

2つの事件後、統制がきつくなる

2013-16年はさらに検閲がきつくなる。それまでの規制の目的は「家族の価値観を守る」あるいは「国家の統一性を維持する」などだったが、13年に起きた2つの事件が情報統制を厳格化させた。

一つはイスタンブールのゲジ公園の緑地再開発計画に対する抗議運動(6月)が反政府運動に発展した事件だ。その半年後にはエルドアン大統領とその家族、内閣らが関与したとされる巨額汚職事件が発覚し、ソーシャルメディアで情報が流れた。

こうした事件を背景に、与党・公正発展党(AKP)が大多数を占める議会はネット規制法を修正した。個人のプライバシーを侵害したとする苦情を基に、裁判所を経ずに通信局が問題となったコンテンツの削除令を出すことができるようになった。ネットプロバイダーは4時間以内に削除をする義務がある。またウェブサイト自体も国内で運営されているものである限り、通信局が閉鎖することができるようになった。

13年以降、政府はソーシャルメディアに対しコンテンツの削除依頼を次々と出してゆく。

ネット利用者の行動は監視ソフトを使って監視されるようになり、ソーシャルメディアの発言が国家や国家公務員を侮辱している、あるいはテロ組織のプロパガンダ情報を流しているとして、利用者を訴追する動きも増えてきた。

犯罪や政治事件が発生するとサイトを閉鎖したり、接続速度を落とす「スロットリング」手法を用いることで迅速な情報の行き来を妨害する手段も使うようになった。

非常事態宣言下の言論状況とは

昨年7月15日のクーデター未遂事件とは、トルコ軍の一部が武装蜂起した事件だ。

首都アンカラにある大国民議会、軍関連施設、大統領府などが襲撃された。最終的にはクーデターは失敗したが、死者240人、負傷者は2000人を超える惨劇となった。

府はクーデターの首謀者がイスラム教指導者ギュレン師(今は米国在住)であるとしているが、ギュレン師は否定している。7月20日以降、トルコには非常事態宣言が敷かれている。

リポートによると、この非常事態宣言を用いて政府は「仮想敵、特に(少数民族)クルド人を制圧し、自分たちの支配権を固め、対抗勢力」を抑えていったという。

まず、この宣言に基づいて、裁判所による命令を待たずに政府の権限を拡大。こうして数千人規模の国民を処分する道を作った。また、「ギュレン派に支配されている」として規制局をなくしてしまった。同局の業務は情報通信テクノロジー委員会に移動させ、10万以上のウェブサイトを閉鎖した。

クルド人が多く住む南東部でネットの接続自体を全面的に遮断した(2016年9月)こともあった。選挙で選ばれたクルド人の市長・町長らを非常事態宣言の下で拘束した際に、域内で暴動が発生することを防ぐためだったと言われている。10月にも同様のネット遮断が発生し、11月にクルド人の国会議員11人を逮捕した際には、全国でツイッター、フェイスブック、ワッツアップがスロットリング状態となった。

オンラインのハラスメント

オンライン上で政府によるハラスメントにあう人も増えている。

2013年のゲジ公園事件の後、政府はツイッターによって抗議運動が広がったことに注目し、政府についての前向きの見方を広めるため、6000人規模のソーシャルメディアチームを立ち上げたという。

例えば政府を批判するジャーナリストや市民に対し、ツイッター上で「裏切者」、「テロリスト」などのつぶやきを大量に流す。こうした攻撃をかけるのは政府関係者のみならず、親AKPあるいは親エルドアン大統領の若い男性たちだ。人間ではなく、「ボット」(機械による自動発言システム)を使って攻撃的な情報をソーシャルメディア上で広める場合もある。

具体的にはどのような状況になっているのか、ジャーナリズム祭で披露されたトルコ人ジャーナリストの声に耳を傾けてみる。

IPIトルコ支部で働くギュルマン・ハーマン氏によると、トルコのジャーナリストは「5つの段階のいずれかにいる。投獄中か、失職中、自己検閲中、あるいは海外メディアで働くか独立メディアで働いている。自己検閲が最悪だ。自分の一部になっており、取り除けない」。

在フランスのヤブズ・ベイダー氏によると、「90%のトルコのメディアは直接的あるいは間接的に政府の支配下にある」。

イタリア人記者マルタ・オッタビアニ氏は「外国メディアの記者が商店街の経営者に話を聞くだけで、警察に通報され警官がやってくることもある」と話す。

ハーマン氏はインターネットやソーシャルメディアはトルコに住む市民やジャーナリストにとって格別に大きな意味を持つという。既存メディアの大部分が政府寄りのため、「ネットが本当のニュースを広めるために欠かせないツールだ」。大規模なテロ事件などが発生すると、ネットの接続速度が遅くなったり、遮断されたりする。「入手情報がすべて警察あるいは国防当局発になる」という。

在トルコのアルプ・トーカー氏はネットの遮断状況を監視するウェブサイト「ターキー・ブロックス(Turkey Blocks)」を立ち上げた。「国家の緊急事態には独立した声が出にくくなり、政治家が自分たちの都合の良い文脈で語り出す。真実を表に出すジャーナリストの役割は大きい」と語る。

他のトルコのメディアで働くある記者は「上司が投獄中だ」と述べる。明日どうなるか分からない中、奮闘を続けるジャーナリストたちの勇気に強い敬意を感じた数々のセッションだった。

元編集長に「自由のための金ペン賞」

ドゥンダル元編集長(IPIの会議にて、撮影筆者)
ドゥンダル元編集長(IPIの会議にて、撮影筆者)

世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)は6月上旬、南アフリカ・ダーバンで開催された世界ニュースメディア大会で、拘束されているトルコの記者の即時解放を求める決議を採択している。

また、毎年選出する「自由のための金ペン賞」をトルコの「ジュムフリエト」紙のドゥンダル元編集長(現在、ドイツに亡命)に贈った。

同氏は「2015年11月、トルコの諜報機関がシリアの反政府組織への武器輸出を模索しているとした記事で国家秘密漏えいやスパイ行為などの罪に問われ、92日間投獄された」(新聞協会報、6月20日付)。最高裁の決定で釈放されたが、イスタンブールで暗殺未遂事件にあい、今はドイツに住んでいる。

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ジャーナリズム祭でのトルコについてのセッションを以前に紹介している。若干重複部分もあるが、ご関心のあるかたはご覧いただきたい。トルコで警官9000人が停職処分 -クーデター未遂後の言論状況をジャーナリストたちが語る

IPIの世界会議でも、トルコの言論状況が取り上げられた。フェイクニュースの見分け方やドゥンダル元編集長の生の発言が入った話は、「WEB RONZA」をご覧いただきたい(有料サイト・途中までは無料で閲読できる)。「もう一つの事実」と戦うためのいくつかの方法 ゆがんだ言論空間が常態化すると、「事実を直視して物事を考えることができなくなる」

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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