先月末、メジャーリーグ機構(MLB)が、来シーズンのメキシコシティでの公式戦開催を発表した。会場はむろんのこと、名門ディアブロスロッホスの本拠でもある2019年完成のエスタディオ・アープ・エルである。ここでは2020年にもMLB公式戦の開催が企画されていたが、コロナ禍で中止となっていた。　　

メキシコシティは1990年代からMLB球団の本拠地候補としてたびたびその名が挙がっており、2009年春には、ディアブロスロッホスの旧本拠、フォロソルでWBCのファーストラウンドが実施されている。ディアブロスロッホスの前オーナー、アープ・エル氏の名を冠した新球場は、元々、MLB公式戦の誘致を前提に設計されており、今後もメキシコでのMLB関係の行事はここで催されると思われる。

「メキシコ野球の都」、モンテレイ

　しかし、メキシコ野球の中心地は首都メキシコシティではない。1996年の初開催以来、これまでメキシコでは、5シリーズ11試合のMLB公式戦が実施されたが、その会場となったのは、北部・ヌエボレオン州の州都にあるエスタディオ・モンテレイである。現在は、ネーミングライツにより「エスタディオ・モビル・スペル」とその名を変えている1990年完成のこの球場は、収容2万2000人を誇り、ながらく「ラテンアメリカナンバーワン」の名をほしいままにしてきた。また、ここを本拠とするプロクラブ、スルタネスは発足の1939年以来、人気、実力とも、メキシカンリーグをリードし、優勝回数は、ディアブロスロッホス、ティグレスに次ぐ10回を誇っている。スルタネスは、観客動員でも長らくメキシカンリーグナンバーワンの地位を確保。その野球人気ゆえ、2019年からはウィンターリーグのメキシカン・パシフィック・リーグにも参戦している。つまり、モンテレイのファンは、夏、冬のシーズンとも、メキシコトップリーグの野球を楽しむことができるのだ。

　その「メキシコ野球の都」には、野球殿堂も置かれている。野球の発展に寄与した者を顕彰する「名誉の殿堂(Hall of Fame)は、本場アメリカでは1939年に設置されたのが最初だが、同じ年にメキシコでもその顕彰が始まり、メキシコシティの球場、「パルケ・デルタ」の一角に、この時の記者投票によって名誉を与えられた5人の銅板が設置されている。

　実のところ、メキシコ野球の歴史は日本のそれより古い。日本にはちょうど150年前の1872(明治5)年に野球が伝わったとされるが、メキシコではその5年前の1887年に首都メキシコシティに最初のチーム、「クラブ・メヒコ」が発足している。プロ野球の歴史も日本より古く、メキシカンリーグは日本のNPBの前身である日本野球連盟の先んじること11年前の1925年に発足している。日本の野球殿堂の開設は、アメリカ、メキシコに遅れること20年後の1959年のことである。

　但し、日米の野球殿堂が、先人の顕彰と同時にその彼らのレリーフを展示する博物館も同時に開館したのと違い、メキシコにおいて、野球殿堂博物館ができたのは、1973年の夏のシーズン開幕直前のことである。その場所には、メキシコシティではなく、野球人気の一番高かったモンテレイが選ばれた。この町のチーム、スルタネスは、かつて「カルタブランカ」を名乗っていたが、これはこの国を代表するビールの銘柄。チームのスポンサーでもあったクアウテモック醸造所の敷地に野球で同博物館が建設された。その規模は、アメリカのそれには及ばないものの、東京ドーム内にある日本のそれに勝るとも劣らないもので、ビール工場の見学ツアーとあわせて来場する見学者でにぎわっていた。

　この旧殿堂には3度ほど足を運んだが、ブリュワリー見学とともに無料で、最後には、工場内の庭で生ビールのサービスまであり、左党の野球好きにはたまらない場所であった。

新装なったメキシコ野球殿堂

　その旧殿堂も老朽化もあり、移転が決定、新たな博物館が建設されることが決まった。その資金は、スルタネスのライバルであるディアブロスロッホスのオーナーであったアルフレッド・アープ・エル氏が提供することになったが、新殿堂は首都に移されることはなく、モンテレイの町の中心にほど近いフンディドーラ公園の一角に建てられた。

　2019年に開館した新しい殿堂博物館は、モンテレイの経済を支えた製鉄所とかつてこの町の野球を支えたブリュワリーをイメージしたレンガ造りで、メキシコ野球の発展に貢献した先人を顕彰する殿堂と博物館、それにシアター、図書館を備えている。

　これまで217人が殿堂入りしているが、この殿堂入りに際しては、国内の夏冬のトップリーグでの成績だけでなく、メジャーリーグでの活躍も考慮に入れられ、アメリカでのプレー期間の方が長いフェルナンド・バレンズエラらのメキシコ人メジャーリーガーも名を連ねている。また、メキシコプロ野球じたいがラテン系を中心に多くの外国人選手を受け入れている(現在メキシカンリーグの「外国人登録枠」は7だが、メキシコ系アメリカ人などの二重国籍者はこれにカウントされないため、ロースターの3分の1ほどが外国人選手)という独特の背景もあり、多くの外国出身者が顕彰されている。

　新装なった展示スペースは実に充実しており、その規模は日本の野球殿堂博物館をしのいでいる。現在はまだ建物全体の半分しか利用されておらず、今後メキシコ野球の発展につれ、展示も充実していくことだろう。

　野球殿堂擁するこの町のチーム、スルタネスは今シーズンのレギュラーシーズンでは北地区9チーム中4位に終わったが、プレーオフに入って上位球団を次々と倒し、レギュラーシーズンでリーグ最高勝率を残したティファナ・トロスに4連勝して地区優勝を飾った。　

　現在、メキシカンリーグはチャンピオンシップシリーズ、「セリエ・デル・レイ」の真っただ中。北地区チャンピオン、スルタネスは、2018年以来の優勝目指して南地区チャンピオン、ユカタン・レオーネスと戦っている。

（文中の写真は筆者撮影）