全国紙がローカルメディアに敗れた理由 イノベーション=技術革新という「誤解」
ウェブジャーナリズムの頂点を決めるイベント「ジャーナリズム・イノベーション・アワード2016」(主催・日本ジャーナリスト教育センター)を3月12日開催しました。首都大学東京渡邉英徳研究室・沖縄タイムス社・GIS沖縄研究室が共同制作した「沖縄戦デジタルアーカイブ」が最優秀賞を獲得、渡邉さんは2連覇、予選を突破した朝日・読売・日経の3全国紙は頂点に立つことが出来ませんでした。
朝日新聞デジタル編集部の「築地 時代の台所」が優秀賞でしたが、もうひとつの優秀賞は宮崎のローカルメディア「宮崎てげてげ通信」との差はたった一票。その後に、さらに一票差でブロガーで投資家の山本一郎さんが迫っていました。なぜ、ローカルメディアやブロガーに敗れたり、僅差に迫られたのでしょうか。
カオス、文化祭、天下一武道会
アワードは、良質なウェブジャーナリズムを後押ししようと、筆者が仲間とつくる日本ジャーナリスト教育センターが昨年から行っています。ジャーナリズムの賞は、新聞協会賞や日本民間放送連盟賞などがありますが、ウェブに特化したものはありませんでした。
誰もが発信できるというウェブの特徴を生かし、新聞社、テレビ局、ネットメディアから、ローカルメディア、NPO、ブロガーや研究者まで、組織や個人を問わずに参加することができます。ソーシャルメディアで有名なヨッピーさんや山本一郎さん、新聞社、NHK、ヤフーニュースの担当者が、同じ場所で自らの作品を説明します。
ブースの広さは同じ、場所は抽選で決まるため、隣にライバル社がいたり、ブロガーと巨大なメディアが並んだりと、カオスな状況が生まれます。出展者の「伝えたい」という気持に来場者が巻き込まれ、交流や会話が起き、会場が熱気に包まれるため「文化祭」「縁日」など様々な言葉で形容されています。
- プログラミングは、伝えたい情熱を増幅する。〜ジャーナリズムイノベーションアワードが文化祭みたいで面白かった件〜(境治)
- あした、「ジャーナリズム・イノベーション・アワード2016」とかいう縁日に出展します(やまもといちろう)
もうひとつの特徴は賞を決める手法です。来場者にシールがひとつずつ配布され、展示を見て、説明を聞いて、気に入った作品に投票を行います。上位6チーム(昨年は5チーム)でプレゼンを行い、投票によって最優秀賞が1作品、優秀賞が2作品選ばれます。
審査は、業界関係者や識者が密室で決めるのではなく、完全にオープンに行われます。ガチンコの戦いは、ジャーナリズム界の「異種格闘技」「天下一武道会」と呼ぶ人もいます。
本気を見せた全国紙
総投票数307のうち23票を獲得して予選をトップ通過したのは「沖縄戦デジタルアーカイブ」。次いで日経の「データディスカバリー」(22票)、朝日の「築地 時代の台所」(18票)、読売の「検証・戦争責任」、宮崎てげてげ通信の「2015年テゲツー!で最もよまれた記事は?」、山本一郎さんの「山本一郎、戦いの軌跡」が、それぞれ17票を獲得してプレゼンに進みました。
昨年予選を突破したのは、ヨッピーさん、岸田浩和さん、渡邉さん、沖縄タイムスとNHKの5チーム。既存メディアは2社で、全国紙はゼロだったので大きく様変わりしました。
その理由についてある全国紙の担当者は「昨年はよくわからないイベントだと思って参加したが、予想以上に多様なジャーナリズム作品に出会い、予選に落ちて負けられないと思った」と強くリベンジの気持があったことを話してくれました。
昨年は一票差で惜しくも予選落ちした日経チームは、応募が始まるとすぐにエントリーがありました。表彰式の後に話を聞くと、朝日新聞も予選が突破できなかったことから準備して臨んだとのことでした。読売新聞も社を上げて取り組んだ作品で、本気度が伝わるものでした。
明暗を分けたプレゼン
全国紙が優勢かとおもいきや、プレゼンの結果は異なるものでした。
沖縄チームが他を大きく引き離す62票を獲得。朝日は25票、宮崎てげてげ通信は24票で優秀賞。山本一郎さんが23票、日経、読売はそれぞれ21票、16票でした。票を集めたファイナリストたちはプレゼンで何を語ったのでしょうか。
一番手で登場した山本さんは、パワーポイントを使わずに「知りたいことに対して忠実な人生を歩んで頂きたい。知りたいなら質問するべきです。おかしいと思ったら直接本人に電話するなり、メールするなり、してほしいんです。それで初めてわかることはたくさんあります。それが人生、いい社会につながります。このあと私より優れたものを真面目に作られた方が続きますので、是非まじめにきいてあげてください」と呼び掛け、最前列でプレゼンを真剣に見つめ、拍手を送っていました。
宮崎てげてげ通信の長友まさ美さんは、「自分たちの街は、自分たちで作りたい。若い子たちがどんどんチャレンジできる文化を創り上げるために、まずは宮崎を知ってもらわないと始まらない」と、地元メディアを立ち上げた想いを話しました。スライドには「人と人を繋げ、豊かな宮崎を創る」や「宮崎をもっと魅力的でチャレンジしやすい街に」といった言葉が記されていました。
最後に登場した渡邉さんは静かに語り始めます。「被爆者、被災者という言葉。特別な人がいるのではなく、我々と同じような普通の人がいきなり戦争体験者という特別な人に変わってしまう。それが戦争であることを表現したくて、このコンテンツを作りました」。そして「私たちと同じような日常を過ごしていた人にとっての出来事として、沖縄戦を捉えてほしい。それは基地問題や震災の問題につながっていることを感じてもらいたい」と訴えました。
一方で、朝日・読売・日経は、どのように取材したのか、導入された技術により何が出来るのか、という話が中心でした。
結果を見れば「何のために伝えているのか」を明確に説明したところが評価されたのです。これは、ジャーナリズムの本質に大きく関わることです。
イノベーションという言葉に惑わされる
結果を受けて、イベントの名前にもなっている、イノベーションというのは何だろう、ということを考えました。イノベーションという言葉は、技術革新と誤解されていると指摘されてきました。イノベーションという言葉を生み出したシュンペーターは、経済活動の中で生産手段や資源などをそれまでとは異なる仕方で「新結合」することと指摘しています。
ジャーナリズムをめぐる環境は大きく変化しました。ソーシャルメディアの登場により誰もが発信するようになり、コンピュータの容量があがり、グラフィックツールや解析ツールが生まれ、高度な表現が可能になりました。VR(バーチャルリアリティ)も注目されています。しかし、これらの技術の進化は伝えるための手段でしかありません。
同時開催したデジタルジャーナリズム・フォーラム2016のゲストで来日していたジャーナリストの菅谷明子さんからは、ユーザーデベロップメント(読者開発)や記事の拡散について多くの議論が行われているが、肝心のコンテンツやジャーナリズムとは何かをもっと議論すべきではないか、と問いかけられました。「日本の既存マスメディアの関心がそこにあるからでは」と回答したのですが、アワードの結果を見てハッとするものがありました。
既存マスメディアは、テレビや新聞という太いパイプを構築し、読者開発や拡散について考えていなかったので手段に注目してしまっていますが、メディアを手に入れた個人や小さな組織、NPOは伝えたい事があるからメディアを使うのです。ジャーナリズムのイノベーションという言葉に惑わされていたのかもしれません。
アワードの優勝チームは、去年の優勝と2位のチームが地方紙と大学という異分野でコラボレーションしたものです。地方新聞だけでは出来ないこと、大学の研究室だけでは出来ないことを、コラボレーションすることで実現しています。
ひとつひとつの証言を確認して事実を積み重ねた沖縄タイムスの取材力、渡邉英徳研究室とGIS沖縄研究室による技術や表現により、戦争や震災といったニュースになる出来事は決して特別ではなく、日常の中にあるという訴えは、ニュースの本質を突いたものでした。まさしく新結合によって出来上がったイノベーティブな作品でした。
何のために伝えるのかをしっかり見つめたら、技術をどう使うのか、発信するユーザーとどう組んでいくのか、足りないところをどう補うのかという結合の方法が見えてくるでしょう。
想いを、真っ直ぐに伝える
終了後には何人かのアワード出展者から「どうやって見せよう、アピールしようと考えすぎた」という反省の声を聞きました。手段に重きを置いてしまったのは既存マスメディアだけではありませんでした。ブロガーのふじいりょうさんは下記のようにツイートしています。
目の前の読者と向き合い、想いを真っ直ぐに伝えられるか、ジャーナリズムの本質を主催者としても改めて考えさせられたアワード。出展者の皆さんは「次回に向けて良い作品を作ります」と全国に帰って行きました。大手紙はさらにパワーアップし、ヤフーニュースなどのネットメディアもさらに本腰を入れてくるでしょう。ローカルメディアの担当者や個人からは「大手は凄いけれど、小さな組織や個人でも出来ることがある」と話してくれました。来年のお祭りでまた会いましょう。