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「透明人間」も成功。低予算ホラーを当て続ける男の手口

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
低予算映画を当て続けるプロデューサー、ジェイソン・ブラム(写真:REX/アフロ)

 彼の手にかかれば、石に見えていたものも真珠になる。ハリウッドにおいて、プロデューサーのジェイソン・ブラムは、まさにそんな存在だ。

 現在日本で公開中の「透明人間」は、当初、ユニバーサルが大型予算をかけ、ジョニー・デップ主演で作ろうと思っていたが頓挫したものを、ブラムが新たなアプローチで成功させたもの。また、彼は、M・ナイト・シャマランの近年の復活にも大きく貢献している。ディズニーのもとで作った「シックス・センス」から「ヴィレッジ」まではヒットしたものの、その後は、ワーナー、フォックス、パラマウント、ソニーで立て続けに失敗、行くところがなくなった彼に手を差し伸べたのが、ユニバーサルと配給契約を結ぶブラムだったのである。

 シャマランの場合は本人が製作費を自腹で出しているため、「スプリット」には1,000万ドル、「ミスター・ガラス」には2,000万ドルが費やされているが、ブラムがプロデュースする映画の予算は、基本的に500万ドル(約5億円)かそれ以下だ。続編やリメイクなど、特例でもっともらえることもあるものの、誰もが名前を知る「透明人間」でも、せいぜい700万ドルだった。彼がプロデュースしたいと思っていた「ラ・ラ・ランド」がほかに行ったのも、デイミアン・チャゼルのビジョンを実現するのに、この範囲内では無理だったことが大きい(『ラ・ラ・ランド』には3,000万ドルが使われている)。

「透明人間」は、コロナの影響で劇場公開期間がかぎられたにも関わらず、北米で6,500万ドルを売り上げた(2020 Universal Pictures)
「透明人間」は、コロナの影響で劇場公開期間がかぎられたにも関わらず、北米で6,500万ドルを売り上げた(2020 Universal Pictures)

 お金をかけないからリスクを負うことができ、リスクを負うから新しいことができる。その手法で、彼は、「パージ」「インシディアス」「ゲット・アウト」などホラーを中心に、数々の作品を大ヒットさせてきた。

「このコンセプトが生まれたのは、『パラノーマル・アクティビティ』がきっかけだったんだよ」と、コロナパニックがまだ本格化していなかった今年初めのL.A.で、ブラムは語る(余談だが、彼は『この夏は東京オリンピックに行くんだ』と、旅行スケジュールも見せてくれた)。

「それまで僕は、自分の時間の半分をメジャースタジオの映画、残りの半分をインディーズ映画に費やしてきた。だが、僕は、メジャースタジオの整った配給体制は好きだが、彼らが製作する映画には、同じように感じていなかったんだよね。逆に、インディーズは、作品自体は好きだが、配給までもっていく過程は好きじゃない。作るのはインディーズ、配給はメジャーという形を、僕は、『パラノーマル〜』で初めてやり、とても気に入ったんだ」。

製作費1万5,000ドルの映画が北米だけで1億ドルのヒットに

「パラノーマル〜」を発掘したのは、ハーベイ・ワインスタイン時代のミラマックスを辞めて数年経った頃。独立系プロデューサーとしてやっていくつもりがうまくいかず、この職業は諦めてニューヨークに戻るべきかと悩んでいたところ、イスラエルの無名監督がわずか1万5,000ドル(約150万円)で作ったこのホラー映画に出会った。ミラマックス時代に、「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」の配給権獲得を逃したことを後悔していた彼は、これに賭けようと、メジャースタジオに売り込んで回る。2年の努力の末、ようやくパラマウントに35万ドルで配給権を買ってもらい、いよいよ公開されると、映画は北米だけで1億ドル以上の大ヒットになった。

 作品を見抜く目は、ブラム自身が誇っていることだ。

「それは僕が得意とすることのひとつだと思っている。実際、僕が作った映画のほとんどは、誰にも買ってもらえなくて長年放って置かれたものなんだよ。注目の脚本をライバルと競って獲得する、ということはめったにない。僕は、ほかの人がいらないと言った中から良いものを見つける。『パージ』なんかは、まさにそう。監督に関しても、僕は、その人のフィルモグラフィー全体を見るようにするんだ。ハリウッドでは、その人の最近作で判断する傾向が強く、最近失敗した人とは組みたがらない。それでナイト(・シャマラン)にも『一緒にやろう』と言ったのさ。彼の場合、コケたのは1本だけではなかったが、今も活動する優秀な監督のひとりであることに違いはないから」。

ディズニーで作った「アンブレイカブル」、ブラムと作った「スプリット」の続編であるシャマランの「ミスター・ガラス」は、全世界で2億5,000万ドル弱を達成(2019 Disney)
ディズニーで作った「アンブレイカブル」、ブラムと作った「スプリット」の続編であるシャマランの「ミスター・ガラス」は、全世界で2億5,000万ドル弱を達成(2019 Disney)

「パラノーマル〜」、「パージ」、そして「インシディアス」は、シリーズ化した。業界用語で“フランチャイズ”と呼ばれるシリーズ物は、安定の収入をもたらしてくれることから、ハリウッドではみんなが複数を抱えたがる。

「僕もフランチャイズをうまく管理していきたいとは思っているよ。だけど、僕は、オリジナルな映画を作るのが好き。監督たちにも、最初からシリーズ化を考えるなと言うんだ。すばらしい映画を1本作ることに集中しなさい、と。それが観客に愛されることになったら、続きについて話そう、とね。おもしろい映画を作ることは、難しいんだから」。

ギャラは売り上げ次第。その代わり自由をあげる

 ブラムのモデルで、監督のギャラは売り上げに比例して支払われる。つまり、コケれば長い時間と労力を費やしたことへの金銭的見返りはない。ただし、ブラムは監督に完全な自由をあげるため、「自分の作品をめちゃくちゃにされた挙句に失敗した」という不満が出ることはない。

「450万ドルで製作された「ゲット・アウト」は、北米で1億7,600万ドルを売り上げる大ヒットに。オスカーにも4部門で候補入りした(2017 Universal Pictures)
「450万ドルで製作された「ゲット・アウト」は、北米で1億7,600万ドルを売り上げる大ヒットに。オスカーにも4部門で候補入りした(2017 Universal Pictures)

「何も稼げなかったということにもなりえるし、人生で見たこともないほどのお金を手にできることもありえる。それはみんなに共通の条件。だが、僕は彼らにいろんなものをあげるよ。たとえばファイナル・カット(最終的な編集)の権利。アドバイスもあげるけれど、従う必要はない。クリエイティブ面でのコントロールをもつのは、彼らだから。そうわかっているので、むしろ彼らは意見を求めてくるよ」。

 ホラーで主に知られるが、チャゼルのブレイクアウトにつながった「セッション」や、スパイク・リーの「ブラック・クランズマン」、ロジャー・エイルズのセクハラを語るテレビドラマ「ザ・ラウデスト・ボイス-アメリカを分断した男-」など、シリアスな作品も手がけてきた。「セッション」「ゲット・アウト」「ブラック・クランズマン」では、オスカーにノミネートされている。

 だが、そんな彼でも、毎回必ず当て続けることは不可能。昨年末、アメリカで公開された「Black Christmas」(日本未公開)は北米でわずか1,000万ドルしか稼げなかったし、「アス」は、ヒットはしたものの、観客の反応は分かれた。「『アス』が何についてなのかよくわからなかったという観客がいたのは、プロデューサーとして自分が至らなかった結果」という彼は、プレッシャーがあることも否定しない。

「『パラノーマル〜』の公開時から、映画界はずいぶん変わった。今ではホラーが本当にたくさん作られる。僕らの作品だけでも、2月半ばから3月半ばまでの1ヶ月で、3本もある。そんな中でヒットさせるためには、その映画に行くことをイベントみたいにし、盛り上げないといけない。昔はそんなことを心配しなくてもよかったんだけど」。

 その上、今では、コロナでそれ以前の心配が出てきてしまった。しかし、ブラムは、コロナパニックの中、L.A.での撮影開始に向けてのプロトコル作りを率先して行っている。まだ撮影再開には至っていないが、いざ始まったら、また数々のおもしろい映画を作ってくれることだろう。その日を待ち望んでいる新しい才能は、たくさんいる。そうやって完成した作品を、映画館でほかの人たちと体験できる日が、今から待ち遠しい。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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