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警察への抗議暴動でタランティーノの映画館も被害に

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
タランティーノが所有する映画館にも落書きがなされた(筆者撮影)

 28年前と同じことが起こるのか。

 ミネアポリスで、ジョージ・フロイドという名の罪のない黒人男性が白人警察に殺されて以来、L.A.で多くの人が抱いていた悪い予感は、当たってしまった。最初こそ平和だった抗議運動は、やがて、1992年のL.A.で、黒人男性ロドニー・キングに暴行を加えた白人警察官らに無罪判決が出た時のように、暴力行為や略奪行為に発展。この問題と何の関係もない数々の店が、落書きや盗難の被害に遭ってしまったのである。

 コリアタウンなどが中心だった前回と違い、今回ターゲットとされたのは、メルローズ・アベニューやビバリーヒルズ、アウトドアショッピングモールのザ・グローヴ、また近年洗練されてきているフェアファックス地区など、富を象徴するエリア。市長による外出禁止令から一夜明けた現地時間5月31日午前、これらのストリートは、落書きを消したり、飛び散ったガラスの破片を掃除したりする人々、あるいは変わり果てた様子を写真に撮ろうとする人でいっぱいだった。

 大きな損害を受けたとされるひとつは、メルローズにあるアディダスのショップ。ビバリーヒルズのアレキサンダー・マックイーンの店でも、大勢の人が商品を抱えて逃げる姿がテレビカメラにとらえられている。

メルローズ通りのショップ。ドアのガラスが完全に割られている(筆者撮影)
メルローズ通りのショップ。ドアのガラスが完全に割られている(筆者撮影)

 クエンティン・タランティーノが所有するビバリー・ブルバードの映画館、ニュー・ビバリー・シネマの壁にも、「F**k the Police」という落書きがなされていた。同じ通りにあっても、もっとひどい目に遭ったところもあれば、無傷で済んだところもある。たとえば、タランティーノの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」に出てきたメキシカン料理の店エル・コヨーテは、まるで無事だった。

 ザ・グローヴでは、ノードストロームデパートとアップルストアで入り口が破壊され、盗難が起きたと報道されている。自分の目で様子を見てみたかったが、本日、ザ・グローヴは立ち入り禁止になっていた。やはりザ・グローヴ内にあるナイキの店では、黒人の警備員らが「僕らも君たちの仲間だ。お願いだからやめてくれ」と説得し、被害を阻止できたそうである。それらの店のすぐそばにあるオルセン姉妹の店、エリザベス&ジェームズがどうなったのかはわからない。彼女らのもうひとつのブティック、ザ・ロウは、メルローズ・プレイスのちょっと奥まったところにあるのが幸いしてか、無事だった。

「白人至上主義をぶっつぶせ」との落書き。この隣にあるスーパーと薬局は暴動の被害に遭い、いずれも本日は営業を停止していた(筆者撮影)
「白人至上主義をぶっつぶせ」との落書き。この隣にあるスーパーと薬局は暴動の被害に遭い、いずれも本日は営業を停止していた(筆者撮影)

 ダウンタウンでも、「黒人オーナーの店」という張り紙をしたおかげで難を逃れたところがあるようだ。しかし、ほかのマイノリティが経営する多くのビジネスはダメージを受けた。折しも、L.A.では、コロナが少し落ち着きを見せてきたのを受けて、先週前半にショップの、また週末にはレストラン、美容院、床屋のビジネス再開が許されたばかり。2ヶ月半の苦しい我慢を経てようやくという時に、経営者たちは、新たな損失を被ることになってしまったのである。

割れたガラスは元に戻せても、フロイドさんの命は戻らない

 しかし、それらの店主の中からも、「割れたガラスは修理できる。でも、ジョージ・フロイドさんの命は戻らない」と、理解を示す声は聞かれる。まさにそのとおりで、武器も持たない彼に対し、4人の警察がやった行為は殺人以外の何物でもなく、新たな証拠ビデオが出るたびに、怒りは増すばかりだ。とりわけ、92年の暴動を経験しているL.A.の住人には、共感できる。悲しいのは、28年も経ったのに何も変わっていないという事実。それどころか、現在の大統領は、人種差別を促進しようとする。それがさらにフラストレーションを高めるのだ。

 そんなトランプに対しては、セレブもますます声を上げている。レディ・ガガは「トランプが大統領として失格なのはずっとわかってきたこと。彼は世界で最も権力があるのに、黒人の命が失われる中、無知と偏見しか見せてこなかった。彼は人種差別者で、愚か者。すでに根付いている人種差別を、さらに煽ろうとする。その結果がこれ」と、インスタグラムに書いた。テイラー・スウィフトも、「この11月、私たちはあなたを落選させます」とツイートでトランプを攻撃している。

 歴史を頼りにするならば、それは現実にしてみせられるのではないかとも思う。92年の暴動は、発端が似ていただけでなく、起きた時期も4月末から5月頭にかけての4日間で、今回に近い。そして、その11月の大統領選では、民主党のビル・クリントンが勝利を収め、共和党からホワイトハウスを奪ってみせたのだ。これがデジャヴであるならば、どうかそこまで続いてほしい。さらに、ここからの28年は、進歩の28年であってほしい。鳴り止まない警察のヘリコプターの騒音を聞きながら、数ヶ月先の未来に、そう思いをはせる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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