FBI、首都警護の兵士による内部からの攻撃に警鐘:軍内に浸透する極右グループと白人至上主義者勢力
■ワシントン警護の州兵の中から攻撃者が出る懸念も
1月20日の大統領就任式が迫っている。1月6日のトランプ支持の極右グループによる議事堂乱入事件を受け、テロの脅威が高まったことから、ワシントンでは異例なほどの厳格な警備体制が取られている。
1月17日、AP通信は「警備に当たる兵士の“内部からの攻撃(insider attack)”が行われることを懸念して、FBIはワシントンに派遣されている州兵の身元調査を実施している」という記事を配信した。FBIと軍当局は、この報道を事実と認めている。
もう少しAP通信の記事の内容を紹介する。「国防総省関係者はバイデン次期大統領の就任式の警護を担当する州兵の中から攻撃が行われることを懸念し、FBIがワシントンに到着した2万5000人の州兵全員を対象に身元調査を行っている」と書いている。さらにライアン・マッカーシー陸軍長官の「我々は継続的に手順を踏んで、警護作戦に携わっている全員を2度、3度にわたって調査している」という発言を紹介している。調査は、全兵士の名前をFBIのデータベースやウオッチリストに照合する形で行われ、過去に調査の対象になったことがあるか、過激派との関連はあるかが確かめられている。
18日、クリストファー・ミラー国防長官代行は州兵の内部からの脅威に関する声明を発表した。その中で「国防総省がワシントンに派遣された州兵に対して身元調査をするのは通常のことである。我々は内部の脅威が存在することを示す情報は持っていないが、首都の安全を確保するため、あらゆる手段を講ずる。こうした重要なイベントが行われる際、身元調査は警察が通常行っているものであるが、今回のように軍が関わる調査は異例である」と語っている。
■1月6日の暴動で警官に射殺されたのは現役軍人
今回、そうした異例な措置が取られているのには理由がある。1月6日のトランプ大統領支持者が議事堂に乱入した際、現役あるいは退役の軍人が乱入に関わっていたことが明らかになったためだ。
議事堂前に集まったデモ隊は“Ranger File”あるいは”Squad Formation”と呼ばれる戦闘部隊が取る特殊な隊列を組んで議事堂に押し寄せたことから、軍の訓練を受けた人物がデモを指揮していたと推測されている。容疑者として逮捕拘束された人物の中に現役の軍人がいたことは、マッカーシー陸軍長官も認めている。国防総省は1月15日段階では、逮捕されたり、捜査対象になっている軍人の数は明らかにしていない。ただ『ニューヨーク・タイムズ』は「FBIは調査中だが、拘留中か捜査中の100人以上の容疑者のうち軍関係者は少なくとも6名いた」と伝えている(”Pentagon Accelerates Efforts to Root Out Far-Right Extremism in the Ranks”, 2021年1月18日)。統合参謀本部議長のマーク・ミリー統合参謀本部議長は「暴動に関わった軍人の数は不明である」としながら、捜査が続けば数は増える可能性があることを示唆している。
FBIと軍当局は10万件を超える暴動場面や暴徒の顔が映ったビデオなどを元に顔認証システムを使って容疑者の特定を進めている。現在のところ暴動に関連した170件で、70名以上が逮捕拘束されている。容疑者の人物特定も進んでおり、その数は増えるだろう。
どのような軍人が関わったのだろうか。幾人からの例を紹介する。最も衝撃的だったのは、35歳の女性の空軍退役軍人Ashli Babbittが警察官に射殺された事件だ。彼女は退役後、陰謀論を主張し、熱狂的なトランプ支持派であった。トランプの旗を掲げ、議事堂の割れた窓から侵入している姿がビデオに撮られている。彼女が撃たれる瞬間を撮影していたのが、議事堂乱入容疑で逮捕されたJohn E. Sullivanという人物である。
現役軍人で心理作戦士官Emily Raineyは、暴動に関与したとしてノースカロライナ州のフォート・ブラッグ基地で軍の尋問を受けている。アフガニスタン戦争に従軍した経験を持つ人物である。彼女は、同じ基地の兵士100人を組織して、ワシントンに向かい、抗議活動に加わっていた。本人は容疑を否認している。
空軍の退役中佐Larry Rendall Brockも逮捕されている。53歳で3人の子供を持ち、テキサス州ダラスの裕福な郊外に住んでいる人物である。ごくごく普通の男性で、海軍のエリートである特殊部隊SEALに属していた。1989年に空軍士官学校を卒業したエリートである。士官学校では国際関係論を専攻している。アフガニスタンとイラクでの戦争に従軍している。2014年に除隊し、テキサスにある民間航空会社に勤めている。
43歳の退役海兵隊員Dominic Pezzolaも逮捕されている。彼は議事堂内で「ペロシ議長を殺せ」と叫んでいたグループに加わっていた。彼は人種差別論者である。また逮捕されたHale-Cusanelliは予備役で、海軍兵器庫で働いている人物である。現役の警察官も二人逮捕されている。そのうちのJacob Frankerはバージニア州の州兵の伍長である。
写真を見る限り、逮捕された軍人たちは、ごく普通の人物である。それが武器を持ち、南軍の旗を掲げて議事堂に乱入する様は異様な状況であった。だが彼らを駆り立てているのは白人至上主義であり、人種差別である。
■極右団体による軍人と警察官の勧誘
今回の暴動で多くの軍人が関わり、逮捕されたのは偶然ではない。テロリストの研究者は「極右武装グループや白人至上主義者のグループは何年もかけて軍隊訓練を受けた兵士や治安訓練を受けた警察官を組織に取り込む努力を続けている」と指摘している(ブルームバーグ通信、「”Capital Rioters Included Highly Trained Ex-Military and Cops”、2021年1月15日」)。まだ暴動の全容は解明されていないが、今回の暴動は偶発的に起きたのではなく、過激派組織に加わった軍人や警察が誘導し、組織的に行われた可能性は否定できない。
The Oath Keepersという退役軍人や退職した警察官が多く所属する団体がある。オバマ政権に反対して2009年に設立された団体で、ミリシア(民兵)の極右団体である。2016年の時点で会員は3万5000名いた。この団体は「南北戦争に備えよ。武装せよ」と主張し、重火器で武装していた。今回の暴動で逮捕された退役海兵隊員のDonovan Crowと陸軍退役軍人のJessica WatkinsはともにThe Oath Keepersのメンバーである。
■軍隊内部で人種差別主義者の数は増えている
軍隊内での人種差別論者や“ヘイト・グループ”の存在が深刻な問題になっている(『POLITICO』2021年1月11日、”The military has a hate group problem. But it doesn’t know gad it’s got”)。同記事は「軍隊内で一般兵士の間で白人至上主義や右翼的イデオロギーが急速に広まっている。国防総省は、トランプ時代に、これがいかに緊急を要する問題か調査を行っている」と指摘している。また自らが退役軍人であるジェイソン・クロー下院議員は「兵士の間で過激主義や白人至上主義が広まっているのは危機的な問題だ」と指摘する一方で、「これはトランプ大統領が火をつけたものだ」とも語っている。
極右過激派の研究家Mark Pitcavageは「入隊を希望する白人至上主義者の比率が高まっていること、現役の兵士の間で白人至上主義者になる者が増えていることが、軍隊内の過激主義者の増加につながっている。軍隊内の過激派の多数は入隊してから過激派になっている」と指摘している。こうした状況を受け、クリストファー・ミラー国防長官代行は昨年12月に、現役兵士による過激派やヘイト・グループ活動の規制に関連する政策、法律、規制の見直しを行うように指示している。
ジェームズ・ジョーンズ元海兵隊司令官が雑誌『The Atlantic』に「過激派は軍隊に属していない(Extremists Don’t Belong in the Military)」と題する記事を寄稿している(2020年10月18日)。今回の暴動が起こる2か月半前に書かれたものである。その中で白人至上主義グループや極右グループの軍隊への浸透に警鐘を鳴らしている。「現在、アメリカの分断は海外の敵よりもアメリカにとって大きな脅威となっている。白人至上主義グループや極右組織が軍隊に浸透し、現役軍人や退役軍人を仲間に取り込もうとしている。また軍人の持つ武器や戦略的知識を獲得しようとする危険な兆候が見られる。ペンタゴンは、こうした状況に対して断固と対応すべきである」と書いている。まさに議会乱入で軍人が果たした役割を予言しているかのような指摘である。
ワシントンでの暴動事件に多くの軍人の関与が明らかになったことで、統合参謀本部は1月17日に全軍人に対して、「バイデン氏はまもなく軍の最高司令官に就任する。軍人の義務は憲法を守ることである」という趣旨の書簡を送っている。書簡の内容は今更という気もするが、軍幹部の危機感は、そこまで深刻であることを示している。
昨年、FBIは国防総省に対して、退役軍人が関与する143件の犯罪を調査したと報告している。その内の68件は過激派が関与した事件であった。また昨年12月、国防総省は軍人の行動規範を規定した「Uniform Code of Military Justice」を改訂し、軍内部における過激派の影響を排除する試みを始めている。国防総省の担当者は「過激主義を排除するために国防総省はあらゆることを行っている」と語っている。
■議会報告が明らかにする軍隊内での白人至上主義の問題
2020年2月11日に下院軍事委員会軍事人事小委員会で開かれた、軍隊内での白人至上主義の台頭に関する公聴会で、「名誉棄損防止同盟」の研究員 Pitcavageが行った証言内容が公表されている。報告書のタイトルは『軍隊における白人至上主義の驚くべき出来事:それをどう阻止するのか(Alarming Incidents of White Supremacy in the Military: How to Stop It?)』である。その中で同氏は「白人至上主義が米軍にとって最大の脅威となっている」と指摘している。トランプ政権の誕生によって白人至上主義が台頭し始めたのではなく、「過去25年間、白人至上主義問題は軍隊内の深刻な問題であった」と指摘。特に民兵組織をベースにするthe Oath KeepersやThree Percenterは軍隊内の支持者を増やす活動を積極的に行ってきたと指摘している。
軍隊内の白人至上主義や極右イデオロギーの問題は第二次世界大戦にまで遡ることができるほど根が深い問題である。当時は軍隊内で白人兵と黒人兵は分離されていたが、1946年から1954年にかけ白人兵と黒人兵の一体化が進んだ。だが白人兵は黒人兵と統合されることに反発するようになる。現在でも軍隊内で人種差別が原因で多くの犯罪が起きている。犯罪に至らないまでも、基地内では「白人至上主義者が関わった事件、白人至上主義の宣伝活動、白人至上主義者のグループへの参加」などが一般的にみられる。Pitcavageは、軍当局は過激派の信奉者が兵士に勧誘活動をするのを禁止し、軍司令官と国防総省が適切な行動を取ることの重要性を訴えている。
次期国防長官にロイド・オースチン退役将軍が指名されている。議会で承認されれば、彼は黒人で最初の国防長官に就任することになる。その最初の任務は軍隊内における人種差別問題の解決や白人至上主義者、ヘイト・グループの排除であり、トランプ大統領が軍隊に残したマイナスの遺産の整理になるだろう。
懸念されているような州兵による内部からの攻撃という事態は起こらないかもしれない。だからと言って、軍が抱える深刻な人種差別問題が消えてなくなったわけではない。今後も問題として残り、アメリカ社会の大きな不安定要因になるだろう。
【追記】ロイターによれば、身元調査の結果、警備を外された州兵は約10名であった。
『ニューヨーク・タイムズ』は12人以上と伝えている。