「最強チーム」の作り方(3/4)
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新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、日本の雇用環境や働き方はドラスティックに変わってきています。リモートワークやオンライン会議などが当たり前になる中で、対面せずにプロジェクトを進めることも増えてきました。市場の多様化が進み、先行きも不透明な中で、成果を挙げるチームをつくっていくには、どんなことに気をつけなければならないでしょうか?
<ポイント>
・社会的手抜きを防ぐには「仲良しこよし」をやめる必要がある
・会社が「一致団結、一体感」を重視していてはいけない
・将来が見通せないときに重要なのは「知的ほふく前進」
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■社会的手抜きを防ぐには?
倉重:どの管理職の方も社会的手抜きは起こってほしくないと思っていますが、どうやったら防げますか。
中原:常に「見える化」していくしかないでしょう。
倉重:誰が何をして、どこで困っているか、あるいはどこで手を抜いているかを見える化していくということですね。テレワークをやると割と見えるようになります。
中原:僕も秘書や研究チームとの対話を全部Slackでしているので、誰が今何をしているのか全部見えます。コロナ前は文章になっていないので意外と分かりませんでした。
倉重:職場のコミュニケーションだって分からないですね。
中原:たくさん亡くなられた方もいるので、コロナは間違いなく「100年に1度の悲劇」です。しかし、コロナは、社会に変革を迫る契機を提供しているとも言えます。
倉重:コロナがなかったら日本の社会はここまで変わらなかったと思います。
次の話にもつながりますが、結局この社会的手抜きを防ぐためには、フィードバックすることを恐れないことだと思います。仲良しこよしでは駄目なのだという話もありました。
中原:何を目指すのか、何が課題かも常にズレているし、チームの中にはさまざまな社会的手抜きが生まれています。だからお互いに言うべきことをしっかり言う、フィードバッキングをすることがすごく大事になってくると思います。
そのために必要なのがサイコロジカルセーフティー、心理的安全というものです。言いたいことを言ったとしても干されないという風土が大事です。
倉重:それはどうやってつくるのでしょうか。
中原:エライ人とか、声のでかいひとが「黙る」ことですよ。そういう人たちの発言量が多すぎるのです。あとは、例えばメンバーが何か言ってきたときに、「ちっ」と舌打ちしたり、責めたり、言ってきたことを「もういいよ」とアジェンダに入れなかったりすれば一発です。フィードバックを誰もしなくなると思います。
倉重:あるいはその人に全部やらせてみたり。
中原:そういうことをしてしまうと、本当は言ってもらわなければならないことを誰も言わなくなってしまいます。
倉重:先ほどもお話に出ましたが、小学校の頃からみんなで仲良くしましょうという教育を受けてきた影響で、はっきりものを言うことと人格の否定というのが、混同されてしまう例がかなり多くないですか。
中原:だから一致団結、一体感では困るのです。フィードバックすると仲が悪くなると考えてしまうと、誰もフィードバックしなくなります。僕はすごく思うのですが、学生を見ていると、仲がいいけれども心理的安全性が低いのです。
倉重:それは「仲間外れにされたら怖い」というようなことですか。
中原:表面上はすごく仲が良いのですが、絶対に言うべきことは言わないようにします。言ったら関係性に亀裂が入ってしまうと思っている集団もありますよね。一方で仲はいいけれども心理的安全性が高い、つまり言いたいことをきちんと言い合えているゼミがあります。どちらの生産性が高いかといえば、絶対後者に決まっているでしょう。
倉重:それはそうですね。
中原:ですから仲がいいことと心理的安全性の高さは別の話なのです。それを一緒にするから話がややこしくなります。
倉重:仲良くすることを目的化してはいけませんね。先生は大学の学生に対して、どのように教えるのですか。
中原:まず民主主義とは何か、話し合いとは何かから教えます。なぜ話し合いをするのかというと、なかなか分かり合えないところを持っている人たちが共生するためなのです。「自分はどのように思っていて、どこがあなたとは分かり合えないか」ということを確認する作業が要るわけです。
倉重:その際のルールは決めるのですか。
中原:学生がやるべきことは全部決めます。例えば「企業とコラボをして商品の共同開発をしたい」「論文を読んで報告し合いたい」というゼミの活動自体は、ゼミ生に全部任せています。僕が「あれをしろ」「これをしろ」と言うことはほとんどありません。言うとすれば絶対大事なルールのところです。
倉重:ぜひそのルールを教えてください。
中原:例えば「どこかで意思決定をしなければならない」と決めます。少数派になったときに、「俺は別の意見になったから知らない」では駄目なわけですよね。必ず自発的フォローが必要なのです。こういうことをきちんと教えておかないと、ゼミで民主的に物事を決められません。
倉重:多数決で負けたほうは、意気消沈して何もしなくなったりしますよね。
中原:多数決だと全員の心が置き去りのまま「これはゼミで決まったからいいでしょう」となってしまいます。最初に話し合いの方法や対話の方法をインストールすれば、何とでもなります。
倉重:これは必須教養で1年生のときにするべきですね。
中原:もっと言うと小中高でやるべきではないですか。今『話し合いの作法』という本を書いているのですが、ぜひ全ての学校の共通科目にしてほしいです。職場でも全然できていません。
管理職の人たちがファシリテーションしているところを僕らも何千回も見ているけれども、本当に話し合いができないのです。だから話し合いをもっとインストールしたほうがいいと思います。
倉重:「この人は本当に出来が悪くてクビにしたいです」という相談でも、評価のフィードバックを見たら、「あまり悪く書けなくて」と良く付けたりします。「何ですかそれは」ということがたくさんあります。
中原:それでは辞めさせられませんね。フィードバックで必要なことは、できる限りいろいろな意見を聞いたり、受け入れたり、もやもや解消・共有タイムを持つことです。
そういうプチ工夫は、本の中にはたくさん載っていたのではないかと思います。やはりフィードバックをするということは、自分たちのチームが良い方向に向かうということを信じて、「私はこう見えるけれどもね、それについてどう思う?」と意見を交換し続けることです。1回話し合って「これで大丈夫だよねと」なっても、絶対また駄目になります。
倉重:またズレていきますね。
中原:仲良くデスマーチをしていて、「このまま行ったら落とし穴に落ちるかもしれない」と気付くと、余計にフィードバックし合わなくなります。
倉重:もう崖に落ちることを言わなくなるのですね。
中原:言わなくなって、みんなで落ちていきます。
倉重:常に変わる目標に対して、きちんと話し合って課題を捉えて、そのフィードバックをするというのはすごく地道な作業ですよね。
中原:もう超絶地道なほふく前進です。「知的ほふく前進」と呼んでもいいと思います。
倉重:本当に少しずつしか進めない、けれども間違った方向には行かないと。
中原:今のコロナ禍では、もう本当に1週間先が読めないですよね。そういうときには、常に起こっている課題を見える化していきながら、知的にほふく前進していくしかありません。
倉重:学生さんにも日々接しておられると思いますが、本を読んで「うちの会社ではどうしたらいいのだろう」と悩んでいる若い人もたくさんいると思います。会社では部下の立場だけれども、上司に対してどう働き掛けたらいいのか悩んでいる人はどうしたらいいでしょうか。
中原:メンバーからチームを変えるというのは、なかなか難しいと思います。とりあえず上司の机から見えるところにこの本を置くとか、上の人に薦めてもらえるといいのではないかと思います。
倉重:学生さんが就職されるときにはどのようなアドバイスをしていますか?
中原:僕は毎年最終講義のときに、「君たちにこれから20年、30年で起こることを言います」と話します。
例えば20代で就職します。入社時期があって、だんだん仕事に慣れてきて、20代後半になると、30%ぐらいは第一もやもや期に入っていきます。第一もやもや期では「この会社にいて本当に大丈夫だろうか」ということで悩み始めます。そういう旅のメタファーのようにして、これから起こることをプレビューして「それでも頑張っていってね」と言って送り出しています。
倉重:それはいいですね。必ずそういう人は絶対に出てきますから。
中原:今もLINEでたまに連絡をくれるメンバーもいます。「組織社会化始まりました」とか「うちの新入社員教育はこういうところが工夫されています」などと教えてくれたりします。
倉重:しっかりメタ視点で見られるようになっているのですね。
中原:あとは「経験学習ということを新入社員教育で言われて、くすっとしました」というメールがきます。それは大学で勉強していたことですから。
倉重:最終講義でそういうお話をされる心はどこにあるのですか?
中原:僕たちは教員なので、送り出した後、学生にずっと付いてあげることはできません。矢切の渡しのようなものです。こちらの世界からあちらの世界に渡した先では、自分の力で歩いていかなければなりません。これから起こる地図が少しでも広ければ路頭に迷わないのかなぐらいの意味で、地図を渡してあげています。
倉重:いい先生ですね。冒頭にあったように、キャリアというのは思ったとおりにいかないのは当たり前ですが、これから起こることを旅のしおりとして渡されていたら、「ああ、来たか」というように見られますから。
中原:人材開発や組織開発、人事の研究のゼミでは将来自分が悩むことを学ぶので、ラッキーだなと思っています。
■中原先生の夢
倉重:いいですね。最後に中原先生の夢をお伺いしたいのですが。
中原: 人材開発と組織開発のプロフェッショナルを育てることです。去年、教職員全員で協力して、大学院をつくりました。人材開発、組織開発のプロを育成する大学院をつくり、毎年たくさん入学してくださってきています。この大学院生の皆さんがそれぞれの企業の人事の中にどんどん入っていって、データに基づくHRDやODをやってほしいと思います。コンサルの方々もたくさん入学してレベルアップを果たしておられます。おそらく、この大学院の卒業生のなかから、何名かは、大学の教壇に立たれる方もでてくるでしょう。僕は、現役でいられるのは、だいたい、あと15年ほどでしょう。これからは、多くのひとびとが、人材開発や組織開発の世界を牽引していって欲しいですね。
倉重:中原先生という巨人の肩にどんどん乗っていくのですね。
中原:僕なんか、巨人じゃないです。僕なんぞ、すぐに「上書き保存」をしていいのです。僕は、大学を辞めたら野良仕事をして、文章を書きながら、生きていきたいと思います。
倉重:ゼロからイチを生み出す素晴らしい仕事ですからね。ありがとうございます。失われた30年、40年を脱却できるかどうかは、このスキルが1人でも多くの人につくというところにかかっているなと思いました。
中原:ありがとうございます。
(つづく)
対談協力:中原 淳(なかはら じゅん)
立教大学 経営学部 教授。立教大学大学院 経営学研究科 リーダーシップ開発コース主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所 副所長などを兼任。博士(人間科学)。専門は人材開発論・組織開発論。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等をへて、2017年-2019年まで立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム主査、2018年より立教大学教授(現職就任)。
「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。
単著(専門書)に「職場学習論」(東京大学出版会)、「経営学習論」(東京大学出版会)。一般書に「研修開発入門」「駆け出しマネジャーの成長戦略」「アルバイトパート採用育成入門」など、他共編著多数。著作のいくつかが、中国語・韓国語に翻訳・出版。研究の詳細は、Blog:NAKAHARA-LAB.NET(http://www.nakahara-lab.net/)。Twitter ID : nakaharajun
民間企業の人材育成を研究活動の中心におきつつも、近年は、横浜市教育委員会との共同研究など、公共領域の人材育成についても、活動を広げている。2021年より、文部科学省・中央教育審議会・臨時委員。一般社団法人 経営学習研究所 代表理事、特定非営利活動法人 Educe Technologies 副代表理事、認定特定非営利活動法人カタリバ理事、一般社団法人ピアトラスト 理事。専門性:人材開発・組織開発、趣味:人材開発・組織開発、特技:人材開発・組織開発、大好物:人材開発・組織開発。「画狂老人」と号した葛飾北斎をリスペクトし、自らは「学狂老人」として一生涯、「学び」にまつわる研究を行おうとしている。現在は「学狂中年」。