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教育移住という地方創生の新たな取組み。過疎地に新たに生まれるうつほの杜学園小学校(和歌山県田辺市)

秋元祥治やろまい代表取締役/武蔵野大学EMC教授/オカビズ
うつほの杜学園小学校が新設される、田辺市中辺路町川合(学園提供)

2025年春、和歌山県田辺市に旧二川小学校(田辺市中辺路町川合)の旧校舎を活用した私立小学校・うつほの杜(もり)学園小学校が開設されることになりました。探究学習と英語教育が大きな特徴となるこの学校は、単なる学びの場を超え「教育移住」を生み出す、新たな地域活性化プロジェクトとして注目されています。

人口約7万人の田辺市は、今後15年間で2万人近く人口が減少し、急速な高齢化・過疎化が進むと予測されています。そのような中で地域から学校誘致の決議が市に届き、動き出した展開。リモートワークなど多様な働き方が広がる中で、首都圏や関西からの移住者を見込み、来年4月には新たな小学校が開校します。こうした学校開設に至ったきっかけや理念、教育内容、さらに田辺市と取り組む地域創生について、一般社団法人うつほの杜学園設立準備会・仙石恭子さんにお話を伺いました。

学校設立の背景と理念

仙石さんは、東京でワインの輸入業を営んでいましたがコロナ禍で生活が一変。生活を見直し、故郷の和歌山に戻ることを決意。しかし現在6歳のお子さんを持つ親として、地域での現状の限られた教育が自分の理想とは異なることに気づいたそうです。そこで、地域社会に今必要なものは教育の選択肢であるのだと考え、小学校設立に取り組み始めました。

うつほの杜学園小学校は、仙石さん自身の海外でのビジネス経験や、慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)での学習体験から、ローカルとグローバルを両立する「探究型グローカル教育」を掲げています。「いっしょに学ぼう、創ろう、冒険しよう」という設立理念は、地域社会や自然、世界とのつながりを重視し、探究的な学びを通じて、地域と世界の両軸の価値観を持って活躍できる人材の育成につなげたい、との思いからです。

うつほの杜学園オープンスクール時の、仙石恭子代表理事(学園提供)
うつほの杜学園オープンスクール時の、仙石恭子代表理事(学園提供)

独自のカリキュラムと教育内容

1つ目の特徴である探究学習は計画では小学校で週に午後の10時限を割き、地元の身近なものをきっかけに、世界とのつながりを子ども同士で考え、議論する機会を設けるといいます。将来的には国際バカロレア(IB)の認定校を目指し、プロジェクト型学習を行い、理科や社会といった教科の枠を越えた探究活動に重点を置いています。

また、バイリンガル教育を導入し、英語科目の中だけでなく、特に、図工や音楽、体育といった「楽しい教科」に英語を取り入れ、言語と感性の両方を刺激する教育を目指すといいます。

そして、フリースクールではなく、国に認められた私立小学校となる「一条校」にもこだわったといいます。「教育指導要領との整合性も考慮しながら、子どもたちにとって柔軟で包括的な学びの場を提供します。地域社会に根ざしながらも、広い視野を持つ『グローカルな人材』となることは子どもにとって大きな強みとなり、日本及び地域社会としても重要です」と仙石さんは語ります。

人口減少地域に、小学校新設のもたらす価値

最近では、公教育に対する不安感や教育ニーズの多様化から、教育移住を希望する家庭が増加しています。長野県にあるイエナプランを導入し注目を集める大日向小学校(長野県佐久穂町)や風越学園(長野県軽井沢町)などは、首都圏を中心に多くの教育移住者を集めています。

例えば、2019年に開校した私立大日向小学校は、6月に久保校長に伺った際には、8割近い生徒は県外からの移住世帯だとお話されていました。また、和歌山県ではきのくに子どもの村学園(和歌山県橋本市)は1992年に小学校が開設されて以来、多くの入学者を受け入れてきました。

うつほの杜学園小学校の立地する和歌山県田辺市は、住民からの学校誘致の声を受けて「教育移住」の可能性を理解し、廃校の提供や地域との連携支援、ふるさと納税を活用した寄付募集など全面的に学校設立の協力をしています。

田辺市の人口は約7万人で、高齢化率が約29%。15年後には人口は5万人強まで減少し、高齢化率は42%へと急激に進行すると想定され、非常に厳しい現実が待ち受けています。

今後も高齢化が進む中で、学校開設によって移住者が増え、地域の子育て世代が増えることは地域にとって大きな魅力でしょう。さらに、教育移住による親子世帯の増加だけでなく、その家族や友人も地域に訪れることが増え、「関係人口」が拡大していくといった効果も期待されています。

実際、市役所でうつほの杜プロジェクトを担当している、平野 清孝さん(田辺市中辺路行政局)はこのように考えているといいます。

「地域における教育の選択肢の拡大、経済の活性化、文化や新たな価値観の交流など、田辺市にとって大きなプラスの効果をもたらすチャンスと考えています。

地域の皆さんたちも、自分たちが学んできた古い学校が新しく生まれ変わり、地元に子どもの声が戻ることをとても楽しみにしています。

市として私立学校を誘致した経験がなかったため、最初はまったくの手探りでしたが、来年4月に地域に愛される私立学校として予定どおり開校されますよう、引き続き連携していきたいと思います。」

田辺市中辺路町川合地区、地域からの期待も高まる(学園提供)
田辺市中辺路町川合地区、地域からの期待も高まる(学園提供)

すでに行われている学校説明会へ参加した親御さんたちのなかには「せっかくの移住を機に新しい挑戦をしたい」という意欲的な方も多く、地域での起業や新しい仕事に取り組む意欲を口にする方々も多かったといいます。リモートワークが可能な世帯には、ナレッジワーカーも多く、こうした世帯の移住は、学校だけでなく地域にも新しい風をもたらし、結果として地域の経済やサービスに新たな活力が生まれることも期待できます。「一見小さな影響に見えますが、移住者の増加は周辺住民にも、良い影響を与えると信じています」と仙石さんは言います。開校により、田辺市内外から多様なバックグラウンドを持つ家族が集まることが期待され、彼らとの交流が地域活性化の鍵となるでしょう。

うつほの杜学園小学校、から広がる未来への可能性

うつほの杜学園小学校は、単に田辺市の地域にとどまらず、特色ある学校づくりを通じた、教育移住による地方創生のモデルケースを示そうとしています。資産家でも専門的な背景を持つわけでもない仙石さんの1人からはじまったチャレンジであること。そして、アクセスも決して良いわけでない、過疎地域でのチャレンジが確かな成果を生んでいけば、他地域にも大いに波及する取り組みになりえる一歩だからです。

さらに、同校ではサターデイスクールやサマースクール、一ヶ月単位での体験入学といった柔軟なプログラムも計画されており、「移住まで決心がつかない家庭でも気軽に世界遺産熊野古道がある田辺市の暮らしや学びを体験できる場を提供したい」との意図が込められています。仙石さんは「少人数でも地方に新しい住民を呼び込むことは可能ですし、そのためには地域が柔軟に新しい教育や暮らしのスタイルを受け入れていくことが重要です」と話します。

初年度の児童募集は新1年生、2年生、3年生各25人の計75人。第1回入試の現地選考は12月14日を予定し、出願期間は10月25日から11月15日まで。年明けに第2回入試を予定しています。

詳しくは、うつほの杜学園小学校のホームページ(https://utsuho-academy.com/

やろまい代表取締役/武蔵野大学EMC教授/オカビズ

01年より、人材をテーマにした地域活性に取り組むG-netを創業し03年法人化。現在理事。13年オカビズセンター長に就任。開設9年で約3300社・2万2千件超の来訪相談が押し寄せ、相談は1ヶ月待ちに。お金をかけずに売上がアップすると評判で「行列のできる中小企業相談所」と呼ばれている。2022年より武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授に就任。内閣府・女性のチャレンジ支援賞、ものづくり日本大賞優秀賞、ニッポン新事業創出大賞・支援部門特別賞ほか。内閣府「地域活性化伝道師」等、公職も。著作「20代に伝えたい50のこと」、KBS京都「KyobizX」・ZIP-FM「ハイモニ」コーナーレギュラーも。

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