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【2022北京五輪・フィギュアスケート総括】アスリート達がバトンを繋いだ五輪

野口美恵スポーツライター
エキシビションで笑顔を見せる金博洋(左)と羽生結弦(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

2022北京五輪のフィギュアスケート競技が終了した。2月4日から19日までの激戦で、それぞれの生き方を示したアスリート達。挑戦する勇気、お互いを思う心、4年越しの悔しさ、すべての思いがバトンのように繋がり、次に進む勇気へと決着していく五輪だった。

スロー4回転ツイストを決めるスイ&ハン組
スロー4回転ツイストを決めるスイ&ハン組写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

自分そしてフィギュアの限界を超えていく、勇気のバトン

種目を超えて選手達が繋いだのは、フィギュアスケートの限界を突破していく、勇気のバトンだった。

男子シングルで、羽生結弦は五輪史上初となる4回転アクセルに挑んだ。練習で幾度となく転倒しては立ち上がり、跳びにいく姿。足を痛めても、本番の一発にかける気迫。そして本番で見せた、美しい大きな軌道と、天を鋳るような回転速度。すべてが皆の心に刻まれた。そして何より、未踏の地へ挑むオーラが、五輪の場で自身の限界へ挑む選手たちに刺激を与えた。

金博洋は母国開催の五輪で4回転ルッツを降り、怪我からの復帰を印象づけると、こう語った。

「ユヅルは27歳で3回目のオリンピックに出場し、誰も到達したことのない壁である4回転アクセルに挑んだ。それはスポーツマンシップとオリンピックの精神そのもの。僕がユヅルから受け止めたのは、常に自分を上回るために努力していくことの大切さです。僕も4年後、3度目の五輪に出たい。ユヅルと同じことができるといい。重要なことは、このスポーツへの愛情と粘り強さです」

金は、世界初の「フリーで4回転4本」や「4回転ルッツ+3回転トウループ」の成功者。先駆者として走り抜けてきた魂が惹かれ合い、3度目の五輪を誓った。

さらに羽生の姿は、ペアのウェンジン・スイ&コン・ハン組(中国)の背中を押した。ショートを首位で折り返した夜、スイが言った。

「羽生結弦が4回転アクセルに挑戦したように、私達も4回転ツイストをやります」

スイ&ハン組は、ペア界のなかでスロー4回転サルコウや4回転ツイストを成功させ、技術の限界に挑み続けてきた。平昌五輪は4回転ツイストを決めたものの、ジャンプミスがあり0.43点差で銀メダル。16年にはスイが両足の手術を受けるなど、数々の試練を越えて母国開催の五輪へと辿り着いた。

しかしルール改正により、武器としてきた4回転技のメリットが減り、リスクのほうが大きくなっていた。今大会では、スロージャンプもツイストも、4回転を入れるペアは1組もいない。平昌五輪での銀、ルール改正、母国開催、ショート首位――。すべての重圧のなか、スイ&ハン組は、自分達の代名詞だった4回転ツイストを復活させることを選んだ。羽生の挑戦が、最後の最後に、背中を押したのだ。

そしてスイ&ハン組は、フリー冒頭で、キレ味のある4回転ツイストを成功。サルコウでミスが出たものの、最も難度の高いフォアアウトデススパイラルもレベル4で決め、技術点を積み上げる。総合239.88点、2位に0.63点差で金メダルを獲得した。

「怪我が多く、身長差がない私達はペアに向いてないとも言われてきました。私達らしいスケートは何かを考え抜いた4年でした。やはり最後は、五輪の精神に従い、最も難しい技に挑むこと、それが私達の唯一の勝ち方でした」

クリムキンイーグルをみせるアレクサンドラ・トルソワ
クリムキンイーグルをみせるアレクサンドラ・トルソワ写真:ロイター/アフロ

4回転5本を降りたトルソワ、涙の2位も、歴史を刻む

ペアだけではない。やはり羽生に憧れている選手であるアレクサンドラ・トルソワ(ROC)も、挑戦者の魂を五輪の歴史に刻んだ。以前は試合のエキシビションで、羽生に「一緒に4回転トウループをしてほしい」と頼み一緒に跳んだこともあるトルソワ。今大会ではショート4位と出遅れ、コーチからは「4回転4本にして確実に点を稼ぐように」と言われた。しかし彼女は「私は限界に挑戦したい。自分を証明するために五輪に来たのだから4回転5本を入れる」と主張。そしてフリーの本番、5本すべてを着氷させた。

フリーは177.13点で首位だったものの、総合2位。順位に満足できず取り乱す姿も見られ、会見ではこう語った。

「5本跳んだら勝てると思って、だから跳んだのに。5本降りて優勝する、その瞬間を待ちに待って練習してきた。だからこの競技に失望して怒ったんです」

前人未踏の壁を登る者は、その先の景色を見ようと決死の努力をする。「女子が4回転5本」という壁を越えた先には、金色の景色があると信じていた。すぐに現実が受け入れられなかったのは、その努力の量の裏返しである。

エキシビションでは、宇野昌磨とクリムキンイーグルを一緒にやり、羽生と記念写真を撮った。トルソワはまだ17歳。いつか、自分の成し遂げたことの価値に気づき、胸を張って、さらなる高みを目指して欲しい。

さらに樋口新葉は、ショート、フリーともにトリプルアクセルを降り、浅田真央以来、史上2人目となる「五輪のショートとフリーでの成功者」となった。彼女も、自分らしさを確かな輝きとして歴史に刻んだ。河辺愛菜も、成功はしなかったものの初めての五輪の場で、ショート、フリーともにトリプルアクセルに挑んだ。守りに入らない勇気という形で、しっかりと五輪に足跡を残した。

4回転アクセルも、4回転ツイストも、そして女子の「4回転5本」やトリプルアクセルも、現在のルールでは「それさえ出来れば勝てる」という技ではない。むしろ難しさに見合う基礎点は設定されていない。だからこそ、その挑戦には純粋な愛を感じるのだ。自分らしい戦い方を示した勇気が、オリンピック精神の尊さを伝えていた。

演技前、地を組む三浦と木原
演技前、地を組む三浦と木原写真:長田洋平/アフロスポーツ

感涙のペア、チーム新時代の幕開け

また、今回の五輪で日本は新たなステージへと上がった。それは団体戦の銅メダルと、三浦・木原組の7位が象徴する、チーム競技時代の幕開けである。

団体戦は、選手達の心の交流が、日本初のメダルへと繋がった。宇野はトップバッターの重責のなか「失敗したらゴメン。本気で謝ります」と言って皆の心をほぐし、そして会心の演技を見せた。「昌磨君が頑張ったから」と、ペアとアイスダンスは勢いづいた。緊張する樋口を、坂本の笑顔が救った。樋口のノーミスの演技で刺激された鍵山が、4回転ループを初めて着氷させ、暫定の総合3位に押し上げた。メダル目前となる意欲で、ペアはフリー2位と好演し、フリーダンスと女子フリーを残してメダルを確定させた。

この銅メダルに大きく貢献した三浦&木原組は、個人戦では「5位」を目標にたてた。日本のペアは、92年アルベールビル五輪の14位が五輪最高位であり、日本のスケート史にとってのブレイクスルーとなる数字である。

ペアは今大会の最終種目になったことで、団体戦が7日に終わり、個人戦の18、19日まで期間があいた。三浦は「団体戦が終わってからずっと『自分が一つミスしてしまうと順位も落ちてしまうので、絶対ミスはしてはいけない』って思いすぎて、良い練習ができていませんでした。コーチも龍一くんも、どうにか私を笑わせようってしてくれていたけど、やはり心から笑うことはできなかったんです」

そんな気持ちのまま迎えた18日の個人戦ショートは、三浦に3回転トウループが2回転になるミスが出た。得点は70.85点で、昨季から考えれば高得点だが、今の2人が満足する点ではない。三浦は、インタビューゾーンでは消え入るような声で「失敗を恐れてしまいました」と呆然と語り、木原は「三浦さんが緊張しているのを見ていて感じたけれど、最後までサポート仕切れなかった」と、9歳上の自分を責めた。

翌朝のフリー公式練習では、まだショックから立ち直れず「二人のタイミングがなかなか合わなかった」という木原。練習後、木原は意を決したように三浦に言った。

「もうノーミスは狙わなくていいんだよ。いや、全ミスでもいいんだよ。全ミスでもいいからとにかく楽しもう。じゃあもう、今日は全ミス狙いでいこう!」

それまでずっと自分を責めていた三浦の心が、急に楽になった。

「龍一君のその言葉に救われました。もう『全ミスでもいいんだ』って」

フリー本番前の6分間練習に現れた2人は、笑顔だった。練習の最中、ふと木原があることを思い出し、三浦とコーチに向かって言った。

「そういえば個人戦でフリーに進めるのが初めてなんだ。だから今日初めて、五輪の舞台でフリーを滑れるんだよね」

木原はソチ五輪も平昌五輪も、個人戦はでフリーに進めなかったのだ。それを聞いた三浦が思わず笑う。そして本番直前、木原はこう言った。

「フリーを滑らせてくれてありがとう」

三浦は心の中で答えた。

「龍一くんと組んで良かった」

『Woman』のメロディに乗り、滑り出す。ショートではミスした3回転トウループが決まると、2人から笑顔が漏れる。そこからはグンと勢いを増し、ダイナミックな技を次々と決めて行った。フィニッシュポーズと同時に、木原は顔をクシャクシャにして叫び、三浦は感極まった。得点は自己ベストを更新する141.04点、総合211.89点。2人同時に、大きなガッツポーズで跳びあがった。

「今日の『全ミスでもいいんだよ』っていう言葉で、私はここが最終地点じゃないんだと思ったんです。次もあるし、その次もある。たくさんの人に感謝です」。三浦の言葉に、木原が答える。

「目標は5位で、トータル順位は7位で達成はできなかった。でもフリー5位だったことで、この目標は実現不可能な目標ではないことが分かりました。4年後も、8年後も目指していきます」

写真:ロイター/アフロ

4年後はメダル、そして違う色のメダルを

団体戦からペアまでの16日間。日本はチーム競技でメダルを狙える国へと成長し、その扉を開けた。

エキシビション後、坂本は「新たなジャンプも練習して、次は違う色のメダルを」といい、樋口は「花織ちゃんと過ごしたこと、他の競技の選手と交流したことで、次はメダルを目指します」。鍵山は「ここがスタート。これからの4年が大切になる」と銀メダリストとして気を引き締めた。

4年後への成長を誓ったチームジャパン。北京でつかんだ自信のバトンを、2026年ミラノ・コルティナ五輪へと繋いでいく。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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