30秒で8億円。米の超高額CMを分析すると見えてくる世界の風景
超人気アメフト中継の裏側で、社運をかけたCM同士がぶつかり合う
第56回スーパーボウルが開催された(日本の日付で2月14日)。
スーパーボウルはアメリカンフットボール(NFL)の王者決定戦。ときに五輪やサッカーW杯以上の注目を集めるとまで言われる、米国最大のスポーツイベントである。
パンデミックの影響で視聴者数が落ちこんだ去年と打ってかわり、Bloombergによれば今年は約1億1230万人が視聴、「5年ぶりの高水準」になったという。
試合やハーフタイムのショーはもちろん、中継の合間に挟まる「コマーシャル・タイム」が盛り上がるのもスーパーボウルの特徴だ。多くの視聴者が見こめる超人気番組の枠に、有名企業がとびきり見応えのあるスペシャルCMをオンエアするのが”恒例行事”になっている。
スポーツの力でビジネスのほうも盛り上げようとする、極めてアメリカ的なビッグイベントと言えるだろう。
ちなみにCMのオンエア料は極めて高額である。
今年は30秒スポットが平均650万ドルとも、最高700万ドルとも言われている(日本円にしてざっと7~8億円)。
スーパーボウルCMはセレブの起用率が高く、一流のクリエイティブチームにオファーするため、制作費のほうもとんでもない額になる。
この”お祭り騒ぎ”にメディアも便乗し、「今年のCMベストテン」や「CMワースト5」などを独自に選ぶレビュー記事が相当数リリースされる。視聴者の投票によるCMランキング企画も盛んだ。
好感度が高いと御の字だが、ワーストに選ばれてしまうと大変だ。業績に大きく響きかねない。
よって、スーパーボウルに広告を出す企業は、どこも真剣勝負にならざるをえない。CMタイムには、社運をかけたコマーシャル同士がアメフトさながらぶつかり合う。
そんなスーパーボウルCMには、米国のいまが凝縮されている。そこで流れる映像表現をつぶさに読み解いていくと、ビジネスやカルチャーの最新トレンドはもちろん、現在のアメリカを覆う空気まで感じることができる。
今年のスーパーボウルCMはどうだったか? 各種ランキングやレビュー記事も参考に、番組内でオンエアされた約70ものコマーシャルから注目CMを選りすぐり、3つのトピックから解説したい。
サステナブルも力ずく? ハリウッド風のSDGs
日本でもそうだが、米国においてもいまは多くの企業が、声を大にして自社の「サステナブル」ぶりをアピールしたがっている。
マヨネーズを主力商品とする食品ブランド・ヘルマン(ユニリーバ)は、元アメフト選手のジェロッド・メイヨ(Mayo)が、食べ物を廃棄しようとする輩に次々とタックルをかましていくコミカルなCMをオンエア。フード・ロス削減を訴えた。
マヨネーズだから"Mayo"を起用というのは、ウルフ・アロンをアロンアルファのCMに登場させるようなもの。元アメフトのスター選手というのも番組内容にフィットしている。見るとなかなかインパクトのあるギャグCMに仕上がっていた。
だが、よくよく考えると違和感もある。
フード・ロスという「悪」を倒すため、タックルという「力」に訴えているのはどうなんだろう? そこに強烈に”アメリカ”を感じてしまうのは筆者だけだろうか。
完成度が高くお行儀のいい”作品”が評価されやすい国際クリエイティブ祭とは異なり、米国ドメスティックなイベント色の強いスーパーボウルでは、もっと生々しい"体当たり"のCM表現が見られる。
それらの広告の奥に、アメリカ社会が内に秘めた欲望や潜在意識まで垣間見えてしまうのだ。
サステナブルと言えば、今年のスーパーボウルでは、EV(電気自動車)のCMが目立っていた。
アーノルド・シュワルツネッガーを起用したBMWや、愛らしいロボット犬が活躍するキア(起亜自動車)など注目を集めたものが多い。
なかでも懐かしのコメディ映画「オースティン・パワーズ」の悪役・Dr.イーブルを登場させたGM(ゼネラルモーターズ)によるCMは好感度が高かったようだ。
このCMでは、GM本社を乗っ取ったDr.イーブル(マイク・マイヤーズ)が、一味の手下たちから「世界征服の前に、地球環境を守る必要がある」と諭されるひと幕がコメディ風に描かれている。
だが、環境保護活動に取り組むとなると、もはや「イーブル=evil(邪悪な)」の名は似合わない。Dr.イーブルは「じゃあ、オレはDr.グッドなのか?」などと悪態をつきながらも、結局オールEVシフトを決意する。
悪者でさえ地球環境に配慮せざるをえない時代なのかと思うと、なんだか可笑しい。ここに共感した人は多そうだ。
SDGsもハリウッド風のスパイスを効かせれば娯楽に変わる。つくづくエンタメ好きな国なんだと思わせられる。
社会に広がるパンデミック疲れを揉みほぐしたい意図でもあるのか? 今年のスーパーボウルCMでは、こうしたアメリカンな”ギャグもの”が目立つと同時に、往年のヒット映画やドラマをパロディ化したコマーシャルもチラホラ目にした。
冒頭に紹介したマヨネーズのCMからして、実は昔スーパーボウルで大ヒットしたCMのパロディである。こうした傾向を受けて、「ノスタルジー」を今年のキーワードとして挙げるレビュアーも見かけた。
暗号資産企業がCM枠をハックした?
だが、アメリカという国は一枚岩ではない。「昔はよかったね」的な空気をたたえるコマーシャル表現が幅を利かせる中で、未来志向の姿勢を強く打ち出したメーカーもある。
なかでも高級EVのスタートアップとして知られるポールスター(ボルボ傘下)は攻めていた。ライバルであるフォルクスワーゲンやテスラへの揶揄とも取れるCMを堂々オンエアしたのだ。
黒バックを基調とした映像では、同社初となる純EVセダン「ポールスター2」の車体をスタイリッシュに浮かび上がらせていく。そこにーー
「No Dieselgate(排出ガス不正はしない)」
「No dirty secret(汚い秘密はない)」
「No empty promise(空疎な約束もない)」
ーーといったライバル社への”当てこすりコピー”が入るのだが、なかでも極め付けは「No conquering Mars(火星は征服しない)」だろう。
これには火星移住プロジェクトを進めるイーロン・マスクも困惑したのか、Twitterではこの一件に触れた他人のツイートに、「半泣き半笑い」の微妙な絵文字でリアクションしていた。
競合他社に対するさまざまな「No」を並べたてた上で、ポールスターは「No compromises(妥協なし)」のブランドだとアピールしている。
ポールスターもそうだが、いま勢いのあるテック系ベンチャーやこれからのビジネスを牽引しそうなスタートアップは、CMの内容も野心的・実験的なものになる傾向がある。
今年は初めて暗号資産(仮想通貨)関連の企業が、スーパーボウルCMデビューを果たしたことも話題になった。暗号資産取引所のFTXやコインベース、crypto.com(クリプト・ドットコム)などである。
FTXやクリプト・ドットコムは、著名人を起用したある種”オーソドックス”なCMで、世間的にはまだ十分理解されているとは言い難い「暗号資産」というビジネスを、親しみやすく表現しようとしていた。
それとは真逆の戦法に出たのがコインベースだ。同社は下手すれば「放送事故?」と思われかねないトンがったCMでスーパーボウルの話題をさらった。
ご覧の通り、60秒のCMタイムのあいだQRコードが画面内をうろうろするだけ。フレームに衝突するとQRコードの色だけ変わる。バックには懐ゲー風(あるいはディスコ風?)のBGMが流れる。
ひと昔前までお馴染みだった、DVDのスクリーンセーバーをヒントにした動画というが、企業名は最後に数秒うっすら入るだけなので、いったい何のCMなのやら、見てもほとんど意味がわからない。
だが、このQRコードを読み取れば、「どこかの企業サイトに連れて行かれるのだろう」という予感はムンムン。怪しい場所だったらどうしよう? そんな不安さえよぎる。
60秒CMであるからには、オンエア料は推定10億円をくだるまい。そこにこれを流すとは、なかなかの度胸だ。
しかし、そこは1億人近くがライブ視聴している怪物番組スーパーボウル。好奇心のおもむくまま、動くQRコードをスマホで捕まえようとした人も相当な数に上り、同社サイトはしばしダウンしてしまったという。
サイトにたどり着いた人たちは結局、「いま新規登録したら15ドル」の”ビットコイン配り”など、コインベースによるキャンペーン告知を目にすることになった(18日現在、確認するとゲット額が5ドルに下がっていた)。
さんざん人の期待をあおっておいて、オチは超ありきたりだ。
だが、このCM表現は興味深い。いま多くの人々が暗号資産に対して抱いている「不可解なもの」という印象を、親しみやすいイメージに変えようとするのではなく、逆に「わからなさ」を最大化することで目立つことには成功している。
新興ビジネスならではのハッカー的戦術である。
一見いい感じだが、じわじわ怖くなるメタバースCM
かつてはイケイケだった新興ビジネスも、ときがたてば大人になる。そして、大人には大人の悩みがある。Meta(旧Facebook)のコマーシャルを見て、そんな感想を抱かずにいられなかった。
ここに登場するのは、子供向けアミューズメント施設で、ライブ演奏を披露している着ぐるみのキャラクターたち。だが、パンデミックの影響か、店は閉鎖され彼らは売りに出されてしまう。
ボーカルの犬キャラはその後、自分に向いてない”職場”を転々とした挙句、使えないヤツ認定されてゴミ置き場へ。偶然、拾ってくれた女性の好意で、科学未来館のような施設の案内マスコットに起用される。
そこでVRヘッドセット「メタ・クエスト2」を装着し、Metaが運営するメタバース「ホライゾン・ワールド」でバンド仲間たちと再会、仮想空間内の演奏ステージへ向かうーーという内容なのだが……。
キャラクターに演じさせることで、郷愁を誘う”いい感じ”の物語に仕立てているとはいえ、「グレート・レジグネーション(大量離職)」が社会問題化している現在のアメリカで、この設定は生々しすぎやしないか。
リアルな世界での居場所を失ったとき、導かれる先がメタバース一択なのだとすれば……? 筆者などはちょっと恐ろしいような気がしないでもない。
攻めているのか、守っているのか、社会に寄り添うグッドカンパニーなのか、利益をドンドン出して成長したいのか、企業としてのスタンスがよくわからないCMだった。
CMがモヤモヤしていると、見る側としては「大丈夫か? この会社」と別のコワさも感じてしまう。Metaとして再出発したFacebookは、新しいブランドイメージづくりに苦心している最中なのかもしれない。
このように見ていくと、広告は企業と社会の接点ということがよくわかる。今回のスーパーボウルは、時代感がよく出ているという意味で、久々に見応えのあるCMが多かった。
つまり、パンデミック後の次の一歩を、各企業がどう踏み出そうと考えているのか? 試行錯誤の空気まで含めて伝わってくる。景気がいいはずのアメリカが、微妙に”後ろ向き”ということも。
米国の識者も指摘していたように、全体として今年のスーパーボウルCMは、懐古の気分に包まれていると感じる。アメリカの空気は西側諸国に伝わりやすい。この気分は日本にも伝染する可能性はある。
今回紹介した以外にも、スカーレット・ヨハンソンとコリン・ジョスト夫妻がアレクサに、心で考えていることを読まれてしまうCM(amazon)や楽天による初スーパーボウルCMなど見どころは多い。
食品・飲料から健康産業、不動産系のCM、新作映画のトレーラーなど業種も実にさまざまだ。
米ニュース放送局CNBCのサイト「Watch all the commercials from the 2022 Super Bowl」では、今年スーパーボウルでオンエアされたほぼすべてのコマーシャルを視聴できるようになっている(解説コメント付き)。