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アメリカ経済が絶好調なのはトランプ効果?機械vs人間の熾烈な競争が始まる「和製ソロス」に聞く(下)

木村正人在英国際ジャーナリスト
ダボス会議の開幕控えるスイスで反トランプ抗議デモ(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]ロンドンに本拠を構える債券では世界最大級ヘッジファンド「キャプラ・インベストメント・マネジメント」共同創業者、浅井将雄さんへのインタビューの最終回です。アメリカが完全雇用を達成したのはオバマ前米政権の遺産なのか、トランプ効果なのか。そして米中貿易戦争は起きるのか、人間と人工知能(AI)の未来について分析してもらいました。

――アメリカはついに完全雇用を達成したという見方が強まってきました。ダウ平均株価も200ドル以上値を上げ、過去最高値を更新しています。企業と個人への減税は景気を過熱させる恐れがあります。オバマ前米政権の遺産でしょうか

「オバマ前政権の遺産という訳ではないと思います。世界経済の回復過程にある中で世界経済が久々に4%を超えて成長しています。最も恩恵を被っているのが世界最大の経済大国アメリカです。今回、アメリカを中心にICT(情報通信技術)革命、産業革命に近いモノが起きています。ICT革命の震源地がアメリカであるのは間違いなくて、アップル、マイクロソフトなどに代表されるテクノロジー企業の価値にしても、作っている製品の高度化にしてもずば抜けています」

「今まで繊維で始まって、そのあと自動車に代表される製造業に移り、今、新たにテクノロジーの花咲く時代になりました。その中心にあるのがアメリカです。アメリカをはじめ先進国はみなメタボ状態なんですが、アメリカはまだ病状が軽く、十分運動もしていて、アニマル・スピリッツもあります。伸びゆくエネルギーがある中、少しの起爆剤、法人税の大幅な減税などがあるとアメリカの企業収益をさらに押し上げる大きなステップになります。2018年も10%、2019年も10%程度アメリカの上場企業の収益は上がってきます」

「ドナルド・トランプ大統領ほど良い面と悪い面があまりにも共存している政治家は珍しいでしょうね。歴代大統領の中でも1人しかいないでしょう。バラク・オバマ前大統領に代表される非常にスマートである意味、物分かりの良い人が世界のリーダーだったわけです。これに対してトランプ大統領は一部の国を『シットホール(侮蔑的な言葉のため禁句になっている)』のような国と呼んだと報じられていますが、そんな発言、 普通の大統領はしません」

「大統領の品位にあっているかどうかは分かりませんが、ある意味、歴代の大統領ができなかったこと、レーガン減税よりもっと大きな減税をやったわけです。歴代の大統領が成し遂げなかったことを1年目でやってしまう反面、各国との関係はギクシャクしてしまったり、環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱するとか、連続性がなかったり、普通の大統領ではないですよね」

「最悪の大統領になる可能性もあるし、アメリカ・ファースト(第一)を成し遂げる、アメリカの停滞を止めることができる大統領かもしれない。問題発言が多いことは、ツイッターを政治に使うのが正しいかどうかという評価を難しくしている面もあります」

――中国の対米貿易黒字は前年比10%増の2758億ドルで過去最高を更新しました。米中貿易戦争は勃発しますか

「日本とアメリカの間で勃発した貿易戦争というのは一方的に強国が伸びてくる国の頭を叩くというのが原点だったと思います。橋本龍太郎通産相と米通商代表部(USTR)のミッキー・カンター代表との間で竹刀を突き付けたように、徹底的にジャパン・バッシング(日本叩き)が行われました。中国を叩くと言っても、アメリカも中国にアメリカ製品を買ってもらわないといけません」

「トランプ大統領は中国を訪れた時に大量の通商交渉をまとめましたが、中国経済は非常に大きくなってきているのでアメリカは中国の購買力に期待しています。日米貿易戦争は日本の過大な輸出を防ぐのが目的でしたが、米中貿易戦争は中国の門戸を開ける方向で進んでいます。貿易赤字を減らすために中国にモノを買ってもらう」

「買ってくれというのは頼まなければいけないので、貿易戦争になっても日米の貿易戦争と米中の貿易戦争は、中国にアメリカがモノを買ってもらうための脅しという戦いなので、中国製品を締め出すという方向にはならないと思います。中国にモノを買わせる。中国経済は大きくなっているので、それを可能にするだけの経済成長をしています」

「米中間で交渉はされると思いますが、それ自体、世界的に見れば中国市場の開放を進める上で悪いことではないと思います。ただ、最終的にそれは中国をさらに大きくしてしまうということになってしまうのではないでしょうか」

――イギリスは本当に欧州連合(EU)から離脱できるのでしょうか。EU離脱交渉をめぐってメイ政権が崩壊するリスクがくすぶり続けています。EU、ユーロ圏の未来をどう見ておられますか

「不幸ですよねイギリス、リーダーシップの欠如が。2016年のEU国民投票で残留派のデービッド・キャメロン首相(当時)が敗れて、テリーザ・メイさんがイギリス史上2人目の女性首相になりました。たぶんEUに残留すると思って国民投票をしてみたら離脱が決まってしまい、離脱派には離脱のグランドデザインを描いている人がいませんでした。何も進まない、何も決められないのは当然ですよね」

「メイ首相も離脱のシナリオを持っていたわけではありません。離脱派が勝つとも思っていなかったでしょう。ポピュリズム議院内閣制の最も愚かな選択をしてしまった結果だと今は思っています。リーダーシップを唱えても、メイ首相がそれを望んでやっているわけではありません。離脱交渉の相手のEUも困っているのだと思います。交渉相手はいない。離脱のために仕事をする人も大きな予算をつけているわけでもありません」

「750を超える条約をたかが1~2年で170カ国近くと結び直すのはもともと無理な話ですから。日本でも年間100本前後の法律しか通りません。750は物理的に無理な話。違約金(離脱清算金)ではEUと同意しましたが、アイルランドの国境問題を抱えていて誰がやったとしても不可能なことです。EUから主権を取り戻すというのはあって良い選択だと思いますが、如何せん、準備不足で、このままではハードランディングの可能性が非常に高いと思います」

「自分たちでも『EU離脱戦争内閣』をスタートさせたって言っていますが、もっと時間が追い込まれてきたら、もっと今の内閣に不和が生じる恐れがあります。メイ政権は一致団結して事を成すことができない案件を抱えてしまっています。内閣が安定することはないでしょう。一致団結してこの苦境に立ち向かおうということではないのだと思います」

「間違った選択をして元に戻れないだけ。もしこれが正しい選択だとしても、もっと国民も政治もポピュリズムじゃなく考えるべきでした。私自身、昔から主権がどこにあるのかは経済の成長より大事だと考えてきました。しかしながらイギリスが国民投票をもう一度してEUに残るという選択をしない限り、モノとサービスの自由化だけは可能性がありますが、あとは何も決められないまま進むのではないでしょうか」

「750もの条約を結び直すのは無理です。可能だと思っている方がおかしい。無理なものは無理です。官僚の数も足りていません。弱体化してくるイギリスをEUがこれはこうしなさいよと言って、少しずつ改正して、何とかEUとのラインを維持していくのが精一杯でしょう」

「あとは逆転の発想ですよね。日本と自由貿易協定(FTA)を結んで、インドとFTAを結んで、アメリカとFTAを結んで。今、イギリスの中で出ているTPP に参加するというのが本気かどうか分かりません。ちょっと捨て鉢で、そんなことをするとEUが激怒しますからね。でも、どこかでそういうプランニングをしないといけない時期に来ているのは間違いありません」

――2018年最大のリスクは何だと見ておられますか

「カレンダー的には3月にイタリアの総選挙があって、これがおそらく超ハング・パーラメント(宙ぶらりんの議会)、非常に脆弱な連立政権にしかなりません。欧州の債務危機問題は大分収まってきていて、ギリシャも最悪期を完全に脱したと思います。イタリアの銀行を中心に不良債権処理問題がくすぶっていて、弱い政治状況に十分に注目していかなければなりません」

「地政学リスクの高まりが大きく、やはり北朝鮮の核・ミサイル問題。何かあったら大変なことです。少し平昌冬季五輪の交渉を機に南北対話が始まりつつありますが、この対話をミスすると、2018年中にアメリカが北朝鮮の核・ミサイル能力を強制排除する可能性が十分にあると思っています」

「3つ目は中東。アメリカがイランの制裁解除を元に戻そうという動きをずっと続けています。サウジアラビアとイランの対立も深まっています。さらにパズルを難しくするような形でエルサレムの首都認定問題が出てきました。1国の首都認定を国連総会で議論して反対決議を出すというのは極めて異例です」

「イスラム教の人にとっては許されない、親米のイスラム国家も親米ではいられないでしょう。トランプ大統領もあの性格からもう撤回することはないでしょうし、中東の火種になってくると思います。イランも強硬になってくる。カタールも不安。中東で一波乱ある可能性があると思います」

「原油が少し上がっていますが、再び1バレル=100ドルをうかがうようなことになるとインフレがテーマになってきます。100ドルになってくるとまた世界中で航空運賃も上がり、物価も上がってくる。そうなってくると引き締めが必要になるし、中央銀行もゼロ金利を素早く解除しなければならなくなる。金融政策も不安になってきます。中東動向が原油価格に与える影響というのは非常に大きなファクターです。原油価格が100ドルになる可能性も十分にあるような政治的混迷の原因をトランプ大統領が作ったのかもしれません」

――ポピュリズムの背景にある白人労働者の怒りや不満を解消していく方法はあるのでしょうか

「その1つの答えがアメリカ・ファーストだと思います。貧しいか、裕福かというのはかなり相対論なので、世界中がアメリカに追いついてきたので、アメリカの一部は豊かさを感じなくなってきています。もう一度アメリカを復活させるために所得税や法人税を下げるというのは、アメリカの国民の手に富を戻すことで、政府が吸い上げるのを止めるというのは悪いことではないと思います。しかし、その程度の減税で生活が良くなるかと言えば、そうでもありません」

「ICTというのは便利さを運びますが、便利になることと裕福になるのはまた別ですからね。コンビニエンス・ストアがたくさんできると、便利に生きられるようになります。日本はコンビニがあって便利な町ですが、とびきり裕福になったわけではありません。ICTによって便利になるけれども裕福になるかと言うとそういうことではないと思います。アメリカの成長率を引き上げるICT革命でカリフォルニアの人たちだけが儲かる状況が続いています。格差がなかなか埋め切れないというのは事実です」

――ICT革命が進んでいくと資本収益率がさらに上がって、持てる者と持たざる者の格差が一段と開いていくような気がするのですが

「日本ではヤマト運輸や西濃運輸が運賃を上げるなどトラック運転手の給与が上がっています。アメリカでもアマゾンが普及して同じことが起き、運送業の給与が上がっています。それは悪いことではありません。いくらICTが進んでも物流というものが重要になってくる。今まで20年かけてカットしてきて、それが急激に上がり始めています」

「便利になっていろいろな壁がなくなると、いろいろなところから商品を買うようになります。今までは店でしか商品を買わなかった人がインターネットで注文するようになって、運送費を500円、1000ドル払ってもその商品が欲しいという人が出てきました。今までは構造不況業種だった中小の運送業が急に活況を呈しているのは事実です」

「いろいろなボーダーがなくなることによって、ドイツのある統計では職を失う人が10%ぐらい、5%が新しい仕事に就くことができるそうです。これがある種の産業革命なので、淘汰されて貧しくなる人もいるし、5%になって新たな職を見つける人もいるということだと思います。人間が発展していく上で大切なことだと思います」

「シンギュラリティによって最終的に機械と人間が対立する時代が来ています。人間が考えて、コンピューターは単純作業というのがこれまでの固定観念でしたが、だんだんコンピューターの方が難しい仕事を得意にすることが分かってきています。シンギュラリティに備えて教育のシステムを変えていかなければいけません」

「人間が最も崇高な生き物で、一番上に立つべきはずだったものが変わってきています。教育の考え方も変えなければいけない。大量に覚えて答えを書くもの、計算や暗記を10年もかけてやっていく教育のスタイルが良いのかというと、たぶんそれは考慮する余地が出てきたのだと思います」

「今の子供たちは例えばコーディングをしっかり覚えてコンピューターを作る、管理する。コンピューターが生み出すものと人間を上手く結びつけていくということをやらなければいけない。歴史をよく知っている、暗算ができるというのは素晴らしいことだと思いますが、それに加えて新たな教育の時間の配分を変えていく必要があります。次の課題は経済ではなくて、人間とテクノロジーがどう融合していけるかになるでしょう」

「もう時代は自動運転になっていくわけですから、機械は人間の力を超えていくと思います。人間はそのうち窓拭きだけをしていれば良い存在になる恐れがあります。単純作業こそ人間の仕事になるかもしれないことに人もコンピューターも気づき始めています。それが人工知能(AI)だと思います。考えることこそ、コンピューターの最も得意とするところかもしれません」

「車は機械が作って、壊れると人間しか分からないので人間が見なければならないという、どうも人間が機械の下請けになる方向に来ています。それを避けるためにはどうしたら良いのか。殺人ロボットが1ドルで人を殺せる時代は回避しなければなりません。ロボコップやターミネーターはあと10年もすれば絶対にできるので、機械vs人間という形にならないように倫理基準を設けなければなりません」

「戦争は国対国ではなくて機械vs人間になる、人間もその潜在的な恐怖については随分前から気付いていたのだと思います。中国最強論より機械最強論の方が強いのかもしれません。それを変えていくために教育が一番大事だと思います」

浅井将雄(あさい・まさお)

筆者撮影
筆者撮影

旧UFJ銀行出身。2003年、ロンドンに赴任、UFJ銀行現法で戦略トレーディング部長を経て、04年、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併した際、同僚の米国人ヤン・フー氏とともに14人を引き連れて独立。05年10月から「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の運用を始める。ニューヨーク、東京、香港にも拠点を置く。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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