「中国と中国共産党は今世紀最大の脅威」スナク英新首相は孔子学院全30校を閉鎖するのか
■英安全保障担当閣外相「スナク氏は孔子学院の閉鎖を検討するだろう」
[ロンドン発]英国のトム・トゥゲンハート安全保障担当閣外相(内務省)は11月1日、下院で「数カ月前の与党・保守党党首選でリシ・スナク首相が約束したことを思い起こしてほしい。(中国プロパガンダ機関の)孔子学院は英国の多くの大学において市民の自由を脅かしている。スナク氏は孔子学院の閉鎖を検討するだろう」との方針を示した。
トゥゲンハート氏は保守党の対中最強硬派として知られ、中国への渡航禁止や同国内の資産凍結の制裁リストに加えられる。党首選では、同じく対中最強硬派のリズ・トラス前首相に対抗する形で、経済財政を重視する現実主義者スナク氏も「中国と中国共産党は今世紀の英国と世界の安全と繁栄に対する最大の脅威だ」と宣言した。
「私は英国にある中国の孔子学院30校(世界で最も多い)をすべて閉鎖する。学校での中国語教育に対する英国政府の支出のほぼすべてが大学に設置された孔子学院を通じて行われ、中国のソフトパワーが推進されている。 中国のサイバー脅威に対処し、技術セキュリティーのベストプラクティスを共有するため自由主義国の新しい国際同盟を構築する」
「中国の産業スパイに対抗するため英情報局保安部(MI5)の活動範囲を拡大し、英国の企業や大学への支援を強化する。政府全体や情報機関と連携し、企業が知的財産を保護するためのツールキットを構築。英国の重要な資産を保護する。戦略的に敏感なハイテク企業を含む重要な英国資産の中国による買収を阻止する必要性を検討する」とスナク氏は誓った。
■環球時報「孔子学院を標的にするのは米国の反中戦略との連携を示すお手軽な方法」
中国共産党系国際紙「環球時報」は中国国際問題研究院欧州研究部長の分析として「英国の安全保障部門はスナク氏に圧力をかけ、党首選での公約を守り中国に厳しい姿勢を示すよう求めている。これに対し経済・外交部門はよりバランスの取れた対中政策を望んでいる。トゥゲンハート氏がメッセージを送ったのは国内外の反応を見るためだ」と報じている。
また中国人民大学国際関係学院長の「ロンドンからすれば孔子学院を標的にするのはワシントンの反中戦略との連携を示す最もお手軽な方法だ」との見方も伝える。「英国は今、保守党内の分裂や国内の社会問題などで混乱している。経済状態も悪い。そんな中で孔子学院を標的にするのはスナク氏にとって賢明なことではない」と環球時報は警告する。
英シンクタンク、ヘンリー・ジャクソン・ソサエティーによる孔子学院の英国実態調査では「孔子学院ほど英国社会に溶け込んでいる中国の外郭団体はない」と指摘されている。30校の孔子学院があり、他のどの国よりも多い。その影響は100校以上に及ぶ。目的は中国語を教え、中国文化を広めることだ。主に中国政府から4600万ポンド(約76億8600万円)もの資金援助を受ける。
英国の国際文化交流機関ブリティッシュ・カウンシルは言論の自由を保障し、過去と現在の英国政府を批判する個人、団体、イベント、プログラムを推進。収入のほとんどは教育と試験の収入で賄われている。これに対し孔子学院は中国共産党のプロパガンダ・システムに組み込まれ、財政的には中国政府らの資金に依存し、言論統制を受けている。
■米政府は孔子学院を中国の海外機関に指定
世界初の孔子学院がソウルで開校したのは2004年。英国でも翌05年、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)に設置された。15年にはデービッド・キャメロン首相(当時)が「英中黄金時代」を宣言し、孔子学院は27校にまで拡大。これに対して全米学識者協会は孔子学院を調査した結果、閉鎖を求め、20年、米政府は孔子学院を中国の海外機関に指定している。
「孔子学院はエジンバラ大学やマンチェスター大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスなど『学問の自由』が確立されている英国の大学の名声を利用してきた。西洋の寛容な価値観と中国共産党の不寛容な価値観との相違が浮き彫りになっているにもかかわらず、英国では長い間、放置されてきた」(ヘンリー・ジャクソン・ソサエティー報告書)
ヘンリー・ジャクソン・ソサエティーの調査で、英国の孔子学院が「言語と文化」の範囲をはるかに超えた活動をしていることが判明したという。孔子学院は単なる「ソフトパワー」のツールではなく、MI5によって内政への干渉活動が指摘されている中国共産党機関、中央統一戦線工作部と協力する英国内の組織と連携している。
孔子学院は過去10年間に英国で何百回となく講演会やイベントを開催した。しかし漢民族ではないウイグル族やチベット族人など1億人以上の少数派やその地域に関する内容はほんの少しだ。英国政府、学界、産業界が緊急に検討・計画する必要のある台湾の情報もなく、香港の民主派弾圧について議論されることもなかった。
■英国の政治家への支払いや政治活動にも関与
孔子学院のセミナーや講演会、イベントなどの公開情報を分析した結果、中国政府がセンシティブと判断したテーマに関するものはほとんどなかった。英国内の孔子学院のうち100%「言語と文化」にこだわっているのは4校だけ。8校は中国共産党の中央統一戦線工作部や中央宣伝部とつながり、英国の政治家への支払いや政治活動などに関与していた。
このほかビジネスパーソン、政治的ネットワーク、学界、市民を対象としたさまざまなプログラムを実施。中国政府の政策に関する知識の普及やネットワーク構築の機会、コンサルティングを含むサービスもビジネスに提供していた。中央統一戦線工作部に属し、中国大使館とも密接な関係にある中国人留学生・研究者協会と緊密な関係を構築していた。
孔子学院は英国で最大250人のスタッフを雇用している。そのほとんどが中国人で、中国共産党の党員は全体の約8%。ほとんどの英国の学者や学会は「孔子学院は大学の中核的機能である知識生産と学部教育に関与すべきではない」という意見で一致していた。
中国の習近平国家主席は13年の「第9文書」で自由や民主主義など西洋的価値の排斥を求めている。学問の自由は認められず、学問は中国共産党を存続させる目的のためだけに存在する。
トゥゲンハート氏と同じく中国の制裁リストにのる対中最強硬派で「対中政策に関する列国議会連盟」設立を主導したイアン・ダンカン・スミス元保守党党首は筆者に「トラス氏は中国を『重大な脅威』と位置づける方針だったが、元財務相のスナク氏は経済や財政を重視する可能性がある。孔子学院の閉鎖もまだ決まったわけではない」と話した。
(おわり)