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「一斉退職」前にやってみよう! 年度末までにできる保育士の残業代請求の方法

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:ideyuu1244/イメージマート)

 保育士の一斉退職がここ数年で増加している。特に相談が集中するのは、2月、3月など年度末である。

 保育現場では、人員不足や低賃金の問題などはもちろんだが、休憩が取れない、残業代が払われないなどの明らかな労働基準法違反が多発しており、一斉退職の一つの要因となっている。

 筆者はこれまで、労働組合を通じて、保育園の改善を追求して、一斉退職を回避する方法について紹介してきた。

参考:「保育士一斉退職」の前に 辞めずに保育園を改善させる方法とは

 今年もすでに退職を決断してしまった保育士も多いだろう。だが、退職の前に立ち止まって、やってみてほしいことがある。残業代の請求と、その証拠集めだ。

 働いた分の賃金を請求していくことは、労働者の当然の権利である。辞めることを決意したとしても、最後に権利を行使して、未払い残業代を請求することは十分可能だ。介護・保育ユニオンの実例によれば、保育職員一人につき数十万円から100万円以上の未払い残業代を経営者から払わせたことも珍しくないという。

 また、残業代を取り戻すことが、保育園の長時間残業や、休憩が取れない過重労働の改善につながり、結果的に一斉退職しなくて良くなる可能性もある。

 とはいえ、未払い残業代を請求するには証拠が必要だ。そして、その証拠は、保育園に残っている間にしか集められないものも多い。そこで今回の記事では、保育労働者が未払い残業代を請求するために、在職中にやっておくことのできる実践的な対策を紹介していきたい。

退勤時やシフト後の残業代が払われていない場合 

 保育園で残業代が払われない典型は、子どもの退園後やシフトの時間の終了後に、タイムカードを切ってから残業するよう上司から言われたり、またはそれが慣習となったりしているというケース。

 事前申請のない残業には、残業代を払わないという保育園も多い(タイムカードに正確に残業時間が記録されているのに、残業代が払われていない保育園の場合は、本記事の(5)まで読み飛ばしてもらって大丈夫だ)。

 こうした職場では、まず何より重要なのが労働時間の記録を残すことである。

(1)タイムカードは実際の労働時間で記録する

 第一に、実際に退勤した時間でタイムカードを記録することが大事だ。「タイムカードを切ってから残業するように」という指示や慣習、事前申請のない残業は残業として扱わないというルール自体が違法であり、正確な時間でタイムカードをつけるべきなのは当然だ。実践的にも、こうしたルールに従ってしまうと、タイムカードという証拠としての能力が絶大な「武器」を、みすみす失うことになってしまう。

 会社の決まりに反することでも、勇気を持って堂々と記録してみてほしい。違法なのは会社のほうなのだ。

(2)実際に働いた労働時間でタイムカードを記録したら注意された場合

 ただ、そのようにタイムカードを切れば、園長や管理職などから注意を受けることがあるかもしれない。そのときは、彼らの発言を以下のように携帯電話やICレコーダーで録音しておくことが大事だ。

保育士:「なんで、残業をする前に切らないといけないのですか」

園長:「うちではそういう決まりになってるの、知ってるでしょ」

 園のルールで、残業をする前にタイムカードを切らないといけなかったことを証拠に残しておくことがなぜ大事なのか。それは、未払い残業代を請求したあと、経営者は「労働者がタイムカードを切った後に、勝手に残っていた」などと反論をしてくることが多いからだ。その際に、園の指示の証拠があると、交渉が有利になる。

(3)どうしてもタイムカードを正確に記録できない場合

 以上の発言の証拠を集めつつ、やむを得ない理由で、どうしてもタイムカードでの正確な退勤時間での打刻ができなくなってしまった場合は、どうすればいいだろうか。

 例えば、残業して退勤する際に、園長や管理職が園に残っているようだったら、帰る際に挨拶し、そのやりとりを録音し、時間ごと記録しておくというのも手だ。その場に園長や管理職がいないとしても、できるのであれば、LINE、電話、ショートメッセージやメールなどで園長や管理職に退勤の連絡を毎回伝えるという方法もある。

 それも難しいようなら、メモなどの記録で証拠を残しておくこともできる。ラインなどで誰かに出退勤時にメッセージを送る、専用のTwitterアカウントを作って出退勤の記録をつける、職場の時計の写真をとる、などのやり方もある。

 そもそもタイムカードがないという職場も少なくないが、その場合も上記のような方法で時間の記録を残しておくとよい。

 ただし、これらの証拠だけでは経営者側が反論されることが予想されるので、タイムカードをできるだけつけておくことをお勧めしたい。

(4)タイムカードの記録がない時期の残業代を請求したい場合

 もう退職までの時間があまり残されていないが、タイムカードの記録できていない時期の残業代を請求したい場合はどうしたらいいのだろうか。この場合は、難易度はやや上がってしまうが、平均的な業務内容と所用時間を書き出して、タイムカードのある期間の証拠とセットで主張していくこともできる。

(5)業務内容と所要時間のリスト化

 苦労してタイムカードや労働時間の記録を集めたにもかかわらず、そこに記録されている時間に業務しているはずなどないと強弁する経営者もいる。こうした経営者に備えるために、労働時間の記録があろうと、(4)の場合と同様に、業務内容と所要時間の書き出しを念のためしておくに越したことはない。

休憩時間が取れていない場合

 次に、見落とされがちだが、休憩時間中の未払い残業代の請求について説明しよう。労働基準法では、8時間を超えて働く労働者には1日1時間の休憩を与えることが経営者に義務づけられている。休憩が取れていなければ、使用者はその時間分の残業代を払わなければならない。こうした違法行為がまかりとおっている保育園は驚くほど多い。

 典型的なのは、園児の昼食や午睡(昼寝)の時間帯が、職員の「休憩時間」として扱われているというパターンだろう。そのときに園児と一緒にご飯を食べていたり、午睡中の園児を寝かしつけたり見守ったりしていれば、それは法律上の休憩時間とはらない。その時間は給料の発生するれっきとした労働時間だ。労働法上の「休憩」とは、完全に労働から解放された時間でなければならないのだ。

 ただ、休憩が取れていないことの証拠がなければ、やはりこれらの労働はなかったことにされてしまう。休憩時間をタイムカードに記載できる場合は、残業代の場合と同様の対応が可能だ。システム上で可能なのであれば、できるだけこれを追求すべきだろう。

 しかし、多くの職場では、タイムカードの打刻に休憩時間が反映されないことが多い。そのため、より工夫して証拠を用意する必要がある。

 簡単なのは、メモなどで自分で休憩時間を記録することである。休憩中にどんな作業をしていたのか、実際にかかった時間とともに記録しておくと良い。しかし、メモだけでは、経営者は「そんなに働いていないはずだ」など実態を無視した反論を平然とする場合もある。より強力な証拠としては、園長や使用者などに、「休憩が取れていない」という事実を認めさせ、録音をとることが不可欠だ。

 では、どんな録音をとればいいのだろうか?

(1)休憩が1時間未満しか取れておらず、園長がそれを把握している場合

 例えば休憩時間が30分間しか取れない保育園で、園長がそのことを把握している保育園の場合は、どうすればいいだろうか。こんなやりとりができると良いだろう。

 保育士:「うちでは、毎日休憩30分しか取れてないですよね?」

 園長:「そうだけど、保育園はどこもそんなものだから仕方ないよ。」

 保育士:「なんとか30分以上取れないですかね。」

 園長:「なかなか難しいね。」

 何気ない会話であるが、休憩が30分しか取れていないことを園長が認めている立派な証拠になる。

(2)園児と一緒の昼食や午睡の時間が「休憩時間」である場合

 保育士が、園児と一緒に過ごす昼食や午睡の時間が「休憩時間」とされている保育園の場合はどうすれば良いのだろう。例えばこんな受け答えができれば理想的だ。

 保育士:「うちの園の休憩時間って、お弁当や午睡のときだけですよね?」

 園長:「ほかにとれないからね。」

 保育士:「お昼ご飯は子どもと一緒に食べているし、午睡のときも一緒にいますよね。」

 園長:「そうだね。」

 具体的な園の状況にもよるが、このパターンは応用可能だろう。介護・保育ユニオンによれば、「保育士の皆さんには、子どもたちが寝ているときにその横で一緒に休んでもらうことに意味がある」などとわざわざ放言した園長もいるというが、即「アウト」だ。

(3)それ以外のパターン

 違法な休憩の証拠が残りやすいのは、「休憩時間に職員会議が開かれる」というパターンだろう。議事録などに会議の時間の記録も残っていることが多い。携帯電話のカメラで写真を撮るなりしておこう。会議を録音しておくのも手だ。

 なお、「休憩時間に書類仕事などをしていて、休憩が取れていない」という相談も多い。なんらかの事情で子どもが退園した後やシフト時間後に残業をできないために、休憩の時間帯に働かざるを得ないうケースも見られる。しかし、この場合の証拠を残すのは簡単ではない。相当な工夫が必要だ。

 今後の残業代請求という観点から言えば、書類仕事は休憩時間中におこなわず、子どもたちがいない退園後の時間帯にするに越したことはない。もし書類仕事での残業が認められないのなら、すでに紹介した残業代請求の方法を参考に対応してほしい。もちろん家庭の事情で残業をしたくないという人もいるだろう。その場合は、人員補充や書類仕事の簡略化などを要求して、改善をしていく方向を目指すことになる。

(4)具体的な休憩時間を記録する方法

 より休憩時間の証拠を確実にする方法を追求したい場合、次のような手もある。休憩時間に入るとき、終わったときに、園長や管理職に毎回口頭で報告し、その報告をその時間の記録とともに録音するのだ。これができれば、休憩時間が具体的に計算できる根拠になる。なかなか難しいが、やるだけの意義はあるだろう。

労基署だけでは不十分! 払わせるための「プレッシャー」が必要

 証拠集めができたら、いよいよ未払い残業代を請求していくことになる。

 残業代は個人で請求することもできる。ただ、個人で請求しても、経営者が払わず無視されることがほとんどだ。その場合、労働基準監督署に申告するのが一つである。残業代未払いは労働基準法第37条違反として、労基署が違法行為として経営者を取り締まり、残業代を払うよう指導してくれる。

 しかし、ここで注意が必要なのは、労基署が経営者に対して指導することと、実際に経営者が残業代を支払るかどうかは、また別問題であるということだ。労基署が払うよう指導しても、経営者が実際には払わなかったり、少ない額しか認めないということがある。

 労基署が「未払い残業があることは認めますが、具体的にどれだけの時間・金額なのかは社長と保育士さんで話し合ってください」という指導だけをする場合もある。こうなると、立場の弱い保育士個人は困ってしまう。

 非常に残念なことに、国家公務員であるはずの労基署の監督官が経営者に萎縮してしまい、証拠もあるのに指導をしてくれないケースまである。証拠が少ない場合は尚更で、休憩時間の取得についても及び腰で、なかなか認めようとしないのが実態だ。

 では、どうすればよいのか。経営者に未払い残業代を払わせるための「プレッシャー」をかけるか、法的な手続きをとる必要がある。具体的には、介護・保育ユニオンなど個人で入れる労働組合による団体交渉や、弁護士に相談して裁判を起こすなどの方法である。あくまで、労働者自身が声を上げて、会社と争っていくことが必要である。

 また、一緒に請求する保育園の仲間が多い方が効果的だ。人数が多い方が、「払わないとまずいことになりそう」「改善しないと、今後も同じことを請求してくる保育士がいるかもしれない」などと、経営者を未払い残業代を払わざるを得ない状況にさせやすいと考えられる。ぜひ、同僚にも声をかけてみることをお勧めしたい。

退職してからも請求できる 保育園の改善につながる可能性も

 働いている園に対して残業代を請求することに、心の準備ができないという人もいるかもしれない。少なくとも、在職中に証拠さえ取っておけば、退職後からでも請求は可能だ。残業代の請求には時効がある。現時点では過去2年間分を遡って請求できるのだが、法改正によって2022年4月以降からは、2年以上の分を遡って請求できるようになる。

 また、過去の未払い残業代が払われることは、保育園の労働条件が改善されるきっかけになるだろう。今後の残業代が払われるようになる、休憩が1時間取得できるようになる、人員が増えて残業が減るなどの改善も期待できる。その結果、退職しないで済む可能性もある。

 本記事では具体的な方法を列挙したが、自分も請求したいと思った方は、まずは専門家に相談してみることをお勧めしたい。本記事の証拠の取り方も、例に過ぎず、保育園によって様々な方法が可能だ。あきらめずに権利行使をしてみてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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