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アメリカ最高裁「超保守化」は何を意味するのか

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
現在の最高裁9人の判事。後列左端がカバノー、右端がバレット、その横がゴーサッチ。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 「保守6、リベラル3」という過去70年はなかった「超保守」の判事構成となったアメリカの連邦最高裁の最初の会期がこのほど、終わった。会期末の重大判決では保守寄りの判決がやはり目立った。秋からの次の会期には妊娠中絶やアファーマティブアクションなどの重要訴訟を最高裁が取り上げるとされており、「超保守化」の影響がどうなるのか注目されている。

最高裁における「保守」と「リベラル」

 トランプ前政権の4年間はアメリカの司法と政治の関係を考える上で極めて歴史的な4年間だった。何といってもこの4年間で3人の最高裁判事を任命したことが大きい。トランプ氏の前のオバマ、ブッシュ、クリントンの3代の大統領は、いずれも2期8年間の政権だったが、最高裁判事任命の機会はいずれも2人分だけだった。その前のG・H・Wブッシュ政権(1期4年)の判事任命機会は1人で、3人分あったのは、1980年代のレーガン政権まで戻る。ただ、そのレーガン政権もトランプ政権の倍の2期8年だった。

 アメリカの最高裁判事の場合、日本の最高裁判事のような定年はない。1度選ばれたら、任期は終身で、50歳台に就任することが多いため、約30年間は判事の座にとどまるのが一般的だ。任期中の死亡や高年齢で引退するまで判事の座は約束されている。トランプ氏の場合、死亡した判事分が2,引退表明の判事分1の3つの任命がたまたま集中した。

 最高裁に限らず、高裁にしろ、地裁にしろ、連邦判事が行うことは、基本的には合衆国憲法に照らし合わせたそれぞれの訴訟に対する判断である。ただ、その解釈について、個々の判事の政治イデオロギーが判決に投影される傾向は歴然としてある。もちろん、法曹界のトップであり、あり得ないような曲解ではなく、あくまでも解釈上、妥当とみられる範囲内での裁定ではある。それでもリベラル的な考え方の判事なら、多様性や平等、保守的な州の決定を牽制するタイプの憲法判断を行う傾向にある。保守的な判事なら、福音派の意見の尊重に加え、連邦政府の決定の行き過ぎを指摘し、州権主義的な傾向が判決にみられる。また、合衆国憲法の意味は時代にともない変化することはないという「原意(original intent)主義」の立場を保守派判事がとることが多いが、「憲法は時代の要請に従って柔軟に解釈すべき」とみるリベラル派判事が多いのも特徴である。

 判事任命の機会が多かったことは、コアの支持層であるキリスト教福音派に“還元”する意味でもトランプ氏にとって極めて幸運だったはずだ。熱狂的な支持でトランプ氏人気を支えたキリスト教福音派が蛇蝎のように嫌がるのが、妊娠中絶や同性婚を支持するリベラル派判事の憲法判断である。トランプ氏にとって、保守派の判事の任命は絶好の機会であった

判事任命承認時のフィリバスター除外

 判事任命に関してトランプ氏にとってもう1つ幸運だったことがある。それは政権の4年間、任命された判事の承認を行う上院ではずっと自分の所属する共和党が多数派を占めていたことだ。特に、共和党が多数派の特権で院内の規則変更を行い、それまでずっと認められてきたフィリバスター(少数派による合法的議事妨害)について、判事任命承認を行使から除外したことが大きい。フィリバスターが行使されれば、少数派が41人反対すれば、59の多数派が賛成しても審議は止まるが、規則変更で単純過半数の51票で判事任命承認が可能となった。

 この規則変更が衝撃的だったのが、変更されたのが、トランプ氏が任命した3人の判事の1人目のゴーサッチ氏の任命承認の途中の2017年4月だったためだ。オバマ政権末期の2016年初頭に亡くなった保守派のスカリア判事の後任として、同年にオバマ氏がガーランド氏(現司法長官)を任命したのにもかかわらず、上院で多数派だった共和党は「大統領選挙年だから」として任命人事を進めなかった。このことへの報復もあり、民主党はフィリバスターを行使し、いったんはゴーサッチ氏の任命は座礁しかかった。しかし、その直後に共和党が動き、上述のフィリバスター除外の規則変更を行った。最終的には54対45(1人欠員)で承認された。

 そもそもトランプ政権の最初の4年間の上院では共和党は多数派とはいえ、民主党との議席差は僅差だった(115議会スタート時は共和党が52、民主党側が48。116議会スタート時は共和党が53、民主党側が47。民主党側には無党派で統一会派の2議員も含む)。

 もし、この規則変更がなかったら、残りのカバノー、バレット両氏任命も流れたといっても過言ではない。というのも2人の任命には次に論じるように民主党側から強い反発があったためだ。

3人の判事

 いずれにしろ、この3人の判事任命が最高裁の保守・リベラルの構図を大きく変えていく。1人目のゴーサッチ判事の場合、上述したようにオバマ政権末期の2016年に亡くなった保守派のスカリア判事の後任であり、同じ保守から保守の任命だった。「保守派4人、リベラル派4人、中道派が1人」という最高裁のイデオロギー的バランス構成はゴーサッチ任命承認時でもほぼ40年近く変わっていなかった。この構成から容易に想像できるように、中道派のケネディ判事がキャスティングボートを握ってきた(ケネディ判事は共和党のレーガン政権の1988年に任命・承認されたが、比較的自由に裁定をする傾向で知られてきた)。

 しかし、その中道派のケネディ判事が高齢を理由に2018年夏に引退を決め、バランスが崩れる。トランプ政権はすぐに同年7月に保守派のカバノー氏を任命したが、保守派が優勢となるという危機感もあり、民主党側が一気に反発したのは言うまでもない。同年9月の承認公聴会はカバノー氏の高校時代のセクハラ問題が蒸し返され、告発者の女性の発言やカバノー氏の反論などが詳細に連日、テレビ生中継され、国民的なスキャンダルとなっていった。結局、同年10月、50対48(1人欠席、1人白票=いずれも共和党)で任命が承認された。この段階で「5対4」と保守が優勢となった。

 さらに、2020年9月には多様性や女性の権利を強く主張してきたリベラル派のアイコンというべきギンズバーグ判事が87歳で逝去する。長年の体調不良があったが、トランプ政権の時には判事の席を渡せないという強い意志を示していた。そのギンズバーグ判事の後任に、トランプ前大統領はすぐに保守派のバレット氏を任命した。10月25日から26日未明にかけて上院承認投票をめぐる様々な駆け引きが行われ、最終的には52対48とぎりぎりだったが承認された。

 2020年度の選挙中、トランプ氏は「各州が導入した郵便投票は不正の温床」と指摘していたため、投票結果が最終的には最高裁に持ち込まれる可能性も想定されていた。それもあって、民主党側の反発だけでなく、共和党側もどれだけ造反するかに注目が集まっていた。結局、反対票を投じたのは共和党穏健派のコリンズだけであり、他の共和党議員は全員賛成した。民主党側はすべて承認に反対票を投じた。

 このバレット判事の任命承認で「保守6、リベラル3」という「超保守」の判事構成となり、今に至る。リベラル派が優位の最高裁だった1953年からのウォーレン主席判事の時代(「ウォーレン・コート」)から約70年たち、保守派が完全に数的には逆転するようになった。

実際にはどうだったのか

 それでは「保守6、リベラル3」と「超保守」となったアメリカの最高裁の最初の会期(2020年10月から21年7月初め)は実際どうだったのか。

 例えば、オバマケアの存続(6月)など、比較的穏健な判決もあった。また、そもそも、上述のトランプ氏の選挙についての訴えのほぼすべては門前払いされ、最高裁に上がっていない。ここまでは「構成は超保守でも穏健かもしれない」という観測も広がっていた。

 しかし、実際、この最高裁の会期の最後の2つの判決は象徴的だった。その2つとはいずれも7月1日に判決が下されている。1つは、非営利団体の一部の選挙関連の資金の出所が明らかにされていない支出「ダークマネー」に対して、カリフォルニア州がその開示規制を導入したが、これに対して保守派団体がその差し止めを求めた訴訟だった。もう1つは「指定の投票所以外で投じた票を無効」にし、「家族ら以外の第三者が有権者の代わりに票を投票所に運ぶ行為」を禁じるアリゾナ州の新規制の撤廃をリベラル側が求めた訴訟だった。原告側は「同州は投票所の数を急激に少なくしており、投票するのに車で移動して40分以上かかるケースも少なくない」「自家用車の保有率などが低いなどの投票所へのアクセスが難しい人種マイノリティの投票妨害である」などと主張した。

 判決は、前者をそのまま認め、後者を違憲とした。どちらも同じく「6対3」と保守派が押し切った結果となっている。ただ、この2つの判決は2018年夏までなら、「保守4、リベラル4」と分かれ、おそらく中道派のケネディ判事が雌雄を決めていたと想像される。そう考えるとやはり「超保守」の影響は大きい。

「超保守」の時代

 アメリカの最高裁は、憲法に基づいて違憲か合憲かを決める司法審査(judicial review、違憲審査)を頻繁に行うため、国の政策や社会的に重要な争点に介入する傾向が日本などの国に比べて強い。いわゆる「司法積極主義」の国だ。しかも、上述のように「保守系」「リベラル系」という判事の政治的傾向が極めて明確であるのもアメリカの司法の特徴である。

 保守化によってこれまでの様々な多文化的な政策が覆されていく流れが予想される。福音派勢力に有利な判決だけでなく、保守派が訴えてきた規制緩和や州権なども最高裁が好意的に裁定するのではという見方も強い。

 10月から始まる次の最高裁の会期では妊娠中絶やアファーマティブアクション(積極的差別是正措置)の訴訟を最高裁が取り上げるとされている。「超保守化」の影響がどうなるのか注目されている。

さらに、7月16日にヒューストンの連邦地裁が憲法違反と裁定した「DACA(幼児不法入国者送還猶予措置、Deferred Action for Childhood Arrivals)」についても、控訴となるのは必至であり、早ければ秋からの最高裁の新会期で審理される。

 DACAは、幼少時に米国に連れて来られて不法移民となった「ドリーマー」と呼ばれる若者約65万人の強制退去を遅らせる制度だ。オバマ政権が2012年6月に大統領令で決めたが、オバマ政権が2012年6月に大統領令で決めたが17年9月にトランプ政権が撤廃を決定した。このトランプ政権の決定に対して、2020年6月、最高裁判所は、トランプ政権の撤廃を 「恣意的かつ気まぐれなもの(arbitrary and capricious)とみなす判決を下した。しかし、DACAそのものが合憲かどうかについては裁定しなかった。

 ところで、トランプ前大統領は保守系法曹団体「フェデラリスト・ソサエテイ」との連携を密とし、最高裁だけでなく、ヒューストンの連邦地裁を含む、地裁、高裁の判事の任命も極めて迅速に対応し、保守の判事の任命を進めた。それが今回の地裁の裁定に大きな影響を及ぼしている。

 いずれにしろ、「超保守」となった最高裁の今後の動きがどうなるのかに注目が集まっている。

バイデン氏の対応

 バイデン氏にとって司法の保守化に歯止めをかけるための対応策は限られている。地裁、高裁、さらには最高裁に欠員ポストが出た場合、バランスの取れたリベラル派判事の任命を着実に進めるという正攻法しかない。ちょうどトランプ氏が保守派判事の任命を急いだのと同じである。

 このうち最高裁については、秋の新会期では82歳と高齢のブライヤー判事(リベラル派)の去就がどうなるかについても話題となっている。マコーネル院内総務は既にもし来年の11月の中間選挙で共和党が多数派を奪還した場合、バイデン政権が任命するリベラル派の判事の任命を拒否すると明言している。そもそも現在の上院は民主党側と共和党側が50議席で並んでおり、差はない(50対50の際には形上は上院の議長である副大統領が1票を投じるため、多数派は民主党側)。

 バイデン政権としては民主党側が多数派を占める来年末までにブライヤー判事の後任の任命承認を急ぐ必要がある。ただ、ブライヤー判事は高齢でも極めて健康であり、政権が露骨に引導を渡すのは三権分立の観点からも好ましくない。もし、2024年の大統領選挙で共和党候補が勝利し、その後ブライヤー氏が退任すれば、保守とリベラルの判事数の差は「7対2」まで差がついてしまうかもしれない。

 今後の展開を考えると、バイデン氏としてはなかなか難しい選択だ。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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