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日本バレエ界のレジェンド・牧阿佐美 世界で愛される、日本発のバレエを求めて

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
『飛鳥 ASUKA』(2017年)より

X JAPAN・YOSHIKIのディナーショウで、パフォーマンスを披露した、牧阿佐美バレヱ団

先日、グランドハイアット東京で行われた、X JAPAN・YOSHIKIプレミアムディナーショー『EVENING WITH YOSHIKI 2018 IN TOKYO JAPAN 6DAYS 5TH YEAR ANNIVERSARY SPECIAL』(7/13~16、(追加公演)8/31、9/1)で、YOSHIKIのピアノとカルテットとコラボし、「SWAN LAKE」と「FOREVER LOVE」でバレエ・パフォーマンスを披露した、牧阿佐美バレヱ団。その振り付けを手掛けたのが、同バレヱ団の主宰者・牧阿佐美だ。御年84歳を迎えたバレエ界のレジェンドは、現在も教室で積極的にレッスンを行い、後進の指導に余念がない。

牧阿佐美
牧阿佐美

牧阿佐美バレヱ団は、2016年に創立60周年を迎えた日本を代表するバレヱ団で、その60周年記念公演として行われ、大きな話題を集めたのが『飛鳥 ASUKA』だ。この演目は牧の母親であり、バレヱ団の創設者である舞踊家・橘秋子が、昭和32年に初演した「飛鳥物語」がベースになっていて、牧が演出・振り付けを改訂し、新たに制作した。美術もプロジェクションマッピングを採用するなど、壮大な歴史バレエ・ファンタジーに生まれ変わった。2017年にも上演され、今年も8月25、26日新国立劇場・オペラパレスで上演される。さらに進化を続ける『飛鳥 ASUKA』について、そして、レジェンドの飽くなきバレエ道について、聞かせてもらった。

「世界に通用する、日本のオリジナル作品を作りたい」

まずバレヱ団の記念すべき60周年の節目の公演に、『飛鳥』を選んだ理由を聞いてみると、牧の長年の想い、願いがきっかけになっていると教えてくれた。「これはずっと考えていることですが、世界に通用する日本のオリジナル作品を作りたかったからです。ロシアで生まれた『白鳥の湖』が長年、世界中で愛されているのは、外国人に踊られているからです。色々な方が踊って、世界中に広がりました。『飛鳥 ASUKA』は飛鳥時代が舞台です。当時は外国人がたくさんいらっしゃったと言われているので、外国人の方に踊ってもらっても違和感がないと思います。例えば戦国時代や江戸時代が舞台のものをやろうとすると、外国の方も着物で踊らないといけない。それは違和感があります。でも飛鳥時代は国際文化交流が盛んで、衣装や美術も色彩も豊かなものが多いので、違和感がありません」。

「世界的バレリーナのスべトラーナ・ルンキナ、ボリショイバレエのプリンシパル、ルスラン・スクボルツォフ、世界的人気の二人が踊ってくれることで、『飛鳥 ASUKA』は世界中に伝播していく」

スべトラーナ・ルンキナ
スべトラーナ・ルンキナ
ルスラン・スクボルツォフ
ルスラン・スクボルツォフ

『飛鳥 ASUKA』のストーリーを紹介すると、いにしえの都、大陸との交流盛んな国際都市・飛鳥。美(芸術)と権威の象徴である竜神を祀るお宮があった。そこに仕える舞女たちの中でも、春日野すがる乙女(スベトラーナ・ルンキナ)は美しく、一番の舞の手だった。すがる乙女は竜神へ舞を奉納する栄誉を与えられるが、それは即ち竜神の妃となり、二度と再び地上に戻ることはできないということ。すがる乙女は終生を芸術の神に仕えようと心に決める。一方、幼なじみの岩足(いわたり=ルスラン・スクボルツォフ)は、美しく成長したすがる乙女の舞を見て、思いを抑えることができず、愛の心を伝えるが時すでに遅し…。すがるおとめは竜神と共に昇天していってしまうが、竜の棲む深山で不意に、岩足への激しい慕情にかきたてられる―――。

「世界的バレリーナのスべトラーナ・ルンキナ、パートナーにはボリショイバレエのプリンシパル、ルスラン・スクボルツォフという、世界的人気の二人が、前回に続いて登場します。このレベルのダンサーが、ゲストでは来てくれたとしても、日本でゼロから学んで踊ってくれることなんて、なかなかありません。でも一流のダンサーが踊ってくれることで、作品は世界中に伝播していくものです」。

「その国、作品の音楽を身体の中で感じて、新たに生まれてくる瞬間を、踊りで表現することができるのが、一流のダンサー」

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静謐で情熱的、そしてダイナミックなその踊りは、とにかく格調高く、腕のしなやかさ、指先から肩にかけての優しく繊細な演技で、日本人の奥ゆかしさを感じさせてくれ、絶賛された。それは片岡良和作曲の、日本的なせつないメロディを多分に含む音楽の影響が大きいという。「バレエは足が伴奏で、手が歌を担っている芸術です。だから手はしなやかさが求められる。でも本当にしなやかでないと、人の心には入っていけない。それと、音楽と一緒に日本人の精神性を感じていってもらうのが、外国人のダンサーには一番いいと思います。音楽が日本を感じさせてくれるものだと、そういう雰囲気、日本人的な感覚にダンサーは変わっていきます。テクニックだけで演じる人は、精神的には変わりません。でもテクニックだけではない部分で表現できる人たちは、音楽によって気持ちが変わります。だから音楽って強いです」。

「「竜」の存在が、この物語が生まれるきっかけになっている」

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音楽の強さと、画家・絹谷幸二氏が描いた強い絵を映像化した、鮮やかで繊細なビデオマッピングとの融合が踊りをさらに際立てる。中でも「竜」の存在がポイントになっている。「絵だけではなく、竜をすごく表現していて、竜って動きのあるもので、止まることはないので、その動きの中にエネルギーが出てきます。それが力強さになっていると思います。私の母の出身地・奈良の吉野は、山の間に雲がたれたり、霧がしょっちゅう出ていて、母が雲と空の間に竜がいると言っていました。霧が立っているというか、それが神秘的、幻想的で、やっぱり竜を感じます。母は芸術の神様が竜神、あの美しい姿は芸術だと考えて、『飛鳥』でも、踊りの一番上手な子が、竜妃になるという物語を作ったのだと思います」。

「バレエは現代が舞台のものだと、その国の人の特徴が出すぎてしまい、他国のダンサーが演じるとどうしても違和感が出る」

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古代という、どこか神秘的で、はっきりとした風景や、全てにおいてどこかつかみどころがない時代が舞台だからこそ、イマジネーションがくすぐられるのかもしれない。「江戸や明治は、大体の方が想像できるものですよね。でも飛鳥時代は、外国の文化が入ってきて、それが日本文化とミックスされようとしている時代なので、まだつかみどころがないというか。外国の方がイメージする日本というと、富士山、桜、侍だと思います。でも飛鳥時代の日本はなかなか想像できないと思いますし、古代の国際都市が舞台ということでバレエにしやすいと思いました。バレエは現代のものになると、その国の人の特徴が出すぎてしまい、他の国が人がやると、どうしても違和感が出てくると思います」。

『「白鳥の湖」は、修正を繰り返し、ブラッシュアップして完成した。『飛鳥 ASUKA』も進化が必要』

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菊地研(牧阿佐美バレヱ団/プリンシパル)
菊地研(牧阿佐美バレヱ団/プリンシパル)

『飛鳥 ASUKA』の第一幕は舞踊絵巻が繰り広げられ、第二幕はがらっと変わって、バレエの醍醐味のダイナミックで繊細な踊りを堪能できる。長い物語を踊りで語っていく全幕(バレエ作品を完全な形で上演するもの)であるがゆえ、大勢の踊り手が登場し、ソロ、群舞、民族舞踊風の踊りが堪能できる。メリハリがあって、それも含めて演者も観客も、心地いい緊張感に包まれる。その緊張感を音楽が煽る。だから全てが終わった時の感動の大きさたるや、言葉にできないほどだ。それが全幕の魅力である。「まだひとつ決めていないシーンがあって、これは観ていただいてのお楽しみですが、前回よりもブラッシュアップさせています。『白鳥の湖』は、最初は公演時間が4時間でした。色々手を加えたものの、当初は大失敗の作品でした。それを何回も修正して完成し、定着しました。やっぱり進化が必要です。この舞台も来年1月にはロシア・ウラジオストクの「マリインスキー劇場」で上演するので、この夏の新国立劇場公演と、ウラジオストク公演で、できあがっていくと思っています」。

『飛鳥 ASUKA』という舞台に感じる大きなエネルギーは、牧が長年培い、蓄えてきたエネルギーが、一人ひとり、隅々にまで行きわたっているからだ。そんなレジェンドのエネルギーの源は、どこにあるのだろうか?

「バレエはどこまで勉強しても終わりがない。その精神を教えていくのが私の役割」

「自分でこれをやろうと思ったことができた、それだけなんですね。どうやったらもっと良くなるか年中考えていると、頭を休めている暇がありません。何か他のことをしている時でも、舞台のことを思い出して「あそこをこうしよう」と、思ってしまいます。どなたでも自分の仕事をやっている間は、元気だと思います。前にアメリカ人の若い優秀なダンサーに「何でバレエが好きなの?」って聞いたら、「終わりがないから」と言っていました。どこまで研究しても終わりがないのがバレエです。勉強しがいがある。でも勘違いして「もうこれで大丈夫」と思う人がいます。それで終わってしまう人もたくさんいます。だから、どこまでも終わりがないというバレエの精神を教えていくのが大切ですし、それが私の役割だと思っています」。

牧阿佐美バレヱ団 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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