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オバマに「夢は?」と訊かれた女学生が作った「日中韓Happy」 政治とメディアがダメなら若者が動こう

木村正人在英国際ジャーナリスト

立命館大学4回生、冨田すみれ子さん(22)は米音楽プロデューサー、ファレル・ウィリアムズのHappyのリズムに合わせて日中韓の若者でダンスを踊ってみようと考えた。

名づけて「日中韓Happy」。政治やメディアのいがみ合いがそれぞれの国の市民感情にまで影を落とし始めた。冨田さんが暮らす大阪でも在日の人たちにヘイトスピーチが向けられる。

「同じ人間なのに、どうして忌み嫌い合わなければならないの」

冨田さんの言葉は、筆者がサッカーのボスニア代表元主将・監督ファルク・ハジベジッチ氏に「どの民族の出身ですか」とたずねたとき、「私は人間だよ」と答えたのを思い出させた。

ボスニアは1990年代、3民族が血で血を洗う内戦に突入、20万人の死者を出した。ヘイト(嫌悪)に笑顔で立ち向かってみよう。冨田さんの呼びかけに日中韓の若者約100人がHappyを笑顔で踊った。

オバマ大統領と握手する冨田すみれ子さん(冨田さん提供)
オバマ大統領と握手する冨田すみれ子さん(冨田さん提供)

冨田さんは今年4月、来日したオバマ米大統領のTOMODACHIプログラムに参加した。オバマ大統領の言葉の中で冨田さんがとても勇気づけられ、今でもお守りのように大切にしている言葉がある。

「あなたたちが成し遂げられることに限界はない。私は信じている。あなたたちの一人ひとりが違いをもたらすことができる、と。あなたたちが全身全霊を捧げれば、必ず成し遂げることができる」

オバマ大統領と握手した際、冨田さんは「あなたの夢は何か」と尋ねられた。その時、オバマ大統領に伝えた夢を達成しようと、大統領の言葉をお守りに努力している。冨田さんにテレビ電話サービスを使ってインタビューした。

――オバマ大統領の言葉は日中韓Happyを作るのに影響を与えましたか?

「米国史上初のアフリカ系大統領。そこまで辿り着くにはたくさんの障壁があったでしょう。それらをすべて乗り越えて来た彼にこそ言える言葉であったと思います。だからこそ私も、自分に自分で制限を課さず、こんな自分でも少しずつ小さな努力を重ねて行けば世界を変えれるんだと信じて努力したいと考えています」

「日中韓Happyもその一つであったのではないかと思います。以前から写真や映像を通して伝え、そしてきっかけを作りたいと言ってきましたが、やっとHappyで少しだけ一歩を踏み出せたのではと思います」

「オバマ大統領と出会った経験を通し、すべては一つ一つの経験や努力の積み重ねであり、人と人とのつながりであるということを再確認しました。今まで自分を支え、巡り合わせてくれた周囲の人々に感謝することを忘れてはならないと思いました。私が今、学生として享受しているすべての経験は、将来の自分のキャリアに活かして社会に貢献し、還元するために存在すると強く感じました」

――なぜ、日中韓Happyの動画をつくろうと思ったのですか?

「ずっと日中韓の政府同士の関係は難しかった。最近、日本でも市民レベルでのヘイトスピーチが起きています。韓国や中国でも反日の動きが高まっています。歴史問題や政治問題の難しさはありますが、それぞれの国の市民同士が仲良くできるよう、どうにかしたいなと思ってHappyをつくりました」

――日本、韓国、中国それぞれの若者の反応はどうでしたか?

「すごく良い反応が返ってきました。反対の声も返ってくるかと最初は思いましたが、やろう、やろうと言ってくれました。ダンスをするのが恥ずかしいから私やめとくという子はいましたが、日中韓Happyというコンセプトに対する反対意見はありませんでした」

「日本に来ている留学生なので親日の子が多かったということがあったのかもしれません。自分たちがどうにかしていこうという気持ちがあると感じました」

――製作で苦労されたことは?

「Happyに合わせて踊ろうというのは、米国発、ヨーロッパ、南米など世界に広がりました。日本ではご当地Happyとして3~4月ごろに広まりました」

「そのうちテーマを持ったHappyが出てきて、その例がパレスチナ自治区のガザや、福島第一原発事故のあった福島のHappyです。この曲に合わせてたくさんの人が踊る動画が広がり、困難な状況でも明るく生きる姿を世界にアピールしていました」

「福島Happyでは、福島から連想されがちな原発の話や、メディアで扱われるとき、福島は暗い話題が多いですが、実際に福島で暮らす人たちは少し違うなと感じています。それを言葉でなくて音楽やダンスで表現しているのがHappyかなと思います」

「だから言葉で表現せずに、テロップも入れたり、説明を動画の中に入れたりすることもできましたが、それをあえてせずに笑顔とダンスだけで伝えるというのがHappyのできることかなと考えました」

「最初は私の友達で、国際会議やセミナーに参加して日中韓の問題を解決したいという思いを描いている人たちに声をかけたり、純粋にダンスを趣味としてやっていたり、部活としてやっていたりする子たちに声掛けしたりしました」

「そこからつながって友達の友達で、韓国、中国の留学生、私が米国に留学していたときの韓国、中国の留学生に頼んで韓国や中国から踊っている動画をメールで送ってもらいました」

「参加してくれたのは100人ぐらい。5月末に撮影をし始めて、7月真ん中に編集が終わりましたので1カ月半ぐらいかかりました。私1人で企画、撮影、編集をしたので自分が違うことに集中してしまうと滞ってしまう。強い思いを持っていないとやり通すことは難しかったと思います」

「やはり悩みますよね、ナショナリズムの問題であったりとか、国旗を使う、使わないでずっと意見の食い違いがあったりして悩んだこともたくさんあったんですね。センシティブな問題なのでかなりバッシングを受けることは最初から覚悟していました」

「それで私がバッシングされるのは良いんですが、参加者に被害が及んだりすれば、私は責任を取れないし、私の望むことではありません。みなさんに顔出しで踊っていただいているので、少し怖くなったりとか、途中で悩んでどうしようかなと思ったりすることもありました」

「みなさんの理解があって撮影も編集も最後まですることができました。ナショナリズムの問題が一番深く悩んだところではあります」

――ナショナリズムをどうとらえていますか?

「難しい問題ですね。すべての国がそうだと思いますが、自国へのナショナリズムであったり、誇り、愛情を持っていたりします。ナショナリズムと歴史問題は深くかかわっていると思うんです。それぞれの国の人たちはそれぞれの国の視点を持っていて、歴史教育を受けて育ってくるわけなんです」

「3カ国の若者が1つのものをつくる上で意見の食い違いは出てくると思うので、そういうのをとっぱらってHappyを作りたかったのですが、そういうものを無視できないところもありますので、難しいですよね」

「歴史問題以前に、若者たちだけではなくて日中韓の人々全員が何で人間として相手をとらえて、ちゃんと仲良くできないのかなと思います。相手が韓国人だからとか中国人だからとかという理由だけで嫌ったりするのは、それは違うなと1人の人間として思うので、だから日中韓Happyの形でまとめたんです」

――大阪では人権教育が熱心に行われていました。僕が中学校のとき、不良の男の子が卒業式に日本名ではなく、本名で呼ばれて、大きな声で返事して卒業していきました。もう37年も前の話なんですが、今でも鮮明に覚えています

「私は小学校のときに韓国名を持った友達がいて、その子のお母さんが非常に熱心に私たちに韓国の文化を教えてくれました。トックとかチヂミを配ってくださったりとか、韓国のオモチャをみんなでつくったりとか、お母さんは彼が馴染めるように一生懸命やってくださっていたんです」

「それをすごく鮮明に覚えていて、学校で韓国語の歌とか歌っていました。そういう教育を受けてきたので、小学校からみんなで仲良くしようという気持ちがあったと思います。本当に小さい頃からの考え方だと思います」

――高校のころ参加された日韓青少年平和討論会ではどんな議論をしましたか?

「高校3年のときが初めてでした。韓国と日本のグループがそれぞれプレゼンテーションを行うんです。フォーラムが始まる前に自国で研究をしてくるんですが、私のグループは教科書問題についてやりました」

「私が持っていた小学校や中学校の教科書や他の中学、高校の教科書を徹底的に調べて、慰安婦に関する記述が何文あるかとかページ数をどれだけ割いているのか調べて、それを韓国の教科書と比べて、どうあるべきなのかという点について発表しました」

「韓国の高校生も歴史問題、教科書問題など本当にさまざまなことを発表しました。トピックスは自分で決められます。その後、質問プラス討議になりました」

――教科書はセンシティブな問題ですね

「本当に議論が止まらないぐらい白熱しました。韓国の高校生は感情的になってしまうことがあるので、大変でした。私たち冷めすぎているのかなという感情を抱くときもありました。私たちこんなので大丈夫なのかな、何も知らないぞというのが日本側の感想でした」

「そのときはそう思いましたが、おそらく韓国の若者がそう思っていたのだと思います。知っていることと知っていてほしいことは違います。だから韓国の若者は日本の若者は何も知らないなとなってしまうんだと思います」

――議論を通して解決の糸口は見えましたか?

「みんなが真剣になって、感情的になってまで議論していることが希望に見えました。私は楽観的な人間なのかもしれませんが、これだけ日韓の若者が真剣になって自分たちの国と相手国の未来を議論できるというのなら、これを続けていったら状況はすごく良い方向に行くんじゃないかなと私は思いました」

「しかし、それはフォーラムの中だけのことなので、それを歴史問題の解決に持っていくのはかなり難しいところはありますが、私は議論を続けていったら状況はすごく良い方向に行くんじゃないかと思いました」

――韓国の若者は日本の若者のどこが問題だと感じていると思いますか?

「日本の若者が知らない、国が教えていないことが問題だと思っています。そして知ろうとしていないと彼らは感じていると思うんです。プロパガンダだったり、歴史教育だったりしますけれど、被害者側として彼らはこういうことがあった、こういうことがあった、絶対に忘れちゃあいけないんだ、繰り返しちゃあいけないんだというのはあるんです。しかし、日本の若者としてはもう少し冷静になって話し合おうと感じます」

「私が小さいときと今でかなり状況が変わってきていると感じています。文化的な交流の面で小学生のときにサッカーの日韓W杯があった。音楽とかドラマの文化面での交流が盛んになりました。以前と以後では日韓関係は形を変えていると思います」

「日韓の討論会に参加したときは、韓国の歌手やドラマが毎日のように流れていたので、文化的な交流を超えたいというのは韓国の若者の中には強くありました」

「文化的な交流はもうたくさんだ。本質的なところを変えていかないと何も変わらないから、もっと真剣に歴史問題に向き合ってくれというのがあったと思います」

――韓国の側に日本の若者に歴史責任を求める声はあると思いますか?

「たくさん韓国の友達がいますが、歴史問題にすごく関心があったり、まったくなかったりという子もいます。一概に韓国の若者がこうだとまとめることはできませんが、歴史責任を求めているように感じます。やはり責任を求める声はあります」

「私たち日本の若者にも知る責任はあると思います。私たちは学ばなければいけないし、自分の国が何をしたかはしっかり学ばなければいけないんですが、私たちが謝罪をするかは別問題です」

――韓国の朴槿恵大統領と日本の安倍晋三首相は音信不通になり、日本の主要メディアは右と左が激しく対立しています

「日本の主要メディアがお互いの悪口を言い合うというのは、はっきり言ってすごくみっともないです。1面で他社の批判を堂々と書くぐらいなら、他にもっと書くことがあるんじゃないのと思います」

「1面でわざわざ悪口を言い合う必要がありますかと私は思いますね。ヘイトに笑顔で立ち向かうではないですけど、日本のメディアが忌み嫌い合ってもしょうがないです」

――韓国メディアが極端に書いたことに日本メディアが反応する。悪循環ですね

「そうですね。人に影響を与えるのがメディアですので、メディアももっと協力して日中韓問題を解決しようとしていかないとダメですよね。韓国や中国がダメだと書いていても、それをあおるだけで、ダメですね」

――日中韓Happyの反響はどうですか? 日本の若者の間に関係改善をさぐる動きが出てきた理由は何だと思いますか? このまま政治や主要メディアに任せたままにしておくと、どこまで悪くなるかわからないという危機感があるのでしょうか?

「最初、ページビューはまったく上がりませんでした。2千ぐらいしかなくて、ハフィントン・ポストに取り上げられてからPVは10倍になりました。しかし、ユーチューブのコメントや個人のツイッターに否定的な書き込みがありました」

「もちろん批判もありますが、日中韓Happyにはかなりサポートの声もいただいていて、だからこそ私は日中韓Happyをお話しようと思ったんです」

「私の友人だけでなく、初めての人からもありがとう、本当に頑張ってくださいとか応援されたりしています。日本だけじゃないと思うんですね、韓国も中国もいい加減、忌み嫌い合っていてもしょうがないぞと絶対思っていると思うので、そこで手を組んでいけたら良いなと思います。日中韓Happyがそのきっかけになれば良いと思います」

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冨田すみれ子(とみた すみれこ) 1991年生まれ。立命館大学文学部人文学科国際プログラム所属。米ニューメキシコ州に2年間留学。高校生のときから日韓青少年討論会・日韓青少年共同ボランティア活動事業などに参加。市民記者としても活動中。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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