【にわか論】ラグビーW杯もそうだった。日本は変わった? ”大会盛り上がり時期”が後ろ倒しに【コラム】
ほんの1ヶ月前の日本社会を思い出してみていただきたいのだ。
ラグビーの「ラ」の字もなかったのではないか。
最終的に大会を花咲かせた関係者の努力には大いなるリスペクトしかないが、実態はそうだった。「東洋経済オンライン」には「ラグビーW杯の『テレビ中継』は盛り上がるのか 視聴率王者・日テレが抱く期待と不安」という記事が掲載されていた。
大会開幕日の9月20日のことだ。
ところが「にわかファン」という流行語が生まれるなど、大きな盛り上がりに繋がった。それが始まったのは、明らかに「大会開幕後」だった。
ここからは、筆者の感覚も大いに含まれる仮説の話だ。
「日本でのスポーツメガイベントの盛り上がり時期が“後ろ倒し”になっているんじゃないか」
昔は大会前など、もっと早い時期から盛り上がっていたのではないか。
書くか書くまいか、迷った。何かを記すのであれば、仮説だけではなく「誰かに取材に当たって実証するところ」までを記すべきだ。
しかしこのテーマについていくつかの対象に申請を出してみたが、「専門外」「時間が足りない」「話が漠然としている」などの理由でラグビーW杯決勝の終わるこの日に間に合わなかった。
だから仮説のままで記す。大いなる批判、ご指摘、そしてこのテーマを語っていただける専門家をご教示いただければ幸いだ。
きっかけ。平昌五輪から。大会10日前に「平壌に行くの?」
過去――例えばサッカーの98年フランスW杯や、02年日韓W杯では半年前くらいからこの話題は盛り上がっていた。スポーツのメガイベントがある場合、遅くとも大会の1ヶ月前から盛り上がっていた記憶がある。マーケティングもそうだろうし、原稿を書く者もそうだ。大会前の期待に胸踊る時期が、勝負時と考えてきた。
しかし近年はこんな傾向にあるのではないか。
大会前は盛り上がらず、大会開幕後に盛り上がり始める。つまり、日本社会が少し変化しているのではないか、という話だ。
近年の平昌冬季オリンピック、サッカーロシアワールドカップ、そして今回のラグビーワールドカップを通じて特に感じることだ。
なぜそんなことを思い始めたかというと、筆者自身、2018年2月の平昌五輪の際に「浦島太郎状態」になったからだ。
大会前の2月上旬、まったく話題が盛り上がっていなかった。むしろ「盛り上がらない」という話題が少々盛り上がっていた。その頃、渋谷区のスポーツジムの受付の女性(大学生。青木さん)に「ピョンチャンに五輪の取材に行ってきます」と告げた。すると「え、ピョンヤンに行くんですか?」と聞き返された。「それ、北朝鮮」とツッコミ。大会があることもまったく知られていなかったのだ。
しかし、現地取材を終え大会中盤に東京に戻ったところ、真逆の現象が起きた。周囲は五輪の話で大盛りあがり。スケート、カーリングのことをむしろ聞きまくられる状態になった。
この年の6月に行われたサッカーロシアW杯でも似た現象が起きた。大会前はさっぱりだったが、グループリーグ第2節を終えて現地取材から帰国すると、皆がサッカーの話題で大盛りあがりだった。決勝トーナメントに入ると、まったく興味を持っていなかった20代中盤の女性が「こんなにおもしろいとは知らなかった」と夢中になっていた。
当時のメディアの記事から。”助走期間がない”、2010年にも”笛付けど踊らず”
「盛り上がった」「盛り上がらない」という表現が抽象的ではある。そこで、サッカーロシアW杯時の”他者の証言”を。スポーツニュースサイトの「VICTORY」は大会開幕の約20日前(2018年5月25日)にこんな記事を掲載していた。
記事では池田氏による「ビジネスサイドで考えると”助走”(つまり事前の盛り上がりが)の時期が必要」「平昌五輪でも似た状況だった」とするコメントも紹介されている。
しかし。
大会は開幕後に一気に盛り上がっていった。
これは2018年に始まったことではない。
遡ること9年。南アW杯を控えた2010年5月18日には「DIAMOND ONLINE」が「W杯直前でも全く盛り上がらないのは、日本のサッカーファンが成熟した証か」という記事を掲載した。
つまりは、ここ10年で徐々に傾向が固まってきているということだ。
にわかが生まれる背景
本論、粗い面も大いにある。いくらここ2年の話とはいえ、サッカーと冬季五輪とラグビーの大会についてひとくくりにしている。日本開催、海外開催の基準もバラバラ。ラグビーはましてや、前者の2つと比べて日本社会にとってかなり新しい楽しみとといえる。
さらにこういう反論も成り立つ。
”結局、日本勢の成績がいいから、盛り上がってるんじゃないか”
しかし、いっぽうでこの3つの目がイベントを繋ぐ一本の糸がある。
インターネットメディアの影響力の変化。
1995年が日本での「インターネット元年」と言われる。その後のネットメディアの台頭はいうまでもない。上記引用記事のサッカー南アW杯の行われた前年、2009年に業界全体の広告費が新聞を上回った。
今回のラグビーで話題になった”にわか”のファンも、多くはスマホから情報を得てきた層ではないか。
少しだけ、読者諸兄にとって”釈迦に説法”となる話を。
既存のテレビや新聞では、編者が時間や紙面スペースの制限のなかで「今、これが重要だよ。知っておくべきです」という情報を伝える。順序や長さで優劣をつけながら。するとユーザーは関心のない話題に対しても、多少は目に触れることになる。昔はテレビや新聞、あるいは(特にサッカーの場合)雑誌を通じて、オリンピックやワールドカップなどのビッグイベントの情報を得ていた。
いっぽう、情報をスマホやPC、つまりインターネットから取る場合は違う。「自分が知りたい情報だけを取る」という現象が起きる。ポータルサイトなどで見たい情報だけをクリックし、深めていく。知りたいことを検索して、どんどん深めていく。SNSでは多くの場合、近い属性の人達と繋がっているだろうから、”外の世界の情報”は入ってきにくい。日本に必ずラグビーファンは存在するのだが、そもそもの繋がりがない限り、そこに接触する機会がなかなか得難い。テレビや新聞だと大会情報として伝わってきたはずのものだ。
これを「フィルターバブル」という。これをテーマにした2018年12月のNHK調査によると、20代のじつに45%が「自分が知りたい情報だけを知っていればいい」と返答したという。
つまりは、大会前までは、インターネットの「フィルターバブル」により意外と情報が伝達していかない。
そういったなかで、現場が華やかだったり、結果がいいとSNSで話題になりはじめる。大会が始まってこそ、SNSで使われる「絵」が出てくるのだ。平昌五輪と今回のラグビーW杯で共通だったのは、外国人ファンの入国によって盛り上がりが変わったという点だった。
次にテレビが爆発力な加速に力を発揮する。なぜかというと、情報の核たる「試合中継」はテレビが圧倒的な力を発揮するからだ。追加の情報もテレビで追うようになる。そこで見たものが、ネットの記事やSNSで再び語られていく――。
今回ラグビーW杯での「にわか」誕生も、こういう構図だと言えないか。
今後。「余韻」が重要なビジネスチャンスに!?
メディア論については、すでに他で言われている話が多い。本稿で何が重要かというと、原因ではなく、現状だ。20年来進んできた日本社会でのインターネットの進化の実態が、ここに現れているという点。スポーツメガイベントの盛り上がりが”後ろ倒し”になってきた。そしてネット化の影響は大いにあるが、テレビはやっぱり決定的な仕事をしている。
「先:ネット・静か 中:テレビ・爆発 後:ネット・持続」
スポーツに限らず、どんなコンテンツでもコアファンがいて、そこににわかファンが乗り、一気に話題となっていく。そういったなかで、従来は勝ち負けのあるスポーツビジネスのチャンスは「大会前の結果を待ってワクワクする」という消費者心理にあったはずだ。しかしここからは「大会開幕」あるいは「余韻」も重要なキーワードになる。消費者は大会が始まって初めて「こういうことか」と知るのだ。いっぽうで、結果が伴わないと、本当に「盛り上がりどころがない」という事態に陥りうる。
東京五輪はどうなるだろう。少しこの近年の流れの”例外”となるか。この点に注目している。ラグビーW杯の熱が少し残ったまま、来年の7月24日を迎えるのではないか。つまりは、もう少し早い時期から盛り上がっていく。そんな予想をしている。
【参考までに】筆者は2018年6月にこういった原稿を書いていました。しかし当時の論より、事態は“後ろ倒し”に。「大会直前」ではなく「大会開幕後」へと移っています。