【韓国の選挙運動とK-POP論】よく歌い、踊る選挙。人気はTWICEのあの曲!
- 韓国の選挙ソングにK-POPも多く使われている
- 伝統的に「トロット(韓国演歌)」が主流
- しかし近年はTWICE,IOI,IZZY,INFINITE,APINKらの楽曲も
2012年12月、大統領選挙の取材の際、KARAの「ミスター」が聞こえてきた。
朴槿恵候補の陣営からだ。替え歌がステージ上で流れ、若い支持者が踊る。酷寒下での取材だったから、心に染みた。「あ~知ってる曲だ」と。
韓国の選挙は、本当にとてもよく「歌い、踊る」。日本とはかなり違う風景だ。4月15日に行われた第21回国会選挙もそうだった。
選挙ごとに「ロゴソング」といわれるテーマソングを決め、替え歌をつける。それを支持者が踊るのだ。
今回の総選挙でも、踊る踊る。
95年の選挙から運動時の拡声器の使用が許可され、始まった習慣だという。近年は「ロゴソング」と呼ばれる。「ロゴ」とは「簡潔にインパクトを与える」という意味で使われている。
選挙関係者のなかには、こんな言葉もあるそうだ。
”1曲のよく出来たロゴソングは10個の政策にも勝る”
今回の国会選挙でもこれが大きな話題になった。運動期間中、「ロゴソング」のニュースも報じられ、KBSのキャスターがこんな言葉を口にした。
「どなたでも、ふとCMソングを口にしたことがあるでしょう? 短いメロディで商品や企業のイメージを伝えるものです。こういった戦略は政界でも大きく変わるものではありません。特に硬い表現の多い政策をかんたんに説明し、有権者の心を掴むものです」
サビの部分で「キホ(記号)」と呼ばれる立候補者番号を強調するパターンが多い。「投票現場で思い出すように」と。
なかなか紹介されることのない「選挙とK-POP」の世界をぜひ。
本論の前に……基本は「トロット」。抑えるべき情報
とはいえ、「ロゴソング」とは明らかに「トロット(韓国演歌)」が優勢な世界だ。選挙時には80人態勢を組み、楽曲を制作する「ドーナツエンターテインメント」のキム・ジェゴン社長が韓国メディアの取材にこう答えた。
「ほとんどがトロット主体で作られてきました。投票する年齢帯が40代から60代だと考えてきたのですが、2014年から2016年を起点にして若い有権者を対象とした選曲が始まりました。アイドルの歌、またサッカーのW杯がある年は応援歌調のものが人気を得ました」
今回もまた、一番のヒット曲はトロット。与・野双方の第一政党が同じ曲を採用した。
ユ・サンスル「愛の再開発」。「サク ター(ずばっとすべて)」の歌いだしでも知られる。
ただでさえトロットが主体だったところに、今回は「ブーム」も加勢した。
「今回のキーワードは”トロット”と”18歳”です。『明日はMr.トロット』というプロ・アマの男性によるオーディション番組が大ヒットし、もともと選挙のロゴソングとして定着してきたこのジャンルが、より大きな影響力を持つと思います」(前出キム氏)
ユ・サンスルの正体は国民的MCのユ・ジェソク。認知度満点の歌い手による上の動画は12月1日にアップされた。旬でもあり、歌詞の冒頭から「ずばっとすべて変えてください」と始まるこの曲は「ロゴソング」にぴったり。圧倒的な存在感を見せた。
与党では’Yes or Yes’がリスト入り
一方、上のコメントにもあるように”18歳”も意識された。
「前回の選挙までは19歳以上が有権者でしたが、今回から18歳となります。53万人が新たな対象になる。ここをターゲットにするなら、やはりアイドルの曲でしょうね」(キム氏)
今回の総選挙では、革新系与党の「ともに民主党」が党のサイトで「ロゴソングリスト」を発表した。
全14曲中1曲が「党応援歌」、7曲が「トロット(韓国演歌)」、2曲が「バラード」だ。
そして以下の2曲が「ダンス系」の楽曲としてリストに入った。
いわゆるK-POPだ。
ITZY "DALLA DALLA"
TWICE "Yes or Yes"
YES or YESはこんなアレンジに。
楽曲の作られ方。決して”パクリ”ではありません!
どうやってこの2曲が選ばれ、「ロゴソング」となったのか。一般的な制作過程を、前出のキム氏がこう説明する。
「候補者の事務所側が業者を選定すると、業者側は出馬した地域や年齢帯にあった曲をリストアップします。これをコーディネーション役に預け、歌詞を作り、録音していくという方法です」
”Yes or Yes”も”DALLA DALLA”も業者側が「若い層に響く」としてリストアップした、というところか。1曲あたりの制作費は70万ウォン(約7万ウォン)が相場だという。なかには一曲5000万ウォン(約500万円)の依頼もあったというが。同事務所では繁忙期には月200曲を制作。またこの世界での売れっ子の歌い手は、一度の選挙期間に80曲ほど歌いこむのだという。
もちろん有名曲を「タダ」で「パクる」ということはない。制作費のほかに著作権料が必要だ。「著作人格権料」と「複製権料」。
前者は韓国著作権委員会に支払うもので、選挙後ごとに金額が決まっているという。国会議員選挙では50万(約5万円)ウォン、大統領選では200万ウォン(約20万円)、広域市(政令指定都市)の選挙では25万ウォン(約2万5000円)という風に。
そして後者の「複製権料」は作曲家に支払われるものだ。歌詞を替えて公の場で歌うのだから、作り手は対価を受け取って当然だ。
「これは作曲家によって金額が違いますね。ちなみに以前一曲5億ウォン(約5000万円)をふっかけてきた作曲家もいました。正確な意図はわかりませんが、その政党に楽曲を提供したくなかったのでしょう!」(キム氏)
TWICEとITZYはいうまでもなく同じ事務所。さらに「DALLA DALLA」の作曲家はTWICEにアルバム収録曲を提供しているから「交渉しやすかった」という点もあるか。
余談だが制作者側は作曲後に、この著作権関連の資料を「1曲あたり10種類以上」も作成せねばならず、これがかなり骨の折れる作業だという。
過去には”大統領の通なチョイス”も。原曲の意味、ノリの良さを重視か
この他、近年の選挙で採用された楽曲は以下のとおりだ。
2016年、前回の総選挙の際にはIOIの「Pick Me」が与野党間で「争奪戦」になったという。大シンドロームとなったオーディション番組から生まれた。しかも、ずばり「選んで」という楽曲はぴったりだった。楽曲の使用権を勝ち取ったのは保守系のセヌリ党(当時)。党幹部が踊りを覚える動画もある。
現大統領の文在寅陣営は2017年選挙時、INFINITEの「ネッコ ハジャ (Be Mine)」を使用した。なかなか通なチョイスだ。これは「自分のものにしよう」という原曲のタイトルと歌詞が選挙運動にピッタリとハマったか。「ミスター」と同じく、作曲家「SWEETUNE」が手掛けたもの。さすがヒットメーカー、というところ。
文在寅大統領はまた、候補時代にTWICEの「Cheer UP」を使用。文字通り「盛り上げる」という意味。原曲の意味も重要視されたか。
Cheer UP人気高し。しかも最大の保守系(つまり文在寅大統領と対立する)野党の未来統合党の代表ファン・ギョアン候補が今回の選挙で使用。
今回の選挙の無所属候補もCheer UP。
今回の選挙ではApinkの「Mr.Chu」も使用された。革新系の正義党による。サビで立候補番号の「6番」を連呼。
何が分かるのかと言うと、韓国のおじさん世代が「若い世代のK-POPで”認知度高し”」「ノリよし」と認めたものだということ。韓国国内でK-POPがどう見られているのかがよく分かる。
16日朝に今回の韓国総選挙の結果が出そろった。革新系与党の連合が「183/300」を占め、過半数超え。「圧勝」という結果になった。いわば「文在寅陣営の勝利」だ。
結局のところ有権者に一番響いたメッセージは「戦う候補ではなく、働く候補を」だったそう。対立する政党との論争に明け暮れることなく、仕事をするのだと。「ロゴソング」にこの内容を載せたのだろう。若い層意外にも「なんか聞いたことあるな」という楽曲の歌詞を替えて。
投票率は66.2%。前回を10ポイント上回り、1992年以来の高い水準になった。
【おじさんのため】と銘打つ本稿にここまでおつきあいいただいた若い読者の皆様。次回、日本で選挙がある際にはぜひ投票を。昨日、韓流媒体でK-POPスターたちが「選挙に行きました~」と知らせる「認証ショット」のニュースが出たでしょう。韓国では選挙もまた、K-POPは決して無縁ではありません。せっかく韓国という国に触れたのなら、良いところはどんどん日本にも採り入れていこう。