ベイスターズ元監督の自主製作本が本格的すぎる件 広島の同人誌印刷会社の社長が関与 なぜ?
プロ野球・横浜DeNAベイスターズ元監督で、読売ジャイアンツの選手としても活躍、「絶好調」のフレーズでも知られる中畑清さんの書籍「いつまでも絶好調!!」(B6判140ページ、1000円)が先月発売されました。自主製作本で現時点では、アマゾンなどでの販売はなし。また同人誌印刷会社「栄光」(広島県福山市)の社長・岡田一さんがかかわり、岡田さんが昔に手掛けたマンガも掲載されています。とても気になり、同社に突撃してみました。
◇取引先に「同人誌作家2万名」
同書を知ったきっかけは、同人誌即売会「コミックマーケット(コミケ)」のスタッフ経験者が「栄光がこんな本を出している」と教えてくれたこと。栄光は、コミケにかかわり同人誌制作の取材をすれば、耳に入る会社です。同社のホームページにある「会社紹介」で、取引先に「全国同人誌作家2万名」とあります。に、2万……。
そう言えば、福山駅の案内所で道を聞くときに「どの会社に行くの?」と聞かれ「栄光」と答えると、窓口の方に「ああ。福山港行の4番乗り場にどうぞ。バス停から結構距離があるけれど大丈夫?」と心配されました。
話を戻します。「いつまでも絶好調!!」は、栄光のサイトでも紹介・販売されていて、中畑さんが自分を紹介する本を作りたいという希望に沿って制作。マンガとインタビューの二本立てになっており、岡田さんが40年以上前に執筆したという四コママンガを再録しつつも、マンガ家・芳井かずみさんの手による描き下ろしもあります。
個人的に引き付けられたのは、中畑さんが現役選手だった時代のマンガです。昔の話だけに、今から見ると分かりにくい部分があるのも確かですが、一方で当時の雰囲気、価値観などがにじみ出ています。登場キャラクターもジャイアンツのメンバーをはじめ、ライバル球団の名選手たち、果ては他の野球マンガと思えるキャラクターもいたり……。
そしてインタビューは、中畑さんの生い立ちから始まり、当時最強メンバーがそろった駒沢大での活躍、ジャイアンツ入団、もちろんベイスターズの監督時代の話などが網羅されています。特に今年日本一になったベイスターズの歴史を追うと、中畑さんの就任がターニングポイントになったのは明白。その中畑さんが当時、チームの雰囲気をどうやって変えようとしたのか、またご本人の哲学も含めて、分かりやすく書かれています。野球好きなら読みごたえがあるでしょう。
なお栄光のサイトで書籍の解説があり、「私(岡田さん)の昔のマンガは稚拙であることは十分に理解しています」とありますが、選手のフォームの特徴はとらえるなど、野球を熟知している人の手によるものです。従業員数60人の会社の社長なのにマンガを描く? どういう方なのでしょうか。
◇社長の経歴に驚き
栄光の社長がどこまでかかわっているのか。取材に応じてくれた岡田さんに尋ねると、社長は短いながらも、プロのマンガ家だった時期があるそう。そして岡田さん、中畑さん、描き下ろしマンガを手掛けた芳井かずみさんも駒沢大の出身で、駒大の人脈が活用されているのです。
その元は大学時代までさかのぼります。当時は「がんばれ!!タブチくん!!」が人気で、流行に乗るべく出版社から「中畑さんをテーマにしたマンガを」と、中畑さんの出身大学である駒沢大の漫画研究会に打診がありました。それを研究会のメンバーで受ける形で執筆したのが「絶好調デス 中畑くん」で、これが売れたそうです。岡田さんは「たまたま」と謙遜していましたが、好機を生かしてモノにすることは大切なことです。
売れた理由はいろいろあるでしょうが、その一つは、執筆時の取材にあるのではないでしょうか。マンガのネタを求め、大学教授のツテをたどって、駒大の名将で中畑さんの恩師である太田誠監督に当たって中畑さんのエピソードを聞き出し、さらに最終的に中畑さん本人への取材に成功。完成したマンガは、中畑さん本人が笑うほどの出来でした。そういう前提があり、今年の2月に駒大の広島での同窓会で、中畑さんから「本を作りたい」というお声がけがあった……という流れです。
そして、この話には脱線気味ながらも、関連する話があります。岡田さんは地元・広島でも成功した養豚業経営者の長男でしたが、子供のころの喘息もあって、家業を継ぐのをあきらめ、本にかかわりたい思いもあって東京の印刷会社に就職します。すると竹書房から4コママンガ連載の打診が来て「ハラハラくん」で本格デビュー。人気も出たのですが、「二足のわらじ」ゆえにサラリーマンとしての休日を執筆に当てる過酷なスケジュールで、マンガ家としても限界を感じたそうです。
岡田さんは東京の生活に見切りをつけ、故郷の広島に戻って地元の印刷会社に就職して鬼のように働くと、その会社は急成長。そして取引先の栄光に出会い、最終的に経営を継ぐことになります。
現在、黒字事業なのに後継ぎがいない「事業承継」が社会問題になっていますが、その難題を解決して、栄光の売上高は、岡田さんが就任したときと比べて約2倍になっています。そして今は注目される同人誌のビジネスも、当時は見下された経験があるとも。そこから、ここまで会社を成長させたことになります。
中畑さんの本もユニークですが、岡田さんの身の上話もユニークでした。岡田さんの身の上話は、自筆の同人誌「吾輩は漫画家の端くれである」にも書かれていて、資料的な価値もあります。取材では、社長の身の上話が面白すぎて、そちらで盛り上がった気がします。
ともあれ、中畑さんの自主製作本「いつまでも絶好調!!」は、駒大の人脈、マンガ家の経験、部材調達を含めた経営力、小ロット制作などのノウハウ、何より同人誌への「愛」がつまっているように思えます。書籍は、中畑さんが自己紹介として配る用途なので自主製作なのは納得しましたが、ネット販売も自社HPのみでの扱いだそうです。普通に扱えばもっと売れそうなのに惜しい気がします。
なお岡田さんの野球四コマですが、絵のタッチやネタは、既視感がありました。岡田さんは若いころ、カープなどの野球4コママンガも執筆していたのこと。私は子供時代、野球が大好きだったので、この手の野球マンガもかなり読み倒しましたが、そんな経験が生きるとは。人生わからないものです。