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ダイハツの不正はなにが「不正」で、ユーザーは乗り続けて大丈夫なのか? 元エンジニアが解説します。

安藤眞自動車ジャーナリスト(元開発者)
(写真:つのだよしお/アフロ)

 認証取得不正問題が発覚して以降、ダイハツ車のユーザーさんは不安な思いを抱えているのではないかと思います。奥平社長は「今まで通り安心して乗っていただければ」とコメントしていますが、不祥事を起こした側がそのようなことを言っても、信用できないという気持ちもよくわかります。

 では、本当のところはどうなのでしょうか。少し長くなりますが、解説を行っていきます。

 まず、クルマの開発工程を紹介します(僕が経験した会社の話であり、ダイハツも同じということではありませんが、一般におおむねこの通りです)。

 まず製品企画室で設計構想書が作られ、各設計部門はその構想が実現できるよう、最初の部品を設計します。それがクルマに組み立てられ、最初の試作車が完成します。

 試作車の数は十数台から数十台程度で、それを使って、各種性能試験が行われます。試験の項目は、耐久性能や燃費性能、排ガス性能や衝突安全性能など多岐に渡ります。その段階で「目標重量やコストは達成できているか」「法規要件を満足できているか」などが確認され、未達の項目があれば設計変更を行い、次の試作車に反映します。(ダイハツでは「確認試作車」と呼ばれています)

 僕が現役エンジニアだったのは30年ほど前のことで、こうした試作は4回、行われていました(研究試作2回、生産試作2回)。現在はノウハウが蓄積してきたことや、CAEを用いたモデルベース開発が充実してきたため、試作車を1回だけで済ませるようになったところもあるようですが、いずれにしても、まず試作車で性能要件や法規要件が満足できているかを確認し、未達項目は設計変更して再試験します。

 大学受験でいえば、模擬試験を繰り返し受けるのと同じです。そして模試で合格点が取れてから、量産へと移行するのですが、認証試験の受験は、すべての模試が終了した時点になります。すなわちその段階にある製品は、認証試験に合格するレベルまで作り込まれている(のでなければならない)わけです。

 今回、ダイハツで発覚した不正は、認証試験の手続きにありました。第3者委員会の報告書を読んだところ、「確実に認証試験に合格する余裕を持たせるため」という理由で行われたものも少なくありませんでした。いわば「模試では合格点が取れていたけど、点数はギリギリだし、親からは浪人厳禁と言われて不安になったから、本試験にカンニングペーパーを持ち込んでしまった」というようなもので、実力そのものがなかった(設計品質が法規要件を満たしていなかった)わけではなかったのです(コストや重量の面からは、むしろギリギリで通ることが求められます)。

 以下に不正の一例を載せますが、これなんかは「法規より厳しい速度で衝突試験をしてしまったから、法規の速度でやったように数字を書き換えた」もので、むしろクルマは法規基準より安全である可能性を示唆するものです。

第3者委員会の調査報告書から、不正行為の一例。正直に書いていても認証上、問題のなかった事案です。
第3者委員会の調査報告書から、不正行為の一例。正直に書いていても認証上、問題のなかった事案です。

 また、側面ポール衝突試験を片側だけしか行っていなかったケースもありましたが、実施した左側にはハイブリッド用高電圧ケーブルや燃料配管が通っており、よりリスクの高い側の試験を国交省立会の下で実施していました。もう一方の右側は、国交省が立ち会わずダイハツが実施して書類を届け出るということになっていたのですが、担当者が間違えて左側で試験してしまい、やりなおすにはもう1台、クルマを用意しなければならなくなるため、量産開始が遅れないよう、左側のデータを右側のものとして書類に記載して提出してしまったと報告されています。

 サイドエアバッグを現物のECUではなくタイマーで作動させていた事例もありましたが、対象となったムーヴはその後、J-NCAP(国土交通省と自動車事故対策機構が実施する安全性能アセスメント)の衝突安全評価で4つ星を獲得しており(側面衝突試験は満点の5点でした)、販売された製品の安全性が不足していたわけではないことが確認されています。

国交省とNASVAが発行する「自動車アセスメント」2020年3月版より抜粋。
国交省とNASVAが発行する「自動車アセスメント」2020年3月版より抜粋。

 他の試験でも、タイヤの空気圧や試験前の慣らし走行距離の不正などもあったようですが、その結果から「正規の数値でも認証は通る」という判断をして、やりなおしをしなかった(やり直すと発売時期が遅れる)ということで、「認証を通らない危険なクルマの数値を捏造した」というケースは、報告書に記載されている範囲では見当たりませんでした(※)。

 唯一の例外は、キャストというクルマの側突時乗員救出性能(ドアロックがかかってしまう)ですが、サイドエアバッグが展開するレベルの側突ならば、サイドドアガラスは割れてしまいますから、そこから手を入れてロックを解除することができ、救助作業の妨げになることはないでしょう。

 そういう状況ですので、すでにダイハツ車にお乗りのユーザーが普通に使用している分には、不正が原因で事故が起きたり、事故の際に危険が増すことはない、というのが、元エンジニアである僕の見立てです。

 もちろんだからと言って、不正が許されるわけではありませんし、ダイハツを擁護するつもりもありません。認証手続きに不正があったというのは、ユーザーや役所に対する重大な裏切りですし、全車認証取り消しになっても文句は言えない事案です。

 それでもみなさんに知っておいていただきたいのは、設計現場には「利益のためならユーザーは危険にさらされても良い」と考えるようなエンジニアは、少なくとも係長職より下には一人もいない(たぶん)、ということです。僕はこれまで、各メーカーのエンジニアの取材を30年くらい続けてきましたが、むしろ「自分の設計した製品で、怪我をしたり亡くなったりする人を出すわけにはいかない」と、真摯な姿勢で設計に取り組んでいる人ばかりでした。

 まだ発覚していない事案もあるかも知れませんが、すでにかなり厳正な社内調査は行われているようで、危険な事案があればただちに公表されるはずです。ダイハツにはユーザーさんや販売店さんを不安にさせないよう、正しい情報を詳細かつ直ちに発信していただくと同時に、ユーザーさんもいたずらに不安になるのではなく、冷静に対応していただけたらと思います。

※:エンジン出力が申請書に書く性能に達するかどうか不安だったためエンジンチューニングしてハイオクガソリンを使用したとか、排ガスが”超低排ガス車”認定基準に達するかどうか不安だったから装置に細工したり触媒を交換したりという例はありますが、事故に結びつくものではないので本稿からは除外しました。

自動車ジャーナリスト(元開発者)

国内自動車メーカー設計部門に約5年勤務。SUVや小型トラックのサスペンション設計、英国スポーツカーメーカーとの共同プロジェクト、電子制御式油空圧サスペンションなどを担当する。退職後に地域タブロイド新聞でジャーナリスト活動を開始。同時に自動車雑誌にも寄稿を始め、難しい技術を分かりやすく解説した記事が好評となる。環境技術には1990年代から取り組み、ディーゼルNOx法改正を審議した第151通常国会では参考人として意見陳述を行ったほか、ドイツ車メーカーの環境報告書日本語版の翻訳査読なども担当。道路行政に関しても、国会に質問主意書を提出するなど、積極的に関わっている。自動車技術会会員。

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