【JAZZ】“ジャズ・エイジ”の象徴を21世紀流に再現した市原ひかり『親愛なるギャツビー』
音大卒業とともにメジャー・デビューを果たし、世界的な注目を浴びたのが2005年。以来、着実に自己の世界観を反映させた作品を積み重ねて、“女性トランペッター”という好奇の視線を見事に(いい意味で)裏切り続けている市原ひかりの8作目となるソロ名義アルバム。
今回は、タイトルにもなっている名作映画から得たインスピレーションによって生み出されたオリジナル曲を中心にするというユニークな構成。ソング・ライターとして新たな“伸びしろ”を示しているところがポイントになるだろう。
映画をテーマにした異例のオリジナル作品
タイトルにある“ギャツビー”とは、アメリカ文学を代表する文学作品『グレート・ギャツビー』のこと。フランシス・スコット・キー・フィッツジェラルドの筆によって1925年に上梓されたこの小説は、第一次世界大戦後の好景気に沸くニューヨークを舞台に富豪たちの描きながら人間の内部を焙り出していく。
ジャズが世界的なポピュラー音楽として発達することになった時代を活写していることでも知られ、1926年に映画化されて以降リメイクも4回を数えている。
その著名な文学作品&映画をテーマにした本作が画期的であるのは、ひとえに“映画音楽のジャズ・アレンジ・カヴァー集”にはならなかったことにつきるだろう。
カヴァーでなければなんなのかと言えば、アメリカ文学の名作中の名作をモチーフにして作曲したオリジナルによる“グレート・ギャツビーの市原ひかり流再構築”なのだ。
もしくは、本作は市原ひかりによる映画「華麗なるギャツビー」の仮想サウンドトラックと言っていいかもしれない。
さらに本作を刺激的なものにしているのは、原作から抜粋された文章の朗読を加えたところだ。こうした趣向は、“無類の本好き”という市原ひかりのアイデアを反映したものだろう。
ちなみに、1950年代以降のニューヨークを中心に、ビートニクスと呼ばれる詩人たちが自作の詩を読み上げるパフォーマンス・アートが発生して現在に継承されている。こうしたニューヨーク発祥の“文化”を(時代は異なれど)演出の一部として作品に取り入れて全体の実在感を厚くしようとする方法論は興味深い。
“文学作品をテーマにジャズ的なアプローチで演奏した”という表層的な解釈にとどまりたくないという市原ひかりの音楽家的な貪欲さや野心を具現したものとして評価したい。
サウンド自体の印象については、彼女の持ち味であるスムースな指向性に(ラップとは違った)英語朗読が混入することで、これまでの彼女の作品にはなかった“感触”が生まれている部分が刺激的だった。
あえて言葉にすれば、ホワッとしていたなかに、ヒヤッとしたものが入ってきたことによって、軟らかいという表現だけではない“音の温度差”が見えるようになってきたーーといったところだろうか。
こうした“仕掛け”は、2008年の通算4作目となる『JOY』以降、1作ごとにスキルアップしている。
それもまた、市原ひかりを単なる女性ジャズ・トランペット奏者にとどめておかない魅力のひとつと言えるだろう。