ウクライナの兵士は平和のための"偉大な投資家"。現地のクリエイターはいま
ロシアがウクライナに侵攻を開始してから、ひと月半が経過した。
刻々と変わる戦況から西側諸国による経済制裁、あらゆるメディアを総動員しての情報戦、目を覆いたくなるような悲惨な戦闘、爆撃の光景など、連日、多くの関連ニュースが伝えられる。
ウクライナのクリエイターや広告・マーケティング産業は現在どのような状況に置かれているのだろう?
一部報道されているように、勝利のためのキャンペーンに協力しているのだろうか。具体的な情報が少ないため、筆者としては気になっていた。
おりしも先月から、国際クリエイティブ祭として知られる「カンヌ・ライオンズ」が、同国のクリエイターを支援する取り組み"We stand with Ukraine"を開始した。
このプロジェクトに参加しているウクライナ側のメンバー数人に取材を打診したところ、アンナ・コスティロバ氏(Anna Kostylova)とセルヒイ・マリク氏(Serhii Malyk)の2名から返信があり、手記を寄せてくれた。
二人の手記は、2月24日以降、緊迫する現地の状況がリアルに伝わってくるものであり、彼らが現在取り組んでいるプロジェクト(仕事)にも言及されていた。この記事では、ほぼカットなしの寄稿文として紹介したい。
まずはアンナ・コスティロバ氏の手記から。
クリエイティブ・ディレクター、コピーライターとして活動するコスティロバ氏は、4名の女性メンバーで運営する「パワープラント・クリエイティブ(Power Plant Creative)」というマーケティング会社の創業者でもある。
もはや立ち止まることはできないーアンナ・コスティロバさんによる手記
痛切な手記である。文中に記されているように、コスティロバ氏は、ゼレンスキー氏を選出した前回の大統領選時に、退役軍人を支援するプロジェクトを立ち上げていた。
プロジェクトを紹介する現地の経済誌を見ると、退役軍人たちは、みな義足や義手を身につけている。そしてまさにこのタイミングで、軍服をスーツに着替えようとしていた(冒頭写真)。
「大統領選候補者でもオリガルヒでもない無名の彼ら」こそ、社会にもっとも貢献した人材だと考え、クラウドファウンディングを実施し、PR活動を行ったという。
続いてセルヒイ・マリク氏が寄せた手記をご紹介しよう。
マリク氏は7名のメンバーから成る「アングリー・エージェンシー(Angry Agency)」という広告会社の代表を務めるクリエイティブ・ディレクターだが、いまはウクライナへの支援を訴えるキャンペーンを展開しているという。
クリエイティブの市場は情報戦にシフトしたーセルヒイ・マリクさんによる手記
目標は「戦争を勝ち抜くために私たちの軍隊を助けること」ーー最後の1文が強く印象に残った。
マリク氏のチームが制作した「ネバーアゲイン・ギャラリー」を見ていると、戦争はなぜ繰り返されるのか? という疑問が心の奥から湧いてくる。
ウクライナではほかにも多くのクリエイターたちが、「軍隊を助け、諸外国に支援を求める」ためのキャンペーン制作に従事していることが推察される。
書籍『戦争と広告』(馬場マコト著)はじめ多くの文献に記されているように、日本でも太平洋戦争中は、多くの著名クリエイターが戦意高揚のキャンペーンにすすんで協力していた。
死ぬか生きるかの戦時下において、クリエイティブのプロジェクトもそうならざるをえなくなる。たとえ望んでいなくても。それこそが戦争の恐ろしさであり、狂気だ。
「もはや立ち止まることなどできない」ーーコスティロバ氏が書いていたこの1文は、ウクライナの人々の現在の実感なのだろう。それと同時に手記からは、多くの人々が「ビジネスを再起動させたい」と切望していることも伝わってきた。
ウクライナのクリエイターたちが、1日も早く”日常の仕事”に復帰できる日が来ることを祈るばかりだ。
そのための支援アクションもすでに始まっている。
4月12日現在、コスティロバ氏やマリク氏ほか、約20名のウクライナ人クリエイターが海外企業とのコラボレーションを模索し、コンタクトを取ろうとしている(We Stand with Ukraine 参加クリエイターリスト)。
コスティロバ氏は筆者とのやり取りの中で、日本のこれまでの支援に謝意を示しつつ、こうも語っていた。「どんな言葉のサポートでも、コンタクトでも、助言でもありがたいのです。私たちはウクライナの再建を担っていかなければなりません」
IT系の産業では、在ウクライナのプログラマーや日本に避難してきた技術者に、仕事を発注することで支援しようという動きも出はじめているようだ。リモートで行える仕事にいまや国境はない。
コミュニケーションツールも驚異的な進化を遂げ、戦時下においても海外の仕事を受注することができる。その部分においては日常を取り戻すことができる。そこが第二次大戦時との違いだろう。