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保育士なのに保育園落ちた。待機児童解消を掲げるなら児童手当廃止の前に検討すべき保育士の優先条件

小酒部さやか株式会社 natural rights 代表取締役
園児と遊ぶ保育士のイメージ(写真:アフロ)

昨日、政府は一部の高収入世帯の児童手当を廃止すると閣議決定した。夫婦どちらか高い方の年収が1200万円以上の世帯は、2022年10月支給分から廃止される。廃止で浮いた費用は、待機児童解消の財源に充てるという。

待機児童解消を掲げるなら、同じ子育て世帯に身を切らせる前に、検討してもらいたい問題がある。保育士なのに認可保育園に落ちてしまうことがある、という問題をご存知だろうか。

保育士であることは、認可保育園申込みの際に加点の対象となり、優先して認可保育園に入園できると思っていたが、優先されるのは居住自治体で保育士をしている場合のみ、という条件がある。

保育士の優先ルールにどんな問題点があるのか、当事者と行政、厚労省に話を聞いた。

●保育士が優先されるのは、居住している自治体で保育士をしている場合のみ

東京都内の認可保育園でフルタイムの保育士をする木村さん(仮名/32歳)は、昨年4月に1歳半の長女を自宅近くの認可保育園に預け、仕事に復帰する予定だった。申し込みにおける行政の申請書類には、希望する保育園名の枠をすべて埋めて提出したのだが、一次選考の結果、認可保育園に落ちてしまった。

木村さん(仮名)の住む川崎市の場合、保育士であることは配慮の対象になっているのだが、「市内の教育・保育施設に勤務する」場合に限られている。(以下、川崎市のホームページ参照)

木村さん(仮名)は川崎市に住んでいるが、川崎市内の保育園に勤務しておらず、東京都内の保育園に勤務していることで、優先対象にならなかった。仕方なく、木村さんは自宅近くの認可外保育園に子どもを預け、仕事に復帰した。もし入所先が見つからなければ、保育士を辞めていたかもしれないという。

◆参照資料1:川崎市ホームページ

川崎市ホームページ「保育士等の子どもの保育所等入所選考(利用調整)上の一定の配慮について」より
川崎市ホームページ「保育士等の子どもの保育所等入所選考(利用調整)上の一定の配慮について」より

●この問題は、国・自治体ともに把握されていない

他の自治体の隣接地域に住んでいる人はたくさんいる。保育士の子どもの入所を確実に保障することは難しいとは思うが、他の自治体に勤務しているがゆえに落ちてしまった保育士が全国にどれだけいるのか、厚生労働省雇用均等・児童家庭局保育課に問い合わせてみた。

しかし、「(このような問題があることを)把握していない」との回答だった。自治体に対し、保育士を優先対象にすることはお願いベースで強制しているわけではなく、各自治体の判断になっているという。(保育士を優先していない自治体もあるかもしれない。)

そこで、川崎市こども未来局子育て推進部保育対策課に本件について問い合わせてみた。しかし、川崎市も把握していなかった。在園児含む全体の認可保育園利用者数は把握していたが、保育士の申請者数だけでなく、各年の申請者数も集計していないとのことだった。

有益な情報が得られなかったので、川崎市のお隣の横浜市こども青少年局保育対策課にも本件について問い合わせてみた。

横浜市の昨年の申請者は18,547人。うち一次内定者は13,885人で、4,662人が落選し、一昨年に続き昨年も4人に1人が認可保育園の一次選考に落ちている状況だった。

一昨年の数値でいうと、申請者のうち保育士は469人で、そのうち421人が決まったことから、市内に勤務している保育士であれば約9割が認可保育園に入れていた。落ちてしまった48人はフルタイム勤務でないなど、そもそもAランク(優先ランク)に入れなかった保育士だろうという認識だった。

ただ、横浜市以外に勤務している保育士の入園状況は把握していなかった。横浜市も川崎市同様に「市内の保育業務に従事する」保育士が優先(Aランク)という条件になっている。あくまで市内の保育士を確保するために対応しているとのことだった。(以下、「令和2年度横浜市保育所等利用案内」P21参照)

この問題を解決するためには、勤務地として考えうる近隣自治体とも協力して、自治体をまたいでも優先対象となるようにしていかなければならないという。その際に問題となるのは、入園順位の付け方が各自治体で異なること。例えば、横浜市のお隣の藤沢市はランク分けしておらず、また別の区切り方をしている。順位の付け方は、地域性を鑑みて公平になるよう自治体任せになっているため、そこをどうするのかという問題が出てしまい、ひとつの自治体だけでは解決しないとのことだった。

全国の自治体が「自身の自治体に限る」という条件を外せば、少なくとも現状より改善されるのではないかと私(筆者)は思う。そして、それ以前に待機児童解消を掲げるのであれば、まずは国や自治体に保育士の子どもの入所状況をもっと正確に把握してもらえたらと思う。

●子どもを認可保育園に預けたい保育士さんは知識を持つべし!

国や自治体が把握していない状況では、この問題が改善される見込みは当面ないだろう。出産予定で自身の子どもを認可保育園に預けたいと希望される保育士さんは、「居住自治体に勤務している場合のみ優先される」という条件があることを知識として持ち、仕事と子育ての両立をどうするか考えてもらえればと思う。事前に知識があるのと、認可保育園の申請の際に問題に気付くのとでは、大きな違いだろう。

待機児童問題解消のためには保育士さんが必要で、児童手当削減で同じ子育て世代に身を切らせるのではなく、国にはまずはこういった問題からしっかりと目を向けてもらいたいと思う。

株式会社 natural rights 代表取締役

2014年7月自身の経験から被害者支援団体であるNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より「マタハラ問題」、11月花伝社より「ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~」を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rightsとなるよう講演や企業研修、執筆など活動を行っている。

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