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渡辺元智監督勇退。そこで「厳選・横浜名勝負」 その6

楊順行スポーツライター

1998年8月21日 第80回全国高校野球選手権大会 準決勝

明徳義塾 000 131 010=6

横  浜 000 000 043=7

横浜は松坂大輔が先発を回避、明徳は藤本敏也のサイクルヒットなどもあり、8回までに6点をリード。先発寺本四郎も、7回までわずか3安打と快調だ。しかし横浜は8回、4安打に敵失もからめて4点を奪うと、9回表は松坂が気迫の投球。その裏無死満塁から後藤武敏の同点打、二死から柴武志のヒットで奇跡の逆転サヨナラ勝ち。

前日のPL戦で250球を投げた松坂は、先発を回避した。渡辺元智監督はもともと、4連投はさせないと決めていたからだ。だがやはり、明徳の黒潮打線相手では、2年生投手には荷が重かった。なにしろ、6点差だ。ただ松坂は、それでも「まだいける」と思っていたという。渡辺自身は違った。

「8回に4点を返したところで、これで十分だ、と。前日倒した相手・PLに失礼のない戦いはできた、という感じだったんです。そしてどうせ負けるなら、松坂をマウンドに上げて、ベストメンバーで潔く甲子園を去ろうか……そのくらいのつもりで、松坂を9回のマウンドに立たせたんです。

ところが、それで球場が異様なムードになったでしょう。松坂コールがあって、球場全体が横浜を応援するようなムードになって。あのムードで馬淵(史郎、明徳義塾監督)さん、めずらしくあたふたしましたね。8回、寺本(四郎)君から高橋(一正)君へのスイッチもあわただしかったし、9回もウチが同点に追いついたときも、内野の守備がちょっと浅かったようです。もし定位置ならば、後藤のタイムリーも二遊間を抜けていたかどうか……。ただなんといっても大きかったのが、加藤(重之)のバントです」

お守りの御利益? で同点打

9回裏の攻撃である。先頭の佐藤勉がヒットで出て、さあこれから……という場面。一番の加藤が、意表をついて初球にセーフティーバントを成功させた。1点差ならともかく、2点差だ。明徳バッテリーには、「バントはないだろう」というちょっとしたスキがあったかもしれない。そして、渡辺の驚き。

「あれ、アイツいま、左打席じゃなかったか? 加藤はもともとスイッチヒッターなんですが、この大会は左打席の調子がよくなく、相手投手の左右にかかわらず右打席に立っていたんですよ。それがこっちの指示ではなく、それどころかこちらが気がつかないうちに、左でセーフティーバントを成功させた。ひじょうに苦しい場面で、自分の意志でそれができる、というのがすごいところです。おそらくふだんから、左打席でのセーフティーバントをたっぷり練習していたんでしょうね」

横浜は、続く松本勉のバントが野選を誘い、無死満塁。さらに……9回、マウンドに上がる松坂に自らのお守りを託した後藤が、そのお守りを返してもらった打席。しぶとく、中前に抜ける同点打を放つことになる。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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