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世界の広告はAI時代の「I」を探そうとしている

河尻亨一編集者(銀河ライター主宰)
カンヌライオンズは今年70周年。映画祭でもお馴染みレッドカーペット前(筆者撮影)

人に寄り添う"優しい広告"が増えている?

世界最大規模のクリエイティブ祭「カンヌライオンズ」のレポートをお届けする。

カンヌは世界の広告・マーケティング産業で生じつつあるダイナミックな変化をうかがい知れるフェスティバルだ(6月下旬開催)。筆者は2007年以来ほぼ毎年現地取材を行っている。

2023年は、世界86カ国から26992件のエントリーがあり、全30部門から計874件の受賞施策を選出している(グランプリ、金賞、銀賞、銅賞)。

カンヌで受賞する数々の事例をウオッチすると、世界のブランドが時代の変化にいかに対応し、「多様な課題をどんなアイデアで解決しようとしているか?」をリアルな実践例として知ることができる。

熾烈な競争で優位に立つための方法論として「クリエイティビティ」がある。その発想と手法は年々アップデートされていく。ゆえにカンヌライオンズでは、グローバルビジネスの最新動向はもちろん、各国の文化や生活、世界をおおう時代の空気まで体感できる。

そこがこの“フェス”を長年取材していて興味の尽きないところだ。まさに「広告は時代の鏡」であることを実感する。

では、2023年現在のクリエイティブ産業、そして世界の現在地とは? 

予想通りと言うべきか、フェスティバルでの最大の関心事は「AI」(人工知能)だった。現地ではChatGPTの開発元「OpenAI」のCOO(チーフ・オペレーティング・オフィサー)をゲストに招いたセミナーなどが注目を集めた。

「OpenAI」のCOOブラッド・ライトキャップ氏をゲストに迎えたセミナーの一コマ。人気のため入場制限。会場に入れず、プレスセンターのモニターで視聴した(筆者撮影)
「OpenAI」のCOOブラッド・ライトキャップ氏をゲストに迎えたセミナーの一コマ。人気のため入場制限。会場に入れず、プレスセンターのモニターで視聴した(筆者撮影)

生成AIはクリエイターの仕事を侵食しかねない技術である。参加者の多くにその懸念があるのかもしれない。「人とAIがいかに協働していくべきか?」といったテーマで語られるトークセッションが目立った。

受賞施策にもAIを活用したものが多く見られる。フェスティバル公式レポートによると、今年、カンヌライオンズで受賞した874施策のうち、「8・3%がAIに関連するもの」だったという(昨年は約4%)。生成AIを活用したキャンペーンも増えているようだ。

取材をしていて、もうひとつ気づいたことがある。

「セルフケア」の視点で発想された受賞施策が目につく。大きな意味でのカスタマーの「自信・自己愛」を育み、「自己肯定」を促そうとするキャンペーンである。「ヘルスケア」施策も多い。キーワードとして「ケア」が浮上していると感じる。

この10数年来フェスティバルを牽引してきた社会イシュー解決志向の施策、つまり「ソーシャルグッド」や「パーパス」といったワードに代表されるトレンドは、依然、カンヌの基調をなすムーブメントと言える。

昨年などはその動きが先鋭化し、正義のためなら暴露や違法行為スレスレのアクションも辞さない。そんな過激なキャンペーンまであった。

(参考)2022年のカンヌライオンズレポート:ガーシー化している? 世界の広告。「正義」の炎上マーケに勝算はあるか(Yahoo!個人・河尻亨一)

しかし、ここにきてその流れは"変質"し始めているのでは? そんな印象も受けた。

気候変動や格差、ジェンダーや人種へのバイアス、暴力(DV)など、大きな社会課題の解決をテーマに据えたキャンペーンも多いが、一方で心と体の両面における個人の「QOL向上」や「ウェルビーイング」を意図する施策が存在感を示していた。

それらも「解決(solution)」を志向しているのだが、むしろ「ケア(care)」という言葉のほうがしっくりくる。つまり、人(私)に寄り添う“優しい広告”が増えている。

それはなぜか? ひょっとするといま「人(個人)」というものの存在が揺らいでいるのでは? そう考えると、今年のカンヌライオンズの底流にあるテーマは、「パンデミック明けの世界を席巻する“AI”、そんな時代における“I”の模索」ということになるかもしれない。「世界のいま」がよく表れた受賞施策を紹介していきたい。

デリバリーサービス「戦国時代」の奇策

パンデミック下において、フードを中心とするデリバリー市場は急成長を遂げた。一方でサービスの乱立によって競争が激化、街に出る人が増えるにつれて“戦国時代”を迎えているという。こうなるとブランド(アイデンティティ)の確立が急務となる。

巨額の予算を投じて、大量に宣伝すればいいかと言えば、ことはそう単純でもない。そのサービスならではの独自性を備えたキャンペーンが、競合との差別化やサービス存続の鍵である。カンヌライオンズの受賞施策からは、激しく競い合うデリバリー業界の一端が垣間見えた。

米国、アルゼンチン、サウジアラビアのブランドによるキャンペーンを見てみよう。これらはいずれも30部門あるカンヌのアワードでグランプリを受賞したものだ。

まずは米国の「ドアダッシュ(DoorDash)」。同ブランドはバレンタインに、カップルではなく一人で過ごす女性のための「セルフ・ラブ(ご自愛)」キャンペーンを展開、特別なブーケ商品をPRした。

「セルフ・ラブ・ブーケ」と名付けられたこの商品を期間中に購入すると、11本の赤いバラとともに、TikTokで人気に火がついたプレジャー・グッズ「ローズ・トイ」(バラの形をしている)が花束になって宅配される。

「女性のマスターベーションはもはやタブーではない」「バレンタインに他人ではなく人生で最も大切な人、そう、『自分』への愛を贈ろう」と呼びかけ、話題を巻き起こした。

こうしたプレジャー・グッズは、近年フェムテックの文脈からも注目されており、高機能な新商品の開発が進んでいるという。

自分への愛ではなく国民的な熱愛に応えたデリバリーサービスもある。その一例が「W杯を配達(World Cup Delivery)」だ。

2022年、アルゼンチンはサッカーW杯で優勝。待ちわびた悲願の達成である。国中が熱狂する中、フードデリバリーの「ペディドス・ヤ(Pedidos Ya ※いますぐ注文)」は全ユーザーに“嘘”の配達通知を送信する。

「ご注文の商品が間もなく届きます」。

何百万人ものユーザーが不審を抱く。SNSにクレームを投稿する人もいた。しかし、リンクをクリックすると不審は喜びに変わる。そこではワールドカップのトロフィーと優勝の立役者たちを乗せたフライトを追跡する情報をリアルタイムで見ることができた。

つまり、リアルなW杯(トロフィー)が“配達”される、そのプロセスを生中継しようとしていたのだ。人々はカタールからアルゼンチンまで30時間以上の道のりをスマホで追い続け、「#Pedidos Ya」はTwitterのトレンド1位を獲得したという。スポーツイベントの盛り上がりに即座に反応し、巧みに“便乗”したキャンペーンだ。

先端のAI技術で話題づくりを行う企業もある。サウジアラビア初のフードデリバリーサービスと紹介される「ハンガー・ステーション(Hunger Station)」は、宅配アプリに「潜在意識オーダー(The Subconscious Order)」という新機能を追加した。

「自分がいま何を食べたいかわからない!」という状況は、だれもがしばしば直面する日常のフラストレーションだが、この機能を使うとAIがその人の「食べたいもの」を自動的に探してくれるという。

どうすればそんなことが可能なのか? 施策ブリーフ(フェスティバルに提出された概要文)によると次のような仕組みらしい。

まず、ユーザーが料理を物色(画面スクロール)していることを認識すると、レコメンド機能が作動する。そしてユーザーの視線をカメラが追跡しながら、食欲をそそる様々な料理をリアルタイムで表示。いわば“飯テロ”状態におく。その際には「角膜反射による眼球運動を測定。視線を追跡し、各料理を見ている時間などを計測する」という。

その後、スマートAIは独自の学習モデルで選択肢を絞り込み、ユーザーの視線が最も集中しているもの、つまり「潜在意識が切望している」料理のデータ・レポートを提示。これにより、ユーザーが求めるレストランのリストが提供され、簡単に注文できるようにオーダー機能と接続される。

「視線がもっとも集中しているもの=いま食べたいもの」なのか? そこは筆者にはわかりかねる。しかし、先端のフード宅配を印象づける話題づくりツールとして効果的だと思われる。

世界のブランドが語る「セルフケア」と「ヘルスケア」

先に紹介したドアダッシュ(DoorDash)による「ご自愛ブーケ」のキャンペーン以外にも、「セルフケア」の観点から注目したい施策がある。ダヴ(Dove)による「#ボールド・グラマーに背を向けよう(#TurnYourBack on Bold Glamour)」キャンペーンだ。

ダヴは2000年代から、「自己肯定(Self-Esteem)」をキーワードに女性のリアル・ビューティの価値を伝えてきたブランドだ。そのポリシーからTikTokで人気の美顔フィルター「ボールド・グラマー」に反対の立場をとっている。これは一瞬にしてその人の顔立ちを整えるフィルターで、AIを導入した高性能なツールである。

Doveによる調査では、13歳までに80%の少女がフィルターで写真を加工したことがあり、写真を定期的に加工する少女は、加工しない少女に比べて容姿に対する自己肯定感が低いというデータもあるようだ。

進化したフィルターブームに一石を投じるには「顔を見せない」という選択肢を広めること。そう考えたダヴは、TikTokのユーザーに、「#背をむけよう」のハッシュタグ付きで後ろ姿を投稿するよう呼びかけた。

爆速で進化する「AI」から「I」を守る。生成AIに対しては各国でルールづくりや規制の動きもあるようだが、そのリスクに警鐘を鳴らすキャンペーンも今後は増えていくかもしれない。

むろんのこと、AIは人類を不幸にするために存在するわけではない。役に立つか害になるかは、人がそれを「どう使うか?」次第だろう。

AIをヘルスケア向上に活用した取り組みもあった。ブラジル最大手のバイオ製薬会社「ユーロファーマ(Eurofarma)」は、パーキンソン病を患う人向けのアプリ「スクローリング・セラピー(Scrolling Therapy)」をリリースしている。

顔認識のAIツールを活用したこのアプリは、「笑顔を見せる」「舌を出す」など、顔の筋肉を動かす(表情を変える)ことでSNSにリアクション(「いいね」など)でき、スワイプなどの操作も表情で行うことができる。パーキンソン病の患者が顔の筋肉を活発に動かすことは、筋萎縮や顔面運動能力の低下を遅らせる効果が期待されるという。

しかし、鏡の前での長時間のリハビリはハードでもあり、実行する人も多くはないそうだ。SNSを閲覧するという息抜きの時間を活用して、患者をサポートする技術を提案した。

カンヌライオンズには「健康」に特化した2部門がある(ファーマ部門とヘルス&ウェルネス部門)。しかし、今年はその他の部門でもより広い意味での「ウェルビーイング」にフォーカスしたキャンペーンが目立った。

企業によるブランディング(マーケティング)を考える上でも、「セルフケア」や「ヘルスケア」がキーワードになっていることは、ここからも見て取れるだろう。

フェスティバルを取材していて、ほかにもいくつか気づいた時代の変化の兆しがある。次回は、その辺りを中心にレポートしてみたい。

編集者(銀河ライター主宰)

編集者、銀河ライター。1974年生まれ。取材・執筆からイベント、企業コンテンツの企画制作ほか、広告とジャーナリズムをつなぐ活動を行う。カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバルを毎年取材。訳書に『CREATIVE SUPERPOWERS』がある。『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』で第75回毎日出版文化賞受賞(文学・芸術部門)。

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