町の小売店が消滅寸前に? スウェーデンの金融ベンチャーCMが描く「他人ごとではない」近未来の悪夢
近未来には町の小売店(個人商店・リアル店舗)が消滅寸前に? そんな悪夢のSF的世界を描いたショッキングなネットCMが公開された。広告主はスウェーデンのフィンテック「iZettle(アイゼットル)」である。
「シャッター通り化」など日本でも小売業界の苦戦が報道されるようになって久しいが、状況は海外でも共通らしい。
EC市場が年々堅調に拡大する一方で、米トイザらスの破綻などグローバルに展開するチェーン店でさえリアル店舗は安泰とは言えない昨今。多くの個人商店の厳しさは並大抵のものではない。
このCMはそういった状況に一石を投じる内容となっている。日本に暮らす我々にとっても「他人ごと」「絵空ごと」と済ませにくいテーマだ。
約2分に及ぶCMのあらすじは以下のようなもの。
朝、主人公の女性が目を覚ますと、3DホログラムTVのモニターには架空の大手メーカー「ジャイアント・コープ」のCMが流れており、画面からタレントが次のように呼びかける。
「私たちはあなたにピッタリのものが何かを知っています。選ぶ必要はありません。心配する必要もありません。ジャイアント・コープは、すべてのお望みにフィットするひとつのスタイルをご提供します」
出勤の支度を済ませた主人公が町に出ると、デジタルサイネージ化された屋外広告スペースは、ジャイアント・コープにジャックされている。「私たちはご自宅に5分で商品をお届けすることができます」のアナウンスが聞こえる。
通勤のバス内でも、同社の無味乾燥な広告メッセージが流れ続ける。はっきり言ってウザいが、車内の人々は黙ってそれに耐えている。主人公がふと車窓に目をやると「仕事を守れ!」のかけ声と共にデモをする人々の姿。ジャイアント・コープの従業員たちだ。
主人公は街角で小さなパン屋を営んでいるが、丹精込めて手作りのパンを焼き、キレイにディスプレイしても客は一人も訪れない。この近未来世界に何が起きているのかを示唆するように、大量のドローンが商品を積んで飛ぶシーンがインサートされる。
夜。暴徒化したデモ隊から逃れるようにして主人公が帰宅を急いでいると、突然巨大な女性のホログラムが現れこう告げる。「ビリー、いよいよあなたのお店を売るときが来たのよ」。彼女の行動はジャイアント・コープに監視されているようだーー
続きが気になる方は、本編をご覧いただきたい。
欧米で近年、金融業界のキャンペーンが"攻めてる"理由
「自分で商いをする人たちのために(For the Selfmade)」と題されたこのCMが描くのは、個人商店(リアル店舗)がいよいよ立ち行かなくなった近未来の"超シャッター通り都市"。
つまり、「1.巨大資本による市場の寡占化」「2.AIなどデジタル技術による自動化」「3.データ収集による行動の監視化」が極端に進んだ社会である。海外のCMではあるが、日本に暮らす我々も含めて、近年世界の人々が感じている漠とした不安に訴えるものがある。
映像のトーンやメッセージから、映画「ブレードランナー」やAppleの1980年代の傑作コマーシャル「1984」を連想する方もいるかもしれない。
いまのタイミングで、iZettleのような企業がこのCMを公開することの意味はどこにあるのだろう?
iZettleは2010年に設立された金融ベンチャーである。個人・中小企業に向けたモバイル決算アプリの開発で成功し、"欧州のsquare"と称されるフィンテックの勝ち組。折しもこの5月には、PayPalによる22億ドル(約2400億円)での同社の買収計画がニュースになったばかり。
つまり、このCMはEC大手を"仮想敵"に見立て、「スモールビジネスの味方」を謳う自社サービス(ブランド)を売り込む逆襲広告だ。
「何十億ドルもの資金を何度も調達しておきながら、手のひら返しの大資本批判はどうなのよ?」との声もあるだろうが、まあ、そこはコマーシャルというもの。「金融サービスの民主化」という同社のビジョンを、エンターテインメントとして表現したブランドコンテンツとして見応えはある。それなりの制作費もかかっていそうだ。
ところでここ数年、欧米圏の広告クリエイティブは、金融業界が攻めてる印象がある。
ひと昔前ならこの業界のキャンペーンは、扱う商品の特性もあって穏当で地味か、逆に大はしゃぎして悪目立ちするものが多かったが、最近の世界の広告賞の結果を見ると、老舗・ベンチャーを問わず、銀行やその他金融事業を行う企業が優れてとんがったキャンペーンで上位に入るケースが目立つ。
その背景にはいわゆる「フィンテック革命」が与えた業界全体への刺激もあるのかもしれない。ここでご紹介したiZettleによるCMも、その流れにあるもののひとつと考えると文脈を理解しやすい。
つまり、近年世界ではフィンテック含めた"金融のブランド化(あるいはブランドのリニューアル施策)"に取り組む企業が増えており、その業界の広告にも真摯なストーリーテリングが求められるようにもなっている。
先端のテクノロジーを武器にする企業だからこそ、逆に人間性・共感性豊かなコミュニケーションができるブランドが、ステークホルダー含めて社会から支持されるのだ。
金融ベンチャーも技術やサービスのすごさだけでは差別化が難しくなり、「表現(広告)」に活路を見出そうとする時代になってきているのかもしれない。
いずれにせよ、このCMは広告主の"社会的主張(こんな世界はイヤだ)"を大胆に世に問うキャンペーンとして興味深い。CMの最後に出てくる「レジスタンスに加わろう。地域に根ざしたお店を」というキャッチコピーも挑発的だ。