四カ月探し続けた協力団体 少年院を舞台にした官民協働は進むのか
2019年2月13日、東京矯正管区の会議室は少年院関係者と少年院で学習支援に取り組む民間事業者、そしてこれから少年院の在院および出院する少年の更生自立に貢献、協働したいと考える人たちであふれかえった。
平日日中にもかかわらず、「少年院在院者に対する学習支援実践報告セミナー ―官民協働 開かれた少年院を目指して―」と題されたイベントは公開一週間ほどで満席となった。そのことにもっとも驚いていたのが少年院関係者であった。
「こんなにも矯正教育、少年院について関心を持っていただけること。そして、民間事業者や個人の方と少年院関係者が、これからの少年院との協働に膝を突き合わせている光景は見た記憶がない」というのは、現場で少年を支えるある法務教官の言葉である。
冒頭、法務省矯正局総務課更生支援室長の山本宏一氏より、少年矯正の概況説明があった。現在、全国51箇所に少年院があり、大きな特徴の一つとして、少年一人ひとりに個別教育計画を作り、担任がついて矯正教育を実践していることだと説明した。
今回の協働実践報告のテーマである学習支援について、少年たちは学力に問題を抱えており、中卒および高校中退の割合が非常に高いため、院内で高等学校卒業程度認定試験(以下、高認試験)を受験することができるようになったことに触れた。最初のモデルとなった新潟少年学院では、法務教官の指導に加え、外部講師による専門的指導も取り入れることで、全科目合格者が平成24年度は5名(16名受験)だったものが、平成29年度には11名(16名受験)になったことを紹介し、民間の力を導入する効果を強調した。
民間の立場からの気づき
ショートスピーチでは、株式会社LITALICO執行役員の野口晃菜氏と、認定NPO法人育て上げネット若年支援事業マネージャーの井村良英氏が少年院との協働を実践する民間の立場から話をした。
野口氏は、実際に在院少年の学習支援に取り組むなかで得られた気づきを発表した。在院少年には、未学習者、つまり学ぶ機会がなかった子どもが多いこと。それは学習面のみならず行動面にもそれが表れており、学び方や振る舞い方を身に着ける機会を社会が提供できなかったのではないかと疑問を投げかけた。
井村氏は、保護者の引き受けのない出院者への支援経験を事例に、誰からも応援されないまま社会に出てきた少年が、たったひとりで住まいを確保し、住民票やマイナンバー登録、スマートフォンの契約、ときに生活保護の申請などが複雑でできない少年がいる。自分でできるなら支援はいらない。できない子は社会から敬遠されている。大人としてそれはおかしいと感じると発言。
また、自らも昔は敬遠する側であったことを吐露した。しかし、四か所の少年院で活動するなかで、出院前後に彼らを支えようとする大人との出会いを作り、選択肢を増やしていく必要性があると述べた。現在、少年を応援する1,000名の大人を募ろうとクラウドファンディングを行っており、そこには在院経験を持つ方々が気持ちを添えて応援してくださることもあり、直接関与できなくても、いろいろな応援の仕方があることを知ったと言う。
ショートスピーチに続き、多摩少年院、愛光女子学園、茨城農芸学院、交野女子学院での学習支援の協働実践が報告された。
実践報告:多摩少年院
多摩少年院の大門氏は、小さいころから落ちこぼれ続け、叱られ続け、居場所がなく、将来に希望が持てない子どもが少年院に来ていることに触れ、自尊感情を支えることの重要性を説いた。高卒認定はその一つの手段であり、過去、学習支援の協力を仰ごうと近隣に塾などに四カ月間電話をかけ、ことごとく断られた経験を紹介した。
一緒に登壇した株式会社エデュケーショナルネットワークの川上氏は、大門氏からの依頼は同社で受けるべきものであると決断し、協働につながったと言う。一回あたり120分の授業では、習熟度に合わせたプリント教材を活用し、一人ひとりの学力に合わせて効率的に学べる工夫をしていると説明。一方、習熟度の差が激しく、少年の入れ替わりもあるため、引き続き、個々に応じた支援方法を考えていくと強調した。
学習支援協働先:株式会社エデュケーショナルネットワーク、NPO法人キズキ、認定NPO法人育て上げネット
実践報告:愛光女子学園
最初に、株式会社LITALICOの花淵氏から、少年院でのかかわりから現在までを振り返った。愛光女子学園で出会った少年たちが「わからない」「できない」「嫌い」という三つの言葉を勉強に対して持つ共通点であると説明し、彼女らの学習困難性がどこから来ているのかを深く考える機会になったと話した。
その上で、彼女らは学びにくい家庭や学校という環境で育ち、それによって勉強がわからない、できない、嫌いという感情が生まれたことに気づいたと言う。そして、学習で落ちてしまった自己効力感は学習でしか取り戻せないと考え、「学習における自己効力感を取り戻すこと」「自分にあった学び方を知り、自己認識を高めること」を大切に学習支援を行っていると話した。
続いて登壇した愛光女子学園の熊倉氏は、在院者の大半が学校からドロップアウトした経験を持ち、彼女らにとっての学校とは注意や指導というイメージがあると話す。しかし、ここでは個別指導のもと、何がわからないのかを明らかにし、わからないところまでさかのぼって学ぶことで、勉強ができる自分を知り、高認試験にも合格することができた。印象的だったエピソードとして、学習支援を受けた在院者が、「自分たちもやればできることを他の在院者にも伝えたい」という発言があったことだと報告した。
学習支援協働先:株式会社LITALICO、NPO法人キズキ、認定NPO法人育て上げネット
実践報告:茨城農芸学院
IQ100未満が90%、障害を有する少年が37.4%在院している状況から話を始めたのは茨城農芸学院の木村氏。特別支援学校在籍経験者もおり、社会生活に不自由を抱えて生きてきた少年が多いという。もともとは法務教官が業務の合間を縫うように個別指導をしていたが、高認試験受験を希望し、本気で合格を目指したい少年が増えたことからNPO法人キズキに協働を依頼したと言う。
限られたリソースで効果を最大化するための方策をキズキと議論し、指導教科を絞り込むことで科目合格を目指すことにし、成果も出た。特に印象的だった例として、親からテキストがたくさん差し入れられても、どこから手を付けたらいいのかがわからず、「わからないところがどこかわからない」少年が、キズキの講師が学習の方向性を明確にし、勉強のやり方がわかりましたと言ったことだと報告した。
NPO法人キズキの安田氏は、これまでも少年院出院者の入塾があったが、本人が欠席しても親と連絡が取れなかったり、授業料の負担が続かない塾生がいたことに触れた。そして、少年院のなかで学習することは、子どもたちにとって学ぶことに集中ができるため、学習効率もいいのではないかと話した。
また、学習支援の講師からの声として、学びが偏在している子どもたちが多いことを挙げた。小中学校時代に何らかの事情で通学ができなかったのかもしれないが、体系的に学ぶことで学力が向上すること。そして、勉強へのモチベーションが非常に高いことを報告した。
学習支援協働先:NPO法人キズキ
実践報告:交野女子学院
今年度から高認試験の重点施設になったのが協働のきっかけだったと説明するのは交野女子学院の金子氏。当初、院内の法務教官で議論し、在院者にとってもっともよい形を模索するため民間に相談をしてみようという経緯があったと話す。教科を曜日ごとに固定し、同じ教科でも科目が分かれることから、それぞれの科目に対応できる講師を派遣してもらう必要があり、複数の民間団体とともに「チーム交野」を結成するに至った。
高認試験は合格発表前に出院すると、その少年の合格状況が把握できないことにも触れ、効果検証は難しいが、昨年度と単純比較して科目合格率が14ポイント上昇したと報告した。合格率以外の効果にも言及し、高認試験学習者以外の在院者も、率先して学習するようになるなど、寮内での変化を強調した。
チーム交野を代表する形で登壇した認定NPO法人育て上げネットの高崎氏は、高認試験前から多くの在院者が合格するだろうという予感はあったという。その理由として、これまで勉強する機会のなかった少女が本気で学んでいる姿があったからだと言う。交野女子学院の法務教官の方々の協力、同じ教室で講師とともに指導する姿が相乗効果になったのではないかと分析する。
これまで少年院の世界を知らなかったが、矯正教育を通じて法務教官が積み上げたものが、在院者の学びの姿勢につながっていることを目の当たりにしたと言う。まさに、交野女子学院を含むチーム交野で協働できたことが、よい結果につながったと報告した。
別の協働効果も生まれている。在院者が就労支援の場に相談に来られたことだ。保護者とともに来られた女性が、在院中に出会った支援員の姿を見て安心した表情を見て、スムーズに支援をすることができたこと。そして現在はアルバイトをしながら、今後のキャリアについて伴走していると報告した。
学習支援協働先:NPO法人キズキ、一般社団法人子ども・青少年育成支援協会、一般社団法人キャリアデザインアプローチ、認定NPO法人育て上げネット
忘れてはいけないこと
実践報告が終わった後、参加者によるグループワークが開催された。冒頭にもあるよう、これまで少年院関係者、民間事業者、個人などが膝を突き合わせて議論する場はあまりなかった。しかし、学習支援における協働が発表され、高認試験における合否の成果以上に、そのプロセスのなかで少年たちに起こった変化についての報告がなされた。
少年院関係者にとって民間と協働すること、そして、民間事業者にとって少年院在院者に貢献することは、少年の更生自立につながるということが共有され、短い時間ながらも活発な意見交換や提案につながった。
しかし、少年院の在院者および出院者の支援にもかかわる筆者および協働する民間事業者の総意として、学習支援での成果、プロセスにおける少年の変化において、何よりも忘れてはいけないのは、24時間365日少年と向き合う法務教官ならびに少年矯正にかかわる方々の存在と矯正教育の実践が土台となっていることである。
学習支援を通じて、少年たちの学びたい意欲も、学習支援に集中できる環境も、日常的なかかわりのなかで自己効力感を育み、また、うまくいかないときに少年たちに寄り添う法務教官の方々があってこそのもの、ということは協働にかかわる側の人間として大きな敬意を表したい。
イベント終了後も、会場では少年院関係者と参加者が議論を続けている姿があった。開かれた少年院によって、新たな加害者も被害者も生まない社会を作ることができるかどうかは、どれだけ多くの協働と、応援団の存在が生まれるかどうかにかかっている。