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大物映画監督が「原作をリスペクトしない」ワケ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」のアルモドバル監督とムーア、スウィントン(写真:REX/アフロ)

 漫画をはじめ原作のあるものを映像化する場合、どこまで忠実であるべきかというトピックが日本で語られるのを、時々耳にする。考え方は見る人によっても違うだろうが、作り手によってもそれぞれ。アメリカ時間27日に行われたオンライン記者会見で、スペインの巨匠ペドロ・アルモドバルは、原作通りにしようとは決して思わないと、きっぱり宣言した。

「オール・アバウト・マイ・マザー」でオスカー外国語映画賞(当時の名称。現在の国際長編映画賞)、「トーク・トゥ・ハー」でオスカー脚本賞を受賞したアルモドバルの最新作は、ティルダ・スウィントンとジュリアン・ムーアが主演する「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」。アルモドバルにとって初の英語での長編となる作品で、2020年秋にアメリカ人作家シグリッド・ニュネスが出版した小説「What Are You Going Through」をベースにしたものだ。

 ヴェネツィア国際映画祭では、最高賞にあたる金獅子賞を受賞。来年のオスカーでも複数部門で健闘が期待されている。「Variety」は脚色部門でも候補入りを予想しているが、アルモドバルにとって、原作は単なる出発点。「シグリッド・ニュネスのことはリスペクトしても、私が原作をリスペクトすることは決してない」と述べる。

「物語に出てくるキャラクターに目をつけたら、そこから(自分なりの)ストーリーを発展させていく。原作を読み直すことはしない。原作に忠実であろうとしないから。私は、ストーリーが行くべきところへ私を連れて行ってもらおうとするのだ」とも、アルモドバル。

 彼が原作に求めるのは、そこにあるエネルギーだ。

「私に『書きたい』と思わせるエネルギー。私を刺激してくれ、インスピレーションをくれるエネルギーだ」というアルモドバルは、ルイス・ブニュエルが言ったという「偉大な小説を映画化するより、良くない小説の中に出てくる興味深い状況を映画化するほうがずっと簡単」という言葉を引き合いに出し、「私も、『ダブリン市民』を映画化しようなどという大胆なことは決して考えない」と語った。

もう1本の有力作も、原作はただのインスピレーション

 この作品以上に次のオスカーで大活躍が予想される「Emilia Perez(原題)」のジャック・オーディアール監督も、原作からはインスピレーションを得ただけで、独自のストーリーを書いている。

 オーディアールが興味を持ったのは、友人であるボリス・ラゾンが書いた小説「Ecoute」の中に出てくる、女性になりたいと願っている麻薬王のキャラクター。小説では先に行かないそのキャラクターにもっと何かをやらせたいと思ったオーディアールは、ラゾンに話し、許可をもらった。メキシコの麻薬カルテルのボスが、自分が死んだように見せかけ、性転換をしてエミリア・ペレスという女性になって生きるというこの映画の設定は、そこから生まれたのだ。

 だが、過去を完全に捨てられると思っていたらそうではなかったと、主人公は気づく。オーディアールは、この映画で、「ふたつめの人生を生きることと、その代償」というテーマを探索したかったのだという。さらに、彼は、その話を、彼自身が愛するオペラの形で語ろうと思った。その独自で斬新なアイデアは、見事に形になっている。

「Emilia Perez」は女性になり新たな人生を始めるカルテルのボスの物語(2024 PAGE114-WHY NOT PRODUCTIONS-PATHE FILMS-FRANCE2CINEMA)
「Emilia Perez」は女性になり新たな人生を始めるカルテルのボスの物語(2024 PAGE114-WHY NOT PRODUCTIONS-PATHE FILMS-FRANCE2CINEMA)

 そんな背景を持つ「Emilia Perez」も、脚色部門の候補5本の中に入ることはほぼ確実。ほかに候補入りしそうだと言われている作品には、ブロードウェイミュージカル劇の映画化「ウィキッド ふたりの魔女」、2016年のロバート・ハリスの小説が原作の「Conclave(原題)」、実話にもとづき、実在の人物も出演する「Sing Sing(原題)」、「デューン 砂の惑星PART2」などが含まれる。

 原作があるというところでは共通していても、それを忠実に映像化したのか、原作からはアイデアのきっかけをもらっただけなのかは、それぞれに違う。オスカーをはじめとするアワードでは、それらをひとくくりに「脚色」として競い合わせるわけだ。

 となると、どれが原作をいかにうまくビッグスクリーンというフォーマットに移行させたかではなく、あくまで完成した脚本だけを見て選ぶということ。そもそも芸術に優劣をつけること自体に無理があるのはわかっているけれども(ウディ・アレンは以前からそう主張し、『アニー・ホール』が作品賞を受賞した年もオスカー授賞式をボイコットした)、やはりなかなか難しいものだと、あらためて考えさせられる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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