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“再・神試合”で開花、鍵山「310点見えた」、佐藤は4回転ルッツ2本で「ゾーン」に

野口美恵スポーツライター
メダリスト・オン・アイスで演技する鍵山優真(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 “神試合”と言われた全日本選手権(2023年12月)の男子・最終グループ。6人全員が緊迫感を乗り越えていった勇姿は、記憶に新しい。その接戦を勝ち進んだ鍵山優真、佐藤駿、山本草太の3人が、四大陸選手権(上海、2月1日ー4日)に出場。真骨頂の戦いぶりを見せてくれた。

ショートから緊迫感、山本は「カメレオン」で国際大会初の90点台

男子ショートの最終グループは、これがまだショートであることを忘れさせるような緊迫感と興奮に溢れていた。

1番手となるミハイル・シャイドロフ(カザフスタン)が4回転を決めると情熱的な演技で81.76点をマーク。羽生結弦に憧れ、彼のビデオを何度も見返して苦境を乗り越えてきたという19歳だ。続いて、母国開催となるボーヤン・ジン(26)が登場。「加油」の声援が会場を包む。パーフェクトの演技で89.41点の首位となると、リンクに無数のぬいぐるみが投げ込まれる。久しぶりの風景である。トロントのブライアン・オーサー、トレーシー・ウィルソンと共に、新境地を開拓しようとする26歳の姿に、母国のファンが熱いエールを送っていた。

その熱狂のなか、山本が登場。全日本選手権と同じ、いやそれ以上に落ち着いた集中状態でリンクに立った。2本の4回転は、タイミングも軸もすべてが完璧。苦しんできたシーズン前半戦とは別人のように、しなやかで軽やかさのある山本の魅力が、アップテンポな『カメレオン』の楽曲と絡み合う。“New草太”の集大成といえる演技だった。94.44点でシーズンベストを更新し、ホッとした笑顔を見せた。

「全日本選手権の後、満足せずに練習を頑張ってきました。自分がやるべきことに集中できたのが良かったと思います。今季、この『カメレオン』で海外では90点台を出せていなかったので、滑り納めの試合でシーズンベストを出せたことも嬉しいです」

続くチャ・ジュンファンは、右足首の負傷で今季のGPフィンランド大会を欠場し、約4ヶ月ぶりの国際大会。その影響を感じさせずに、4回転サルコウや、代名詞となる「3回転ルッツ+3回転ループ」を決めると、優雅な『仮面舞踏会』を演じきった。特に4回転サルコウは、切れ味と高さが抜群で「+3.46」のGOEを獲得。単なる4回転ではなく、「美しい4回転」の必要性を示すような1本だった。95.30点で再び首位に。

「カムバック出来たことが本当に嬉しいです。リカバーには時間がかかりましたが、ここまでたどり着いた自分を誇りに思います」と笑顔を見せた。

全日本選手権SPで演技する山本、四大陸でもパーフェクト演技をみせた
全日本選手権SPで演技する山本、四大陸でもパーフェクト演技をみせた写真:森田直樹/アフロスポーツ

佐藤はショートで4回転ルッツ成功「感情が無くなっていました」

かつてないハイレベルな四大陸選手権となるなか、佐藤が登場。今大会は、ショートで初めて4回転ルッツを成功させようと挑む、試練の大会だった。

「昨季の四大陸選手権は(4回転1本に)構成を落としたにも関わらず良くない演技だったので、今季は攻めていこうと思っていました。でも4回転ルッツがこっち(上海)に来てからハマらなくて、悩んで、色々考えすぎて、他のジャンプまでどこかに行っちゃって…。でも自分で最初に決めた通り、4回転ルッツを2本目に入れようと決めました」

初志貫徹。演技冒頭の「4回転トウループ+3回転トウループ」を決めると、軽やかに4回転ルッツを決める。無駄な力はゼロ。4回転ルッツなのにパワフルさよりも、リズミカルさが持ち味なのは、佐藤くらいのものだろう。

面白かったのは、演技後の表情だ。呆然とした様子で、ガッツポーズもなければ、笑顔もない。99.20点の自己ベストが表示されても、表情一つかえずに座っていた。なぜあのような反応だったのかと聞くと、こう答える。

「何も感じなかったんです。ただただ、すごく早く演技が終わったなあ、と。練習がよくなかったのに本番あれだけ良い演技ができて、自分でもびっくりもしていましたし、なぜか感情が無くなっていました」

極限の集中状態で、時間が早く感じられ、どこか他人事のように心が落ち着いている――。彼の言葉を聞くうちに、一種の“ゾーン”だったのだろうと感じられた。自身の代名詞である4回転ルッツを、とうとうショートで成功させた瞬間。新たな世界への扉を開いた、その静かな感動が伝わってきた。

全日本選手権SPで演技する佐藤、四大陸選手権では4回転ルッツを決めた
全日本選手権SPで演技する佐藤、四大陸選手権では4回転ルッツを決めた写真:西村尚己/アフロスポーツ

鍵山「とにかく攻めた」、4回転サルコウにジャッジ3人が「+5点」

最終滑走は鍵山。全日本選手権のショートでは4回転サルコウを転倒しており、リベンジとなる試合だ。この日は、気合が違った。

「全日本選手権の後、父から『自信が足りない』とアドバイスをもらいました。今日はとにかく自分の練習を信じて、自信を持って演技しました」

気迫で跳んだ冒頭の4回転サルコウは、コントロールされたタイミング、飛距離、そして着氷の足からチェンジエッジとカウンターターンへと繋げていく流れ、すべてが完璧。3人のジャッジが「+5」をつけ、GOE「+4.16点」を稼いだ。最後まで1つの音も外すことなくリズムを刻んでいく演技で、彼の集中力に会場が吸い込まれていくよう。106.82点のハイスコアにガッツポーズすると、父の正和コーチと握手を交わした。

「今大会は勝ちにこだわって、とにかく全力で攻めた演技ができるように意識しながら練習してきました」と力強く語った。

全日本選手権SPで演技する鍵山
全日本選手権SPで演技する鍵山写真:西村尚己/アフロスポーツ

山本、3本目から立て直す演技に「地力は上がっている」

これだけ濃厚なショートに続いてのフリーである。問われるのは精神力。最終グループ1番手のジンは、飛距離のある4回転ルッツを成功。4回転トウループ2本も決める、完全復活の演技で、母国のファンを熱狂させた。256.89点で暫定首位に立つと(最終順位5位)、観客に向けて何度も手を振った。

ジンの演技後に投げ込まれた無数のぬいぐるみがいつまでも拾いきれず、次の山本は避けながら自身の演技を待つ状況に。スタートポジションに立つと、今季最後の演技『エクソジェネシス交響曲第3番』が始まった。

冒頭の4回転サルコウで転倒し、4回転トウループも着氷が乱れる。しかしそこからスイッチが入り4回転を決めると、最後まで美しい滑りとなめらかなジャンプで、観客を魅了した。

「緊張感から演技が固まってしまったかなと思います。それでも3本目からは立て直して演技ができたことは良かったと思います」

 3本目からの演技には、一種の手応えもつかんだ。

「昨季だったら、後半も良いジャンプが跳べなかったり、ミスを引きずってしまう試合もありました。地力は上がっていると感じています」

263.43点をマークし、総合4位に。

「今季も、悔しい経験をした後に頑張れたり、全日本選手権で表彰台に登れたけれど悔しい思いしたり。その繰り返しだと思います、競技人生は。この悔しい思いを持ち帰って、来シーズンさらに練習を頑張って、成長した姿を見せられたらと思います」

そうシーズンを締めくくった。

全日本選手権FSで演技する山本
全日本選手権FSで演技する山本写真:森田直樹/アフロスポーツ

佐藤「オリンピックに向けて、あとは4回転を増やしていくだけ」

そして、ショートに続く神演技となったのは佐藤。冒頭の4回転ルッツを決めると、2本の4回転トウループも成功。ほぼパーフェクトと言える演技だった。ところが、スタンディングオベーションの観客のなか、佐藤は小さくうなずいただけ。フリー175.39点の表示を見ると首をかしげ、総合274.59点で自己ベストを更新しても残念そうな表情をみせた。

手応えが足りなかったのか。それとも目指す得点はもっと高かったのか。約1時間後、銀メダルを手にして現れた記者会見では、穏やかな表情でこう語った。

「I’m happy! I will do my best next season too」

シャイな佐藤が、珍しく英語で挨拶する。そして続ける。

「初めてショート、フリーの両方で4回転ルッツを降りることが出来て、来季に向けての良い大会になったと思います」

英語での挨拶も、大喜びしない表情も、すべては、今季が目標ではなく、もっと高みを目指しているからこそ。翌朝には、さらに強い言葉でこう宣言した。

「4回転の本数を増やしていかないと絶対に無理というのは分かっていましたが、今季はまずは演技構成点を伸ばすことが目標でした。段階を踏んで、オリンピックに向けて、あとはもう4回転の本数を増やしていくだけだなと思っています」

目指す舞台はオリンピック。その言葉を、自信をもって口にする。佐藤の中で、何かが変化したことを示す一戦だった。

今季のフリーは、表現面を磨いた
今季のフリーは、表現面を磨いた写真:西村尚己/アフロスポーツ

鍵山「世界選手権で戦えるところまできた」

続く鍵山も、向上心の塊となって演技に挑んでいった。新たに入れた4回転フリップはステップアウトしたものの、他の2本の4回転は完璧。なかでも4回サルコウは、着氷の流れと音楽が一体化し、曲を表現するために跳んだかのよう。ジャッジ5人が「+5」を出し、GOE「+4.43点」の大加点となった。

演技後半のステップシークエンスは、体でメロディを奏でるように音楽と共に加速していく。こちらはジャッジ6人が「+5」をつけ、満点まであと1人という極みのステップに。演技を終えると、思わず氷に膝と両手をついて粗い息を整えた。フリー200.76点の得点が表示されると、白目をむいて驚く。総合307.58点で、圧巻の優勝を決めた。

会見では、佐藤と同じく、英語で挨拶した。

「Thank you for coming to see us today. I’m very happy.」

「今日は、4回転3種類ぜんぶ(の回転を)締め切ることができて、ホッとしています。3月の世界選手権に向けて、何をしなければならないのか、課題を明確に感じた演技でした」

改めて、世界選手権について語る。

「(イリヤ)マリニン選手や、宇野(昌磨)選手、アダム(シャオイムファ)選手も含めて、やっと戦える位置についたのかなって思います。世界選手権は300点だしても勝てるか勝てないか分からない戦い。1ヶ月半くらいあるので、4回転も、細かい表現面やGOEをもっと稼げる部分を意識しながら、自分の武器を増やしていけるようしっかり頑張りたいです」

鍵山のフリーのジャンプ構成は、4回転3種類3本。鍵山が名を連ねた3選手は、フリーで4本または5本の4回転を入れてくる。それでも鍵山は「完璧な3本」を決めて、GOEで稼ぐ戦いにこだわる。

「今回、ジャンプもですが、ステップシークエンスで一番高い(GOEの)評価っていうのが、すごくすごく嬉しくて。今季は表現面やスケーティングの部分を意識しながらやってきた、それが点数に出てくれました。4回転フリップは、もっと自信をつけて大きく動ければ、サルコウとかと同じぐらい良いジャンプが跳べると思います。フリップを降りられたら310点は行けると思います」

自らの武器を再確認した鍵山は、自分なりの戦略で、頂上決戦へと目を向けた。

  *  *  *

日本男子3人それぞれが、進化を示した四大陸選手権。山本と佐藤は来季へ、鍵山は世界選手権へ、さらなる開花を求めて進んでいく。

全日本選手権で演技する鍵山、四大陸選手権でもステップの質の高さが光った
全日本選手権で演技する鍵山、四大陸選手権でもステップの質の高さが光った写真:森田直樹/アフロスポーツ

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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