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障害者はなぜ、空を飛ぶのか それは人間の喜びだからです

木村正人在英国際ジャーナリスト
車いすのまま空を旅できるかを試す衝撃テスト(All WHEELS UP資料より)

車いすのまま搭乗

[ロンドン発]鹿児島・奄美空港で格安航空を利用した車いすのバリアフリー研究所代表、木島英登(ひでとう)さんが搭乗を拒否され、自力でタラップをはい上ったことが大きなニュースになったのを覚えておられますか。

障害者が空の旅をする時、さまざまなトラブルが発生するのは何も日本に限ったことではありません。高価な電動車いすが壊れてしまって、折角、目的地に着いたのに思うように移動できず、修理代も高くついたという話も珍しくありません。

クリス・ウッドさんと2人の子供(本人提供)
クリス・ウッドさんと2人の子供(本人提供)

旅客機を利用した電動車いすの娘と息子の苦痛を少しでも和らげようと2年前に「空飛ぶ障害者(フライングディスエーブルド)」という団体を立ち上げたクリス・ウッドさんの呼びかけで「車いすのまま客室に」というシンポジウムが先日、ロンドン・ガトウィック空港の近くで開かれました。

障害者だけでなく航空関係者も参加したシンポ(筆者撮影)
障害者だけでなく航空関係者も参加したシンポ(筆者撮影)

ウッドさんが招待してくれたので参加してきました。

客室内で障害者が移動する現在の車いす(筆者撮影)
客室内で障害者が移動する現在の車いす(筆者撮影)

車いすにも障害の程度によっていろいろなタイプがあります。現在は旅客機の客室に入る前に専用車いすに乗り換えなければなりません。健常者に合わせて設計された客席は長時間のフライトになると障害者には大変な苦痛です。

狭いトイレも障害者にとっては使い勝手が悪く、プライバシーへの配慮も十分ではありません。

「空飛ぶ障害者」の運動は、「鉄道やバス、客船には車いすのまま乗れるのに、どうして飛行機には乗れないの?」というウッドさんの親心から始まりました。

障害を持つ子供たちにフィットする客室用いすをデザインしたグラハム・レースさんが障害者や航空会社、航空規制当局、航空機メーカーからシンポに参加した46人に「車いすで搭乗できない理由は?」とアンケート(複数回答)したところ、次のような答えが集まりました。

車いす(1台70キログラムから100キログラムを超えるタイプも)で搭乗した際の乗客の安全確保  69%

解決策を開発、試験、導入するための費用  67%

現行の国際航空法  60%

客室内設備に関する規制  58%

市販の車いすの種類がたくさんある  51%

航空業界と障害者団体のコミュニケーション不足  51%

航空会社間の厳しい競争  44%

障害者のアクセスを確保しようという航空業界の情熱不足  44%

航空業界「10年以内に解決できる」

アンケートで航空業界で働いている全員が「解決可能」「10年以内に障害者は車いすで搭乗できるようになる」と答えたのには正直言って驚きました。それ以外の人は「30年かかる」と回答していた人が多かったので、航空業界の方が前向きに考えていることが分かります。

アメリカで「空のバリアフリー」に取り組む障害者団体「舞い上がれ!すべての車いす利用者(All WHEELS UP)」のミシェル・アーウィンさんはこう語ります。

「乗客用の座席は16Gまでの加重に瞬間的に耐えることが求められています。私たちが考案した設備で車いすを固定して16Gの衝撃テストを実施したところ、十分耐えることができました。テストの結果は、客室内に車いすのまま搭乗できることを証明しています」

旅客機の機内や空港、公共交通機関、高速鉄道の産業デザインを手掛けるポール・プリーストマンさんは客席から取り外して機内を移動できる車いすを発案し、参加者に紹介しました。

プリーストマンさんが考案した障害者用の座席(筆者撮影)
プリーストマンさんが考案した障害者用の座席(筆者撮影)

イギリスの障害者市場は43兆円超

コンサルティング会社OCSの調査報告書「空港での経験」では、イギリスの人口は6459万6800人。このうち何らかの障害を持つ人は1190万人(約19%)。

年に1度は空の旅をする人は平均で49%にのぼっており、この割合と同じように障害者が空の旅をするようになれば、年間利用者は580万人にのぼると予想されています。

23年間、ヘッジファンドや投資家として金融サービスに関わってきたハーディープ・ライさんは11年前、長男のエシャンくんの誕生がきっかけとなり、生き方が変わりました。出産時に17分間、酸素不足となり、脳に重度の障害が残ったのです。ライさんにとって、もうお金は意味を持たなくなりました。

ハーディープ・ライさん(筆者撮影)
ハーディープ・ライさん(筆者撮影)

お金持ちをさらにお金持ちにしてきたことにどんな意味があったのでしょう。エシャンくんが元気に生まれていたら、人生の意味など深く考えもせずに、名門私立校や有名大学に進学させることに夢中になっていたかもしれません。しかし今ではエンシャンくんの笑顔が他の何よりも大切になりました。

エンシャンくんと同じ境遇に置かれた障害者の自立を支援できればと、ライさんは2014年に社会貢献ファンドを立ち上げます。「個人的に600人の障害者に会って話を聞きました。合計で15万ポンドを20のプログラムに投資しています」

「正直言って、まだ航空会社が積極的に投資して障害者が車いすのまま搭乗できるようにするというムードにはなっていません。経営的にも成り立つというキャンペーンをはっています。300万ポンドぐらい投資する準備はできています」

障害者を取り巻く市場のことをイギリスでは「パープル・パウンズ」と呼んでいます。ライさんによると、イギリスの市場規模は2880億ポンド(約43兆4500億円)、アメリカのそれは2兆8000ドル(約316兆円)だそうです。

日本にバトンを

コストダウンが進む旅行は成長分野です。実はこのシンポはヴァージン・アトランティック航空の肝いりで開催されました。親会社は起業家リチャード・ブランソン氏が代表を務めるヴァージン・グループです。

ジェラルディン・ランディーさん(筆者撮影)
ジェラルディン・ランディーさん(筆者撮影)

ヴァージン・アトランティック航空は障害を持った子供たちの専用座席の導入にも積極的で、障害者の包摂に力を入れています。同社の乗客アクセシビリティ部長のジェラルディン・ランディーさんは筆者に「わが社がこのシンポをサポートしたのは、それが良いことだからです。障害者を含めたお客さまに最善を尽くしたいのです」と説明しました。

ランディーさんはこうも言いました。「日本は2020年に東京五輪・パラリンピックを開催します。是非、このバトンを受け取ってほしい」

「空飛ぶ障害者」のウッドさんは筆者のインタビューにこう語っています。

クリス・ウッドさん(左、筆者撮影)
クリス・ウッドさん(左、筆者撮影)

「これまで障害者が自分の車いすで旅客機に搭乗したことはありません。障害者だけでなく、いろんな航空関係者がシンポに集まって、可能性を話し合ったのには大きな意義があります。何かしたいと考える航空会社は少なくありません。みんなで協力してスマートでクレバーな客室をデザインしていく必要があります」

「前回、東京でパラリンピックが開かれたのは1964年です。その時は19カ国が一握りのアスリートを限られた競技に送っただけでした。しかし、その後、パラリンピックは急激に拡大し、2012年のロンドン・パラリンピックでは参加者も膨れ上がり、世間の注目を集めました」

「リオのパラリンピックでは159カ国が4000人以上のアスリートを送ってきました。この数字はさらに増えます。東京は十分過ぎる準備をしておくことが賢明でしょう。空のバリアフリーが2020年東京五輪・パラリンピックに向けて進展し、解決されたら本当に建設的で、素晴らしい成果になります。大きなレガシー(遺産)になるでしょう。日本も私たちの運動に参加してくれるのを期待しています」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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